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ショートストーリー? 転生したら女子高生の人面瘡だった件 第11話


「よくある話なんだけどね。確か梅雨深い時期の頃。当時の私は大学受験を意識しだして勉強に力を入れようとしてたの。でもね、残念な事に勉強が余り得意でもなかったんだな。特に国語は壊滅的。だから、毎日、放課後に職員室まで足を運んでたの。現代文担当の永見先生に教えてもらうために。もちろん、勉強を頑張るためって言う目的も大いにあったんだけど、途中からは永見先生に会いにいく事自体が目的になっちゃってた。
高校くらいってさ、女子は若い先生を好きになる事が高校生活の醍醐味みたいな所あるしね」

昔の話を語る彼女は少しざっくばらんだ。思いを馳せる事で心まで此処に居なくなってるのだろう。僕はただただ黙って聞く。

「永見先生はね、かっこよくていつも生徒達の人気者。休み時間とかは全然話す時間なんかないの。でもね、放課後に勉強を教えてもらいに行く時間、この時間だけは私が永見先生を独り占め出来る時間なの」 

少し早口に喋る彼女。息継ぎは出来ているだろうか。

「それでね、私、永見先生への思いが抑えきれなくなっちゃったの。報われる筈なんて無いし、永見先生にとっても迷惑なんだろうなってわかっているんだけど。どうしても伝えたかった。だからね、ある日の放課後、永見先生に告白したの。大好きですって」

まるで甘酸っぱい恋愛小説を朗読されてるかの様にも聞こえてくる話。それに相まる震える声と何となく落ちの読める脈絡。それが僕にとっての鈍い痛みとなり、思わず顔を顰める。

「ねぇ、吉田さん。この告白の返事、どうなったと思う?」

「……良い返事だったんじゃない?」 

沈痛な僕の返事。彼女は気にしない。

「そうよ。まさかまさかの僕も美香の事好きだったんだって。ほんと舞いあがっちゃったなぁ」

当たって欲しくない答えが当たった。
それから彼女は永見先生とのデートの話、学校でのぎこちない関わりの楽しさ、ちょっと湿っぽい話。沢山僕に聞かせてくれる。
一頻り言い終えて満足したのか彼女は話を進めた。

「ある日ね、私。急に生理が来なくなったの」

予想通りの沈痛な展開。

「子どもできちゃったの。それで私、パニックになっちゃった。でも、先生にまずは伝えなきゃって。次の日、誰にも言わずに先生に伝えに行った。そしたらね、先生の顔いつもの優しい感じと全然違ったの。なんか凄く怖い顔に感じたわ。でも、気がついたらいつもの優しい顔に戻ってた。私の気のせいだったのかなって。
するとね。優しく私の肩を掴んで、先生がおろして欲しいって言うの。手は少し震えてた。
(これは君のためでもある。先生は君を大切にしたいんだ。その為にはもし先生と君の関係がばれてしまえば、一緒にいられない。先生はそれが何よりも悲しいよ。)
だって。
呆れちゃうよね。自分の事しか考えない言葉。そんな言葉に縋るしかなかった私。
結局、私が選んだのは中絶。
そんな事、誰にも言えなくて、一人暮らしがしたいって親に嘘ついて家を出たの。そこからの半年はあんまり覚えてないなぁ。先生もそれ以来、距離を取るように私を避けるし。周りの友達もなんか空気を読んだかのように私から離れていくし」

殆ど一息に話す彼女。人面瘡にかける言葉などない。

「そしたらね、一月くらい前。なんだかお腹近くが痛くなってきてたの。なんか関節とかも色々痛くなってくるし。私、直感で癌だって思ったの。きっと中絶なんか選んだ私を神様は許さないんだろうなって。体中痛かったけど、特に左膝の腫れがひどかったのよ。しかも、その腫れ方がなんだか赤ちゃんの顔みたいに見えて、お腹の痛みよりもそっちの方が苦しかったな。
なんかもう怖くてずっと膝は見ないようにしてたの。そしたらだよ、その膝が急に私に話しかけてきたの。

(すみません。迷惑じゃありませんか?)

って。もう大パニック。卒倒しそうになったよ。実際、ちょっと気絶しちゃったし。
でもね、凄く怖かったけど実際にズボンを脱いで吉田さんの顔見た時、恐怖よりも何だか悲しさが勝っちゃったの。吉田さんの顔ってツルツルしててのっぺりしてるから本当に赤ちゃんみたいに見えたんだもの」

彼女の声は尻窄みに消えていく。彼女に対し、何も言葉を発する事ができない僕は本当にただの膝に出来た出来物の様である。
静かな部屋。雨を孕んだ夜風が彼女を薄く抱きしめる。人面瘡になって以来、自分の腕がない事を最も悔やんだ瞬間である。
 見上げる天井にはもう先程までの蜘蛛も消えていた。静か静かな夜である。

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