帰り道は星空(東軍:遠野九重、川越宗一)
(お題:卒業)
第1章(遠野九重)
「先輩のこと別に好きじゃないですけど、付き合ってあげてもいいですよ」
僕がユカと付き合い始めたのは高校三年生の夏休み直前だった。
終業式のあと、天文部の後輩で一年生の天野ユカに「先輩ちょっと屋上まできてください」と言われ、もしかしてボコボコにされるんじゃないかと不穏な想像をしながら後ろをついていった。
そうして屋上にたどり着いたら、抜けるような青空と、吹奏楽部の「ぷお〜」という気の抜けるようなホルンをBGMにして、いきなりユカが「好きじゃないですけど、付き合ってあげてもいいですよ」などと言い出したのだ。
こいつは何を言っているんだ。
最近の若者はわけがわからない。
まあ、僕も若者のひとりなんだけど、考えてみれば僕は僕のことをよくわかっていないし、そういう意味ではやっぱり、最近の若者はわけがわからない。
そのわけのわからなさも含めて、僕はユカがあんまり好きじゃなかった。
ユカはいわゆるギャル系で、教室でもカースト高めの女子だ。
それに対して、僕をはじめとした天文部の面々はおとなしいというか、ぶっちゃけると陰キャばかり。
だからユカが天文部に入部した時、正直、不純物が混入してきたような感覚があった。なんで天体観測してるんだよ。懐メロのポルノグラフィティかよ。あいにく、午前2時に踏切までかけていくようなイケメンはこの部活にいないぞ。
いや、いた。
いまの部長は物静かでクールなメガネのイケメンだった。そしてどうやらユカは部長目当てで入部したらしい。実際、普段の部活でも、ユカはやたらめったら部長に話しかけていた。
だからユカが僕に向かって「付き合ってあげてもいいですよ」なんて言い出した時、はっきり言って理解不能だった。
むしろユカは僕を避けている節すらあったのに。最近の若者は訳がわからない。
ぼくもぼくで「最近の若者」にカテゴライズされるわけだけど、僕は僕自身をそれほど理解しているわけではないので、やっぱり最近の若者は訳がわからない。
だからこのとき、僕がこんな返事をした理由も、僕自身、よくわからない。
「僕も君のことが好きじゃないけど、付き合ってください」
* *
僕たちの交際は驚くほど順調だった。
僕は受験で忙しいのだけれど、それでもスケジュールを調整してユカと合うようにしたし、ユカもユカで、お弁当を作って夏期講習に持ってきてくれたりした。
秋、冬と季節が変わっても、大きなケンカなく一緒の時間を過ごしていた。
おそらく、お互いがお互いを好きじゃないと思っているから、ほどよい遠慮と気遣いを保てたのだろう。
ぼくが志望校に受かった時、ユカは自分のように喜んでくれていた。
そして卒業式の前日。
「先輩のことは好きじゃないですけど、第二ボタン、もらいにいってあげてもいいですよ」
ユカはそういっていた。それなのに、卒業式に来なかった。というか、失踪していた。
ついでに、天文部の、メガネでクールなイケメンの部長も行方不明だという。
いったい何があったんだろう。
僕は、ユカのことが好きでもなんでもないけど、卒業式後の打ち上げをすっぽかして、走り出した。
第2章(川越宗一)
卒業式は、あっけなく終わった。
「みなさんは、地球を守る立派な戦士です。がんばってください」
校長先生の無味乾燥な言葉が、講堂にわんわんとこだまする。
「アマノガワ」なる物体は、焦らすような速度でぼくたちの星に迫っていた。僕の住む世界では、男女ともに学校を卒業すると宇宙にあがる。数日程度の即席の訓練のあと、宇宙戦闘機のコクピットに押し込まれて前線に放り込まれる。
ロイド。
アマノガワの周囲で拾われたで拾われた重力波を解析すると、そのように聞こえる音声に変換されらしい。
それと、ぼくたちは戦っている。負ければ母星は宇宙のチリに変わると思われていた。
生まれて初めての戦闘。戦友の戦闘機が次々と炎の玉に変わっている。
ぼくはただ逃げまどううちに、客観的に奇跡と呼んでいい事態となった。
「アマノガワ」の、おそらく右舷に、ぼくの戦闘機は浮かんでいた。一発も打たず逃げ惑ったおかげで、ぼくの戦闘機は宇宙空母の数隻は沈められる弾薬を溜め込んでいる。
ぼくは、運命を悔やんだ。
数百年も続いた戦争は、ただぼくが握る操縦桿にくっついた射撃ボタンひとつに委ねられている。
僕の戦闘機は、射撃に絶好のポイントについている。あとはボタンを押すだけだ。押せば、アマノガワは宇宙から消え、ぼくの世界は生き残る。
ぼくはボタンに、指を置く。アマノガワの窓が見える。あの中にいる生命体はぼくの指一つで死んでしまう。
そのとき、見知った顔が見えた。
ユカ。そして天文部の、メガネでクールなイケメンの部長。
どうして?
逡巡が、ぼくの指を止めた。戦闘機は猛スピードでアマノガワからすれ違う。
星空に、ぼくは突っ込む。機種を巡らせようと、操縦桿をひねる。
人生は、わからない。
その中で答えをだすというのが、生きるということかもしれない。宇宙に上がる前にぼくが卒業したのは、答えても何も変わらない生活だ。
ぼくが彼女に渡すべきは第二ボタンか、それともたっぷり溜め込んだミサイルか。
考えるぼくを乗せて、戦闘機は星空を、アマノガワのいる空間に帰っていく。
答えを出すのは、もうすぐだ。
了
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3月16日(土)16:00から、京都 木屋町「パームトーン」で開催された「fm GIG ミステリ研究会第5回定例会〜ショートショートバトルVol.2」で執筆された作品を、こちらで公開します。
顧問:我孫子武丸
参加作家陣:今村昌弘、水沢秋生、木下昌輝、最東対地、川越宗一、尼野ゆたか、延野正行、誉田龍一、円城寺正市、遠野九重
司会:冴沢鐘己、曽我未知子、井上哲也
上記12名の作家が、東軍・西軍に分かれてリレー形式で、同じタイトル(今回は「恋してオムレツ」)の作品を即興で書き上げました。
また、それぞれの作家には当日観客からお題が与えられ、そのワードを組み込む必要があります。
当日のライブ感あふれる様子はこちらをご覧ください。
※「帰り道は星空」は、もともとはこんな曲です。
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