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我孫子武丸 顧問「作家大集合!書き出し小説バトル」作品集〜水沢秋生、 川越宗一、山本巧次、稲羽白菟、円城寺正市、谷津矢車、佐久そるん、緑川聖司、脳髄筋肉

タイトル「
失恋魔術師」


●谷津矢車
たぶんぼくはあのとき、一度死んだのだ。そう思う。


●緑川聖司
黒いシルクハットから飛び出したのは、ハトでもウサギでもなく、死んだはずの彼氏だった。


●山本巧次

魔術師は恋をするかって? それを俺に聞くのかい。


●井上哲也

どんな恋でも成就させると云う噂を聞いて、この街へやって来た。


●佐久そるん

今日も転生。振られるたびにやりなおす。累積経験値だけは負けてねえ。


●円城寺正市

恋愛禁止法が制定されて早十年。人類が失った恋愛という感情、これはそれを取り戻すために抗った一人の魔術師の記録である。


●脳髄筋肉

ラブレターを箱に入れ、剣を突き刺した。


●我孫子武丸

1973年の8月。ぼくたちは17才だった。


●水沢秋生

その失恋が発生したのは1853年のことであった。


●川越宗一

魔術師、というあだ名の奴が叫んだ。「イーガーコーテル!」
なぜか、魔術師は泣いていた。


●稲羽白菟

「恋を叶えるんじゃなくて、失恋したいだって? そんな魔術を使う術師、ちょっと私は知らないねぇ」──その魔女は面倒そうに言った。



タイトル「
胡桃の日」

●谷津矢車

私の継母は、九月になるとそわそわし始める。


●稲羽白菟

夏休み最後の日、粉々に割れた茶色い豚の貯金箱は、まるで胡桃のようだった。


●井上哲也

その森に辿り着いた時、陽は既に傾いていた。彼女は景色に溶け込むようにそこに居た。


●脳髄筋肉

「毎月22日は何の日か知ってる? 」と亜香里が聞いてきたとき、僕は「知らない」と素っ気なくこたえたように思う。


●山本巧次

何の前兆もなかった。誰が予想したろうか。突如として、空から何億個という胡桃が降ってくるなんて。


●我孫子武丸

切断した頭蓋骨を慎重に外すと、灰白色の脳細胞が現れた。


●緑川聖司

庭の胡桃の花が咲いた。それを見て、土の下に眠る妻のことを思い出した。

●佐久そるん

お互いのカラを割れたからこそ、きみが生まれたんだよ。くるみ――


●水沢秋生

「彼を殺したのは、それが胡桃の日だったからです」、という被告の供述に、千葉地裁東八千代支部第32法廷は騒然となった。


●円城寺正市

失ったものを数えていく。初めて買ったレコード、進学の祝いに貰った万年筆、いつの間にかポケットから零れ落ちた財布、幾人かの友達と称した人たちとの関係、最近でいえば両親。そして、その時一緒に失われた胡桃との日々。



タイトル「
待っている女」

●井上哲也

振り向きもせずに男は去った。女は半年待ち続けた。(盗作)


●円城寺正市

仕込みは上々。ガラスの靴はちゃんと王子様が拾ったはず、あとはただ待つだけだ。


●緑川聖司

お堀のはたにある柳の木の下に、濡れそぼった女の幽霊が出るという噂を聞いた男は、十年前の約束を思い出してゾッとした。


●脳髄筋肉

恋をするにはスターバックスの椅子は硬すぎる。


●谷津矢車

まことしやかに語られている噂をうかうか信じた僕は今、東京タワーの切符売り場前にいる。


●佐久そるん

なんてあいつは鈍感なんだろう。届かぬ想いに腹立ちながら、彼のアカウントに「いいね」を押し続ける。


●稲羽白菟

夜はまだ浅いのに、彼を待っている間、私は歳を取ってしまった。辺りの空気は軽いのに、私の心は重かった。


●川越宗一

待っている女は、待っている。待っている女を待っている女は「いつまで待たせるのよ」と苛立っていたし、待っている女を待っている侍は「いつまで待たせるのでござるか」と怒っていたし、待っている女を待っている侍を待っている老人は「いつまで待たせるのじゃ」と怒っていたし、つまりはみんな役割を演じていて、グレゴール・ザムザは虫でありトンネルの出口は常に雪国であった。


●山本巧次

「置いてきた女がいるのか」俺は、単刀直入に聞いた。「ああ。俺の事なんざ、とうに忘れてるさ」奴はグラスを揺らせて、答えた。


●水沢秋生

女は待つのをやめた。


●我孫子武丸

「すみません。ラストオーダーになりますが」

店長が申し訳なさそうに彼女に話しかける。開店から八時間、コーヒーだけで誰かを待っている様子の女性だ。
涙で化粧がパンダのようになっている。


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2月20日(土)京都 木屋町「パームトーン」で開催された「fm GIG ミステリ研究会第26回定例会〜書き出し小説バトル」で執筆された作品です。

出演:我孫子武丸、冴沢鐘己、曽我未知子、脳髄筋肉、井上哲也
現地ゲスト:水沢秋生
リモートゲスト:川越宗一、山本巧次、稲羽白菟、円城寺正市、谷津矢車、佐久そるん、緑川聖司

上記の作家が、与えられたタイトルでそれぞれに思い浮かぶストーリーの「書き出し」だけを即興で書き上げました。

※タイトルは昭和の歌謡曲(ニューミュージック)から借用しています。

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当日の様子はこちらのアーカイブでご覧になれます(前半は大喜利バトルです)。

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