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ショートショートバトルVol.7〜「アタシはバリア」木軍(木下昌輝、大山誠一郎、延野正行)

タイトル「アタシはバリア」

(お題:ディスコ)(ムード:キュンキュン)

【第1章 木下昌輝

京都マハラジャ、ディスコというよりも廃墟のようになった建物の中で斎藤は扇を手に踊っていた。建物の隙間から漏れる雨を全身に浴びつつ、目から滂沱の涙を流しつつ必死に踊っていた。

「馬鹿め」

京都マハラジャの陰から、アタシは吐き捨てた。

「あの斎藤はダメだな。天界の雫がなんのことかわかっていない」

アタシの背後でいったのは、斉藤だ。一斉のセイの斉の字を使った斉藤だ。

今、マハラジャで踊り狂っている男は、緋村抜刀斎のサイの字を使った斎藤だ。

サイトウ選手権。あらゆるサイトウの苗字を持つ者が、誰が最強のサイトウかを決める大会だ。手に入るのは最強のサイトウの称号と、伝説の「天界の雫」だ。

雫型をして、黄色くて、ほんのり刺激臭がする、あの天界の雫だ。

「緋村抜刀斎のサイの字を使った斎藤はもう復帰は不可能だろうな」

一斉のセイの斉の字を使った斉藤がいう。目の前では踊りすぎて、気絶した緋村抜刀斎のサイの字を使った斎藤が倒れていた。

「あとは、斎藤飛鳥のサイの字の斎藤だな」

「さいとうあすか」

「なんだ、知らないのか。乃木坂46のメンバーの斎藤飛鳥だ。清楚なロングヘアーが特徴で、愛称はあしゅ、あしゅりんだ。そんなことも知らないのか」

「すまないな、おれにとってのサイトウは斎藤道三(さいとうどうさん)のサイトウだ」

「サイトウドウサン?」

「知らないのか。木下昌輝という作家が今年のはじめにサイトウドウサンの単行本を出しただろう」

「そんな二流作家が、まむし三代記なんていう歴史小説を書いたのなんて知らないな」

一斉のセイの斉の字を使った斉藤とともに、アタシは京都マハラジャを出る。どうやら向かっているのはアタシと同じ場所のようだ。京都三条河原町の京都パームントン、そこに京都マハラジャがいる。

雑居ビルのエレベーターにふたりで乗り込む。すでにショートショートバトルは始まっていた。

京都マハラジャはいた。

第162回直木賞作家のKだ。馬鹿のようにビールを呑んでいる。いや、本当に馬鹿なのだろう。「3以上の数字は数えられへんのですわ」と意味不明のことをいいながら、ビールを飲み干している。

だが、やつが京都マハラジャのことは間違いない。

マハラジャ、スクリット語で大王という意味だ。

第162回直木賞をとった京都在住作家、まさに京都マハラジャだ。

そして、やつは今、ビールをアホのようにごくごくと呑んでいる。

「お、トイレにいくぞ。天界の雫を出すぜ」

一斉のセイの斉の字を使った斉藤が身を乗り出す。

「待ちな。あれは、昨日の焼酎でできた雫だ。黄金色のビールでできた雫でないと、天界の雫とはいえないぜ」

「随分と親切なんだな」

「まあな、最後に残ったふたりのサイトウだ」

京都マハラジャのKが、トイレから出てきた。ショートショートバトルの会場では、ひとりの作家が必死にショートショートを執筆している。どうやら、対戦相手のふたりはリモート参戦のようだ。

「馬鹿め、直木賞をとったのをいいことに、トイレに戻るやいなや、ビールを注文しやがった」

京都マハラジャはごくごくと喉を鳴らしビールを呑んでいる。

「次のトイレで、天界の雫が現れる」

天界の雫を手にしたものは、世界一、キュンキュン🖤なサイトウになるといわれている。その効果は果たしていかほどなのだろうか。

「まずい」

一斉のセイの斉の字を使った斉藤が叫んだ。

「そんな」

アタシも絶句する。こともあろうに、第162回直木賞作家が二番手の書き手として登壇しようとするではないか。

「そんな奴はもう限界のはずだぞ。黄金の雫を満場の客の前で。。。」

「待て、それ以上いうな」


【第2章 大山誠一郎】

「天界の雫を無駄にするわけにはいかない」

 アタシは覚悟を決めた。

 アタシはバリアだ。サイトウ選手権の進行を妨げるさまざまな要因を、身を張って防ぎ、選手権をとどこおりなく進めること、それがアタシの任務だ。そのためならどんなことでもする。

 アタシはカウンターに行くと、ビールを頼んだ。キンキンに冷えた黄金色の液体が入ったグラスを持ってステージに向かう。

 ステージでは、第162回直木賞作家が、キーの音も軽快に執筆を進めていた。

 アタシがステージに上がると、観客席から不審そうなざわめきが起きた。アタシは直木賞作家の目をまっすぐ見て言った。

「先生、執筆にお疲れでしょう。冷えたビールを一杯いかがですか」

「おお、ありがとう」

 作家はにこりと笑った。

「キンキンに冷えています」

「すばらしいな」

「こちらでゆっくりとお飲みください」

 アタシは言うと、観客席のあいだを抜け、廊下に誘導した。

「先生、どちらへ!」

 主催者が慌てたように言うが、さすが一流作家、ほとんど書き上げて余裕なのか、作家はアタシのあとを付いてきた。

 とりあえず、これで満場の客に迷惑がかかる事態は避けられるはずだ。


【第3章 延野正行】

 最強の斎藤を決める戦いは夜を徹し、続いた。

 斎藤一の斎藤。斎東祐樹の斎東。川崎フロンターレ所属齋藤学の齋藤。さらには日向坂46の齊藤京子の齊藤まで加わり、混沌として行く。その彼らを蔑むような目で見ていたのは、MCであり、前回チャンピョンの最東である。ちなみに、今回チャンピョンが参加しなかったのは、レギュレーションの変更があったからだ。

 そして決勝戦が始まる。

 西は斎藤一の斎藤。東は川崎フロンターレの所属齋藤学だった。勝負はサッカーに決まった。ディスコ「京都マハラジャ」のオーディエンスはブーイングを送る。どう考えても齋藤学の齋藤が有利だからだ。

 だが、斎藤一の斎藤は何も言わなかった。タバコ一服。紫煙をくゆらせたあと、愛刀の国重を握り、構える。空気が変わった。なぜなら、それは真剣であったからだ。

 対する齋藤学の齋藤は、冷静であった。足の裏でサッカーボールをこねくりながら、斎藤一の背中の向こうにあるサッカーゴールを睨む。「これはサッカーである。斬り合いではない。サッカーなら勝てる」と。

 刀とサッカー。全くの異種格闘技。いや、格闘技ですらないだろう。

 一体我々は何を見せられているのか。オーディエンスは思っていただろう。だが、会場に満ちる空気。京都マハラジャのいつもの大気とは違う。空気の構成要素が変わったようにすら思える。二酸化炭素ぐらいなら抜けているかもしれない。

 そのためか、心臓がドキドキする。

 いや、何か高音めいて、キュンキュンと高回転のエンジンに、スパナを当てたような音が鳴っていた。

 勝負は一瞬であった。

 斎藤一の斎藤が、得意の片手平突きで一閃する。だが、齋藤学の斎藤も動く。蹴りを一閃。サッカーボールは斎藤一の斎藤の脇を抜けて、サッカーゴールに吸い込まれていく。勝負はあった。

 しかし……。

「そこまでだ!!」

 叫び声が京都マハラジャに轟く。その声を齋藤学の齋藤は刀の切っ先を鼻先に見ながら聞いた。

 京都マハラジャは、阿鼻叫喚となった。警察が踏み込んできたのだ。最東はそれを見て、真っ先に逃げる。同じく斎藤一の斎藤も逃げ出した。

「いたぞ! さいとうがいたぞ。さいとうだ!!」

 右を見えても、左を見ても「さいとう」さんという状況で、警察は最東と斎藤一の斎藤を追いかけていった。



 結局、第7回のさいとうさん最強決定戦は、うやむやのままに終わった。

 同時、京都マハラジャが潰れることになる。直木賞作家Kがビールを飲みすぎて、暴れすぎて閉鎖が決まったのである。今、残っているのは京都マハラジャの廃墟(ガラクタ)のみ、そして「天界の雫」だけであった。



 だが、斎藤は死んでいなかった。再び「天界の雫」を求めて、斎藤が再び京都マハラジャを訪れた。

 それは薄暗い空から、雨がとめどなく落ちてくる雨模様の日であった。

(完)

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9月19日(土)京都 木屋町「パームトーン」で開催された「fm GIG ミステリ研究会第21回定例会〜ショートショートバトルVol.7」で執筆された作品です。

顧問:我孫子武丸
参加作家陣:川越宗一、木下昌輝、今村昌弘、水沢秋生、最東対地、尼野ゆたか、稲羽白菟、山本巧次、大山誠一郎、延野正行、円城寺正市、緑川聖司、佐久そるん、谷津矢車、田井ノエル

司会:冴沢鐘己、曽我未知子、井上哲也

上記の作家が、木軍・火軍・土軍・金軍・水軍に分かれてリレー形式で、同じタイトルの作品を即興で書き上げました。

また、それぞれの作家には当日観客からお題が与えられ、そのワードを組み込む必要があります。

さらに「ムード」の指定も与えられ、勝敗の基準となります。

当日の様子はこちらのアーカイブでご覧になれます。


「アタシはバリア」(BBガールズ)はこんな曲です。(詞・曲/冴沢鐘己)


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