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ショートショートバトルVol.7〜「天界の雫」水軍(我孫子武丸、稲羽白菟、円城寺正市)

タイトル「天界の雫」

(お題:ときめき)(ムード:ドキドキ)

【第1章 我孫子武丸】

 美月ちゃんが学校を休んだ。なんだか病気らしいけれど、詳しいことは先生も知らないようだった。
 翔は心配で心配でたまらなかった。何しろ今は怖い病気が流行っているからだ。
 美月ちゃんの家は同じマンションなので昔から仲が良く家族ぐるみのつきあいだ。もしかしたらお母さんに聞けばあの病気なのか違うのか、知っているかもしれない。もしかしたら転んで怪我をしたとかそれだけのことかもしれない。
 でも、お母さんが帰ってくるのは七時過ぎになる。とてもそれまで待っていられず、翔は美月ちゃんの部屋を見に出かけた。翔の家は三階だが、美月ちゃんの家は一階だ。ちょっとしたフェンスを越えて庭になっているところに入れば、美月ちゃんの部屋を覗くことができる。普段なら絶対許されないことだとは思うが、美月ちゃんの元気な姿を確認すればすぐ帰ればいい。誰かに見咎められた時に言い訳できるよう、ボールを一個、ズボンのポケットに押しこんでおいた。
 ドキドキしながらフェンスを乗り越え、美月ちゃんの部屋の窓の外に立った。カーテンが閉まっていて、中は見えない。仕方なく、コンコンと窓ガラスを叩く。
 しばらく反応がなかったが、しゃっとカーテンが開かれ、翔は慌てて飛びのいた。
 パジャマ姿の美月ちゃんが立っていた。


【第2章 稲羽白菟】

 翔くんが学校を休んだ。

 翔くんのお母さんは「あの病気じゃないんですよ。心配しないで下さいね」と、わざわざ隣の我が家に言いに来た──と、お母さんは言っていた。

 一度罹ってしまうと何年も寝たままになってしまう、まるでおとぎ話か少女マンガの中の設定のようなあの病気。今、世界で中、私たち中学生の年代に爆発的な勢いで流行っているあの病気──『スリーピング・ビューティー』

「翔くんがあの病気になる訳がないな」

「そうね、だって、翔くんは美月のフィアンセ。王様があの世界に連れていく訳がないものね」

 昨日の夜遅く、お父さんとお母さんが応接間で話していたのを美月は聞いていた。

 しかし、美月は知っていた。

 我が家の地下、この世とは違う世界に繋がるドアをくぐって魔王様に会いに行くお父さんとお母さん。美月の家族が、実はこの人間界に一時的にやって来ている異邦人(エトランゼ)であることを、翔くんはたまたま知ってしまったということ。そして、魔界の王宮で美月のことを気に入ってしまった魔界の王子様(プリンス)が、翔くんを自分のライバルとして決闘を挑んだこと。

 お父さんとお母さんは知らないけれど、美月をめぐって戦われたプリンスと翔くんの決闘──。

 それに勝った翔くんに、卑怯なプリンスは『スリーピング・ビューティー』に罹る魔法を掛けてしまったのだ。

 あの魔法は厄介だ。魔法を解くためには、今夜(トゥナイト)、眠れる相手を心から愛する者が解毒の唯一の方法、魔法の秘薬『天界の雫』を作らなければならないのだ。

 事情があって名前は言えないけれど、狼女のお母さんと吸血鬼のお父さんの血を受け継いだ魔界の娘、美月。

 魔界に属する美月が『天界の雫』を精錬するには、命を掛けた儀式を行わねばならない。

 美月はその儀式のため、「病気」と偽って学校を休んだ。

 この儀式は、誰にも見られてはならない。自分の命と翔くんの命、その二つを天秤にかけた、美月はいわば、物理学的に言えば三角関係の一点に立っているのだ。

 外では満月に向かって野良猫たちが不気味な鳴き声を上げている。

 まるでオオカミ気取りだ。

 でも、美月は命を掛けて翔くんを守る秘術を実行することを心に誓ったのだ。

 なぜなら、女の子は、恋をした時から超一流のマジシャンに早変わりするのだから──。

『天界の雫』を作るため、パジャマ姿の美月はベッドを立ち、儀式に使うマントを手に窓際に立った。

「翔くん──」

 美月は少女マンガのヒロインのように愛する人の名を呼んだ。

「あなたをこの人間界に取り戻すため、私は今から誰にも見られてはならない儀式を始めるわ」

 パジャマを脱いでマントを着て、儀式の踊りを始めようとしたその瞬間、窓の外でガサガサと誰かが動く気配がした。

「誰!?」

 美月はカーテンを開いた。この儀式を始める時、もし近くに人間がいたなら、美月はその人間の命を奪って『天界の雫』を作らなければならない。

「あっ!!」

 開いたカーテンの向こう、そこには、絶対そこにいてはいけない人が立っていた──。


【第3章 円城寺正市】

 翔くんがいた。少しびっくりしたような顔、そしてちょっと照れたような顔をしてそこにいた。

 え? ちょ、ちょっと待って? な、なんで翔くんが!? 

 儀式はもう止められない。

 翔くんを救うために、翔くんの命を使って、天界の雫を精製する。

 はい?ちょっと待って! 何言ってんの私? 意味がわからない。

 翔くん、スリーピングビューティに罹ってたんじゃないの? プリンスは確かに翔くんに呪いを掛けたはずなのだ。それは間違いない。

 必死に儀式の発動を押さえ込もうとするも、身体が全く動かない。

 丸、三角、逆三角、再び丸、赤い光が図形を描き、古代語の文字列が円の外周を走る。それが、翔くんの足下に魔法陣が描き出していく。

 魔法陣の内側で黒い炎が燃え上がって、翔くんの身体にまとわりついて行った。

「な! なに! なんだこれ! 美月ちゃん! た、助けて!」

 悲痛な声、翔くんが恐怖に声を震わせながら、目を見開く。美月の方を血走った目で見据えながら、声を震わせる。

「あ、あ、も、燃えるっ、ぼ、僕が燃えるぅ! ぎゃぁあああああっ……!」

 炭になって崩れ落ちていく翔くん。黒い炎をが一層大きく燃え盛った後に、コールタールのような黒い液体が、庭先に水たまりのように蟠(わだかま)っていた。

「あ……翔くんが……天界の雫に……」

 もうどうしていいかわからない。自分のせいで翔くんが死んでしまった。もうなんの必要も無くなった黒い液体……。涙が止まらない。それを眺めながら美月は膝から崩れ落ちた。


 翌日ーー

 翔は美月の家の前にいた。

 美月ちゃんが学校を休んだからだ。

 不思議なこともあるもので、プリンスに掛けられた呪い。

 自分が二人に増えてしまうその呪いには随分困らされたけれど、増えた方の自分がいつのまにか姿が見えなくなった。

 理由はしらない。

(完)


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9月19日(土)京都 木屋町「パームトーン」で開催された「fm GIG ミステリ研究会第21回定例会〜ショートショートバトルVol.7」で執筆された作品です。

顧問:我孫子武丸
参加作家陣:川越宗一、木下昌輝、今村昌弘、水沢秋生、最東対地、尼野ゆたか、稲羽白菟、山本巧次、大山誠一郎、延野正行、円城寺正市、緑川聖司、佐久そるん、谷津矢車、田井ノエル

司会:冴沢鐘己、曽我未知子、井上哲也

上記の作家が、木軍・火軍・土軍・金軍・水軍に分かれてリレー形式で、同じタイトルの作品を即興で書き上げました。

また、それぞれの作家には当日観客からお題が与えられ、そのワードを組み込む必要があります。

さらに「ムード」の指定も与えられ、勝敗の基準となります。

当日の様子はこちらのアーカイブでご覧になれます。


「天界の雫」(BBガールズ)はこんな曲です。(詞・曲/冴沢鐘己)


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