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転先生 第5話

陽光に顔を刺され目が覚めた。

微かな偏頭痛を伴う気怠い朝。土曜日だと言うのに七時前きっちりに起きてしまう体。
大学時代、どれくらい寝坊するかがステータスだと思っていた頃が懐かしい。ここ数ヶ月で十分に社会人として毒されてしまったと思う。
重い布団を足で捲り、顔にかかる煩わしさを遮断しようと窓辺に向かう。
すると、向かう途中、光の線上に置かれた自由帳が目に入った。

(そういえば、こんな事書いていたな……)

落胆混じりの溜息が出る。

(馬鹿だな僕は……)

幾ら仕事が上手くいかないとはいえ、こんな幼稚な事をするなんて。カーテンから踵を返し、床に転がる自由帳を手に取る。
パラパラとページを捲ってみる。酷い字だ。
こんな字を板書しようものなら、授業にならないだろう。徒然とページを捲る。

パラパラ

パラパラ

ガシッ

爪が最後のページに引っ掛かった。

(クズ教師レベルMAX→転生しますか?)

昨日、僕が最後に書き足した文字。あんなに泥酔していたというのに転生を囲うその線だけは太く丁寧な曲線であった。
鼻で薄く笑う僕。自由帳を再び床に捨てようとする。しかし、何故だか自由帳が僕を離してはくれなかった。ページの中の僕が僕に語りかけてくる。

       また逃げるのか?

         うるさい

       逃げてるじゃん

         うるさい

       逃げるなよもう
    そっちの方がしんどいからさ


昨日、死んだ僕からのダイイングメッセージを僕は受け取った気がした。


知らず知らずに僕の右手は自由帳をぎゅっと握りしめていた。再び、窓辺に向かう。そして、閉ざす筈であったカーテンを勢いよく捲った。

期待とは裏腹ないつも通りの快晴が広がっていた。僕は自由帳の続きを綴る。

僕は昔からライトノベルが好きだった。ノベルの中の主人公達は勇者であったり魔王であったり。時にはスライムやオーク等になる様な変わり種な事もあった。
しかし、色々なノベルを読んできたが、僕が惹かれるノベルにはある特徴があった。それは
どの主人公達も現実に抗う心を持っているという特徴だ。その精神性に僕は惹かれ、自分に投影して読み耽っていた。僕もこんな風に生きていたい。
辛い現実を知った今となっては、あの主人公達の心はどんなチートよりも僕が欲する物である。

僕は自由帳に設定を書き込む。中々、読むと書くとでは勝手が違う物だと痛感する。こういう時に自分の文才の無さに辟易としてしまう。
よし、無理矢理な設定だなとは思うが、とりあえず完成した。

異世界学校、児童という名のモンスター達が巣食う世界。この世界に突如、転生した僕。ここで生き抜く為には学級崩壊を阻止しなければならない。何故なら、学級崩壊こそが僕の死へと繋がる事だからだ。学級崩壊を阻止するには、モンスターを狩る事が必要となる。その方法は心の掌握。つまり、児童に信頼される事。

谷口隼也(クズ先生レベルMAX   称号:学校一の嫌われ者 新米教師 
スキル:笑顔レベル一  定型分レベルMAX 
授業レベル 一 児童理解レベル一
エクストラスキル:鑑定眼)

こんな所であろうか。とりあえずもとりあえずであるが、原型は作った。後はこの夏休み、どれだけ作り込む事が出来るかである。
夏休み初日の朝から稼働する僕。手を進めるのは教具の準備……いや、戦いの為の武器の製作である。そう考えると昨日までの漫ろに作成していた教具にも、自ずと作る力が入る。

(ピロン 新米武器 手作り貯金箱を手に入れました)

勝手に脳内で機械音を鳴らす。こう言うのは形から入る事が大切である。授業作りでも導入の大切さは痛いほど知った一学期だ。

夏休みという先生にとって最大のモラトリアム。右手に指導書、左手にライトノベルを持つ僕。今までのどの夏休みよりも子どもっぽい、そして、どの夏休みよりも頭を使う夏休みを過ごす事になる。


       転生しますか?


         YES



        始まりの朝

黄色い旗に乗った子ども達の賑わう声が窓を伝う。

そろそろか

颯爽と扉を開け、軽やかにマンションの階段を降ってゆく。

ガシャン

ブレーキをあげる。そして、

飛竜「地天叉」に跨る僕。

地天叉はチャリンチャリンと咆哮をあげ、勢いよく飛び立つ。僕は地天叉に跨りながら、小刻みに震える膝を叩く。


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