転先生 第8話
「皆んな注目」
僕の一声で数十もの人の目が一斉に僕へと向けられる。
喉の中を巨大な何かがごくりと口の中までやってくる。視界がキュッと狭まってしまう。
僕は人前で何かする事はきっとむいてないんだろうな。
そんな僕が何で先生になんかになったのだろう。そう言えば教師塾の先生は、陰気な奴ほど目指すものって言っていた事を思い出す。
心の中でせせら笑いながらハリのある声を出してみる。
「皆んな、一学期の学級目標覚えているか?」
本当の僕じゃない声に対し、さっと何人かの頭が回る児童等は後ろを向く。剥がれかけた模造紙に視線が集まる。
(自ら動き、前向きに取り組める五年一組)
これは京都市の教育目標である(確かな学力の保証)を軸として、その中でも児童等が主体的に学ぶ姿勢を重視すると言う観点を踏まえての主任の山崎先生と考えた学年目標だ。
学習指導要領の内容が改定した今年、これを使わない学校もないだろう。
そんな学年目標を一学期の初めに発表した時、児童等はどこか遠くの国の法律でも聞く様な反応であった。正しい反応だ。でも、僕はそんな児童等に対して、やる気がないだのなんだのと言葉を変えては怒ってみたものだ。何が悪いのかの説明も出来ない根性論。大学の自分が最も嫌っていたはずの先生像。
根性論的な指導とは、実力不足からくる児童等との齟齬の言い訳であったのだ。先生の思考が止まれば陥ってしまう。
「今日からなんだが、皆んなには楽しかった事発表を毎日発表してもらおうと思う」
僕はあの頃の自分を棚に上げて児童等に高らかに宣言する。僕から掲げる矛盾した主体的活動。
迷いはした。まず児童等に謝る所から始めるべきか。一学期の僕の不出来な学級経営について。そうすれば、またこの二学期から新しい僕として始めれる気もした。しかし、僕はその道は選ばない。なぜなら、ここで謝る事が先生の贖罪にはなりはしないと思ったからだ。
仮に謝るならば、終業式の後にしよう。とびきりの児童等の笑顔に向けて。
そんな僕の言葉に対し、児童等は苦虫を噛み潰したような顔で次々と口を開いてゆく。
むりやん
そんなんできる訳ないって
いや無理やって先生何言ってるん
そんなん無理よね?出来ない思う
やりたくないって
同じ言葉が螺旋の様にぐるぐる回る。その度に僕は心で機械音を鳴らしてみる。
(ピロン 児童ADEJMがスキル マイナス言葉を発動しました)
(ピロン 児童Aがスキル 扇動を発動しました)
僕は頭の中で機械音を鳴らしながらも、誰がどの様な発言をしているか頭の中にメモして行く。思考を止めてしまえば、また戻ってしまう。暫く黙る僕。重たい空気をぐっと肺に溜める。
チャリン
沈痛な教室に響く異質な音。その出処を探す児童等の視線は僕の口元へと向かう。
チャリンチャリンチャリンチャリン
不可思議な顔をする児童等への答え合わせの様に僕は何度も機械音を繰り返す。そして、ゆっくりと吸った空気を煙の様に児童等へと吹きかける。
「なあ、出来ない出来ないばっかり……」
敢えて大きめの溜息。児童の前では気丈に振る舞う事しかしてこなかった僕がわざと大々的に落胆を魅せる。
そんな僕に対し、児童等は僕の唇の僅かな震えすら見逃さないと言う目。その視線を口元からそのまま手元へと誘導する。視線の先に用意したのは夏休み、初めて作った僕の初めての凶器である。
(ピロン 新米武器 手作り貯金箱を使用)
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