ショートショートバトルVol.7〜「天界の雫」火軍(山本巧次、水沢秋生、緑川聖司)
タイトル「天界の雫」
(お題:ときめき)(ムード:ドキドキ)
【第1章 山本巧次】
薄暗い空から、雨がとめどなく落ちてくる。
傘から溢れた雨水に肩を濡らしながら、斎藤はその建物の前に立った。
消えて、半ば壊れかけているネオンの文字が、食い込むように斎藤の目に入る。
「京都マハラジャ」。斎藤は首を振り、ネオンから目を落としてドアに向けた。ゆっくり、押し開ける。
中は、当然のように静まり返っていた。斎藤は左右に顔を振る。暗いだけで、何も見えない。埃っぽい空気が、鼻をつく。
斎藤は、かつてロビーだったところを抜け、メインフロアに足を踏み入れた。がらんとした光も入らない空間が、そこに広がっている。光と喧騒に溢れ、数百人が集い、踊り、矯正と汗とビートが効いた音楽で溢れていたあの光景は、夢のごとく消え果てている。
もう、何年たつか。斎藤は、ため息交じりにつぶやく。ここが閉鎖されて、二十年にはなるだろう。自分が通った頃の記憶は、日に日に薄れている。だというのに。
誰が、俺をここに呼んだのか。
ふと、顔に冷たいものを感じた。緊張のせいか、と思ったがそうではない。天井から漏れた雨水が、顔にかかっただけだ。
斎藤は肩をすくめ、フロアの中央へ歩を進めた。よく見ると、かすかに入る光に、漏れ落ちる雨の雫が光っている。見ようによっては、天界からの下しもの、とも感じられるような、奇妙に美しい光景だった。
魅入られたようにそれを見つめていると、奥で音がした。誰か、いる。俺をここへ呼んだ、誰か。斎藤は身構えるようにして、音のした方に叫んだ。
「出てこい! 姿を見せろ」
反応があった。奥の闇で、何か動いた。人影に間違いない。それは、自分の思っている通りの相手だろうか。
斎藤は、知らず知らず、両脇にたらした手を握りしめていた。
【第2章 水沢秋生】
「斎藤よ」
姿なき声が言う。
「よく来たな、斎藤よ」
「だ、誰や! なんでこんなとこに俺を呼び出したんや。」
「それはお前自身がよくわかっているはずだ、斎藤よ。お前に与えた使命、未だ果たされぬまま。一刻も早く、使命を果たせ、斎藤よ」
「俺はな、これから木屋町でMCの仕事があるんや!忙しいんや!目立つチャンスなんや!せやからちょっと緊張しとんねん!」
「おお、斎藤よ斎藤よ、斎藤よ。忘れるはずがないだろう。お前が、お前の使命を」
そんなもん、知るかい!と口にしかけた斎藤の脳裏に閃光が走った。閃光が、封印されていた記憶を蘇らせた。
「天界の雫」
気がつけば斎藤は、そう口走っていた。
「思い出したか斎藤よ、斎藤よ」
満足そうに、声が答えた。
「お前は一刻も早く、天界の雫を見つけなければならない。時を惜しめ、斎藤よ」
「しかし、しかしですよ、私にはわからないのです」
斎藤は斎藤であることを見失ったような口調で言った。
「天界の雫とは、一体なんなのですか」
「お前には失望した斎藤よ」
声が言ったと同時に、斎藤の全身に激痛が走った。
「痛い痛い、痛すぎる!や、やめて!なんでもするから、やめてくれ!」
「斎藤よ斎藤よ、ああ、斎藤よ、哀れな我がしもべ、斎藤よ」
激痛にのたうちまわる斎藤に寸分の憐れみもなく、声が続けた。
「斎藤よ、お前にヒントをやろう」
声が言ったと同時に、斎藤の体を襲っていた激痛が止んだ。
「まず、天界の雫とは」
「し、雫とは」
「当然のごとく、雫型である」
「当たり前やろ......、痛い痛い痛い!」
ついつい口走った斎藤は、再びの痛みに絶叫した
「しかし、必ずしも雫型とは限らない。次に、黄色い」
「き、黄色い?」
「そして、かすかに刺激臭がする」
「はあ? 天界の雫とか言うて、まさか下ネタ......、ああ、やめてやめてやめて!」
「さあ、斎藤よ!」
声が張り切った。
「見つけ出すがよい!天界の雫を!!ここ、京都マハラジャから!!!さーいーとーうーよー!!!!」
【第3章 緑川聖司】
「まじか……」
斎藤はとりあえず、天界の雫を探した。しかし、閉鎖されて長年経ったディスコのフロアには、厚く積もった埃と、いくつかの工具やブルーシート、そしてボロボロになって色あせたセンスが落ちているだけだった。
焦る斎藤。どうなる斎藤。がんばれ斎藤。
「時間内に見つけることができなければ……」
声が聞こえる。
「できなければ?」
「お前は……」
「お前は……?」
「……えーっと、なんか、めっちゃ臭くてうっとおしいものになる」
「……もしかして、ちゃんと決めてなかっ……痛い痛い痛い! べんけいはやめて! べんけいは!」
「斎藤よ斎藤よ、ああ斎藤よ。思い出すのだ。お前がイケイケだったあのころを」
声はまるで歌っているようにフロアに響き渡った。
「イケイケ……?」
そういえば、さっき工具とブルーシートが置いてあった。閉鎖されていたこの建物の鍵が開いていたのは、近々解体工事の予定があるからではないか?
とすると、電気が通っているかも……。
斎藤はブレーカーを探すと、入り口に駆け戻って、扉の上のブレーカーをあげた。電気が復活して、天井でミラーボールが回り、黄色のライトがフロアを照らす。
同時に、雨がいっそう激しくなり、雨漏りが天井からぼたぼたと落ちてくる。
「よくぞ見つけた、斎藤よ。さあ、最後の使命を果たすのだ」
黄色く輝く光の中、雫っぽい形をした雨粒が、埃っぽい臭いとともに落ちてくる。斎藤の脳内で、サタデーナイトフィーバーが回り出す。
斎藤はミラーボールの真下で大きく足を広げて、右手をまっすぐにあげると、左手を腰に当て、腰を降り出した。
「ああ、斎藤よ斎藤よ。よくぞ使命を果たした! さーいーとーうーよー!!!!」
俺に与えられた使命って、こんなにしょぼかったんや……心の中で涙の雨を降らせつつ、斎藤は誰も見ていないステージで、埃っぽい雨を浴びながら、いつまでも腰を振り続けていた。
(完)
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9月19日(土)京都 木屋町「パームトーン」で開催された「fm GIG ミステリ研究会第21回定例会〜ショートショートバトルVol.7」で執筆された作品です。
顧問:我孫子武丸
参加作家陣:川越宗一、木下昌輝、今村昌弘、水沢秋生、最東対地、尼野ゆたか、稲羽白菟、山本巧次、大山誠一郎、延野正行、円城寺正市、緑川聖司、佐久そるん、谷津矢車、田井ノエル
司会:冴沢鐘己、曽我未知子、井上哲也
上記の作家が、木軍・火軍・土軍・金軍・水軍に分かれてリレー形式で、同じタイトルの作品を即興で書き上げました。
また、それぞれの作家には当日観客からお題が与えられ、そのワードを組み込む必要があります。
さらに「ムード」の指定も与えられ、勝敗の基準となります。
当日の様子はこちらのアーカイブでご覧になれます。
「天界の雫」(BBガールズ)はこんな曲です。(詞・曲/冴沢鐘己)