線の恋病 第11話
僕は視線の先の光景に今更になって真ん中なんかを歩いていた事を後悔する。端に寄るにしても、今からでは目立ってしまう。さしずめ大名行列を前にした村人みないな所だろうか。
右往左往する僕を見つけ、ぞろぞろと僕の周りに集まる集団。
揃いのリュックに揃いの茶髪。疎らな服装ではあるが、無駄に張った胸板からは変に統一感のある集団に見えた。
どれもこれも見せられているだけ。そんなものにいちいち気落ちしてしまう僕。無い筈のロゴを隠す様にトレーナーを手で撫でる。
「うい」
彼等から異国の言語が投げかけられる。とりあえず、同じ言葉を僕は繰り返す。
慣れない言葉を発する僕が面白いのか、彼等は顔を見合わせくすくすと笑っている。
どこから弄ろうかという風に僕に言葉が飛んでくる。
「な、どこで買ったん?」
僕の指先のトレーナーの事であろう。
咄嗟の僕はスタービスケットと呟いた。そんな店などありはしない。ただ、タンスの底とは答えたくはなかったのだ。
「知らんわ」
まるでお笑い芸人の様に大袈裟に吐き捨てられる言葉。元から興味ないだろうに。
「いくらで買ったん?」
「六千円」
絶対嘘と被せ気味に突っ込まれた。彼等と僕との間には見えないセンターマイクでも存在するのかもしれない。
しかし、その視線は僕の事は決して見ようともしていない。彼等には鉄平と言う片よりがあるのだろう。その視線の前で幾ら言葉を重ねようと、終着点は彼等の中の鉄平へと戻ってゆく。
僕はふと既視感に襲われ愛菜を思い出した。そう言えば愛菜の視線も似た様なものだったな。ただ視線の矛先が膨よかな財布と言うだけの違い。
初めに呟いた僕の嘘はどんどん上から重なっていく。それは重なれば重なるほど僕にぬっと纏わりついてくる。僕の体は冬の自転車ペダルの様にぎこちなく固まる。
重苦しそうな僕とは対照的に、矢継ぎ早に多彩な言葉だけが僕の周りをぐるぐると回っていた。これはこれで洗濯機の中みたいな景色なのかもしれない。
やがて自分達が繰り広げる漫才に満足したのか、彼等は僕を置いてぞろぞろとテラスの食堂へと足を運んで行った。
視線をそちらに移すと、テラスの中では多様な色彩の人々がテーブルを囲っていた。
とりわけ僕の目についたのは煌びやかな女達が囲う一つのテーブル。テーブルの上に並ぶブランドバッグ達からは行った事もないキャバクラが連想された。そのテーブルに既視感あるリュック達が腰を下ろしていく。
ブランドバッグ特有のテカりを反射させる水入れコップ達がシャンパンみたいに輝いで見えた。
眩しそうに眺める僕。僕と彼、彼女等との間のガラス板は僕の視線すら拒む様に陽光を押し付けてくる。
何だか昨日、理沙と見た鴨川の水面を思い出した。水面に映る煌びやかな町並み。眺めるだけの町並み。
きっとこれは境界線なんだな
この板の先は水面の中の世界。彼、彼女等や愛菜や麻里さんが住む世界。それを眺めるだけなのが僕や理沙。
頭の中に理沙が出てきた理由がなんとなくわかった気がした。
眺めるだけがお似合いな僕等。僕は頭の中の理沙に笑いかける。
(混ざり合えばいいじゃないですか?)
昨日、理沙が呟いていた言葉が頭に思い浮かぶ。
(それが大人になるって事)
何事でもない事の様に理沙は言っていたな。
何となく、頭の中の理沙が僕に話しかけてくれている気がした。
君ならどうするだろう?
答えは返ってこない。
僕はゆっくりと手を動かす。自分の意思か掴まれているのかさえわからない腕を水面の方へと向かわせる。
されるがままに僕は水面へと手を伸ばす。
(ウィーン)
気がつくと、自動ドアの前で手をかざしたまま僕は立ち尽くしていた。入口センサーは呼吸でもしたかったのか、その口を長々と開いていた。
僕はテラスの中へと足を踏み出す。
テラスの中へと入る僕を誰も気にすら留めはしなかった。誰しも目線の先の相手に夢中である。背後からは冷たい風と共にまた様々な色彩の人々が僕を通り過ぎて行く。その圧に背中を押されたかの様にさらに足を進める。
きっと、ガラスの外からでは僕はもう見つけられやしないだろう。
一人佇んでいるうち、いつのまにか背中に感じた冷たさも感じなくなっていた。それが寂しく、僕は背後を振り返った。
背後にはただただガラス越しのキャンパスが映るだけ。先程まで僕が立ち尽くしていた場所。その道路端でくすんだポストが口を開けて僕等を覗いていた。
水面の中から覗く理沙の顔はどこか色褪せて僕の目に映った。
(ヴー、ヴー、ヴー)
(愛菜:今日夜空いてない?)
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