世界を一つの“巨大マシン”へ――ケビン・ケリーが描くAI時代のグローバリズムと創造的進化
2024年に開催された「Inclusion・外滩大会」において、テクノロジーと未来予測の権威として知られるケビン・ケリー(Kevin Kelly)氏が登壇。『WIRED』誌の創刊編集長としてデジタル革命の幕開けを見届け、『5000天後の世界』などでインターネット社会の行方を示唆してきた彼は、今回の講演で「グローバリズム」「イノベーションの加速」「ジェネレーティブAI(生成AI)」という3大テーマを通じ、来るべき世界の姿を精緻に描き出した。
Inclusion全体動画
Kevin Kellyセッション
グローバリズム:世界は一つの「巨大マシン」へ
ケリー氏がまず強調したのは、私たちが今まさに「地球規模の1つのマシン」を創り上げつつあるという事実だ。スマートフォン、ラップトップ、データセンターなど、あらゆるデジタルデバイスが相互接続され、統合的な巨大ネットワークを形成している。
この「プラネットスケール(Planetary Scale)」のテクノロジー基盤は、AppleやAndroid、米国や中国といった「表層的な違い」を超え、根底では一元的な情報循環を生み出している。世界経済、教育カリキュラム、インターネット文化が収斂(しゅうれん)し、より標準化・均質化された「グローバル文化」へと進化しているのだ。
さらに、リアルタイム翻訳や同時通訳を可能にするAIが、言語障壁を取り除くことで、真の意味での「グローバルな労働市場」を成立させる。中国国内で働く外国人、海外で活躍する中国人、あるいは他国同士が協働するプロジェクトが言語的ハードルなしで推進される。これにより世界中の企業や人材は、過去に例を見ないほどシームレスなコラボレーションを享受できるようになる。
イノベーションの加速:答えが「廉価化」する時代
次にケリー氏は、テクノロジーがもたらす「イノベーションの加速」について言及した。高速通信、オンライン動画プラットフォーム、AR(拡張現実)やVR(仮想現実)による実践的なトレーニング手法、そしてチャットGPTのような大規模言語モデル(LLM)が、学習と情報共有のスピードをかつてないレベルへと引き上げている。
これまで知識の獲得には時間と労力が必要だったが、今や「答え」そのものは検索やAIへの問いかけで瞬時に手に入る。答えがあふれ、容易にアクセスできる環境下で、真の価値を持つのは「正しい質問」を立てる能力だ。従来の教育は固定カリキュラムを与えるだけだったが、今後の人材育成は「学び続ける力」「批判的思考」「問いを発するセンス」が求められる。
ケリー氏によれば、新技術は就職状況そのものもダイナミックに変える。2年後には存在しない職種が生まれ、卒業時点で想定していた仕事が時代遅れになることも珍しくなくなる。そのため、継続的な学習とスキルアップデートが、生涯を通じて人々のキャリアを支える中核スキルとなる。
ジェネレーティブAI:想像を超えた価値創造
3つ目のテーマ「ジェネレーティブAI(生成AI)」は、単なる自動化ツールにとどまらず、人類が未踏の価値を創出する触媒となる。AIはまず、人間が好まない反復的作業(工場での単調労働や、運転・レジ業務など)を代行し、効率化を極限まで高める。その次に、精密農業のような、人間には到底不可能なレベルの最適化・個別管理を行い、新たな生産性を生み出す。
そして最も革新的なのは、「人類が想像していなかった新たな課題・アイデア」を、AIが提示しうる点だ。AIは必ずしも人間的な思考法に縛られず、異質かつ多様な知性を持つ可能性がある。これにより、これまで人間の発想では到達できなかった領域――科学的難問の解決、新しいアートフォームの誕生、未開拓市場の創出――が現実のものとなる。
ケリー氏が特筆したのは、ジェネレーティブAIはエリートだけでなく、平均的な能力の人々やスキル不足の従業員をも底上げする点だ。これにより、人類全体の生産性や創造力が底上げされ、真に包摂的で多層的な社会の構築が可能になる。
100年後に住みたい未来を描け
講演の終盤、ケリー氏はオーディエンスに問いかけた。「100年後、あなたが本当に住みたい未来を想像できるだろうか?」と。グローバリズムが深化し、AIがあらゆる分野で創造的進化をもたらす世界――その行き先は私たち自身の想像力にかかっている。思考実験を通じて、人類は初めて「望む未来」を描き出し、その達成に向けて行動を起こせる。
グローバルなデジタル基盤による新しい経済圏、加速するイノベーションを支えるエコシステム、そしてジェネレーティブAIが触媒となる想像を超えた価値創造。ケビン・ケリー氏のビジョンは、近未来を紐解くヒントであり、私たちが能動的に未来を創り出すための羅針盤でもある。