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日々よしなしごと~ひとり旅のススメ~

先日久しぶりに一人旅をした。

ここ数年は、仕事や母の介護などもあり旅行に出かけるのが少々後ろめたいことや、いいタイミングもなかったので行かなかった。いや、行けないこともなかったけど、いつの間にかそんなことを言い訳に腰が重くなっていたのかもしれない。

このところ、知り合いが病気や早死にしたりということがあり、そういえば亡くなった女流作家の森瑤子が「美しいものを美しいと思えて、美味しいものが美味しいと思える間に旅に出ないと意味がない」というようなことを言っていて、その言葉を思い出してもいた。

気がつけば私も66歳。70代80代で元気であれば旅行にも行けるだろうが、ひとりで準備をして旅行先でもなんとか自力で動けるのは60代までかも・・と思うと、行きたいな~とつぶやいているだけではイケナイと思った。もう危機感に近い気持ち。

たまたま、11月のこのタイミングなら2泊3日(正味は1日半だけど)なら行けそう!とカレンダーを見ていてその日付が光を帯びたような気がした(大げさだけど)

さて、旅行の仕方にはふたつのタイプがあると思う。行き先だけ決めてあとは現地で気の向くままというタイプと、しっかりテーマ?を持ってそのための行き先を決め、効率よく順番に回り予定をコンプリートしたいタイプ。私はどうも後者のようで、特に今回は実際に見たい!ここに行きたい!というものがいくつか重なったこともあり、なかなか行く機会もなかったみちのく青森に行くことにした。


青森での一番の目的は、前川國男という建築家が設計した建物を見ること。特に建築好きでもないのに、たまたま新聞記事での紹介と、ある方が前川國男の建築をFacebookで紹介されているのを見て、なぜか一目惚れしたから。もう一つの目的は、雑誌で紹介された新しい美術館、弘前の「れんが倉庫美術館」を見て、ここも行きたい!と思ったこと。ついでに有名な青森県立美術館も見なきゃ!と、建築とアートがテーマの旅として定まった。

持ち時間❓は多くないので新幹線も始発。途中、山から登る太陽の陽が雲に反射した美しい景色を眺めて、旅に出たという実感が少しずつ湧いてくる。

新幹線を乗り継いで弘前に着いたのが昼過ぎ。予約しておいたレンタカーに一人で乗るのも初めての経験だった。スタッフにランチの美味しいお店を聞いてまずは腹ごしらえ。スタートは「れんが倉庫美術館」。

全く知らない土地を車で走るのも、今はナビがあるので迷わず行くことができるのは本当にありがたい。走りながら眺めるまちの様子や佇まいも、同じ雪国ではあっても戦災に遭っていない町は、古い家が今でも残っていたり、弘前は特に木造の洋館もあちこちにあって、城下町の豊さもありながらどこか重たい空気感もある印象。

れんが倉庫美術館は、元々酒造業を営む実業家が建てたもの。れんがで作れば何かの役に立つはずと言って残されたものだそうだ。そのれんが倉庫も現代の若き建築家、田根剛によって蘇ったというわけだ。古くてもモダンでちょっぴり懐かしいような空間に現代アートの展示がされていた。別棟のカフェではアップルシードルのファクトリーもあり、おしゃれな空間でとても居心地がよかった。

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弘前市内をあちこち回ってから車を返却し、夕食のために街に出た。とっぷり陽の暮れた街の中、何とか見つけたバルでワインとつまみで軽く済ませタクシーでホテルに帰る。

翌日は、ホテルの朝食をしっかり食べて、歩いて目的地にいくことに。幸いお天気も良く、ウォーキングも兼ねて歩くのは快適だった。

弘前城の周囲には前川國男の設計の市役所、市民会館、博物館が集中しているので、それらを一つずつ見て回る。冒頭の写真は、市民会館のホール部分。外観はモダンなコンクリートだけど、内部は木を多用し赤、青、黄のクッションを配置しておしゃれ過ぎない温かみのある空間で、寒い弘前の冬もここならきっと居心地の良い場所になると想像できた。何より、郷土愛に溢れている気がしてとても感動した。市内には高校や病院に斎場など個人も含めると前川建築はたくさんある。市民からも愛されている建築家なのだと思う。

弘前城の天守にも登ったりして、少々疲れたので近くにある「藤田記念庭園」にある大正時代の洋館のカフェで一休み。昨日は車なので飲めなかったアップルシードルとアップルパイ。陽がさんさんと入る市松のタイルのサンルームは美しい部屋だった。

その後は、旅行直前に新聞に掲載されていた弘南鉄道の無人駅『田舎館』の駅舎内に埋め尽くされたアールブリュットを見に。弘前出身の人気作家GOMAの手によるものだという。すぐ外には大きな農協の倉庫しかなく、田んぼの広がるところにぽつんとある駅舎の内部が、こんな風になっているのは想像できない。電車から見る岩木山もすっきりと見渡せてきれいだった。ちょっとコアな探訪だったが、こんな思いがけない発見が旅の面白さだと思う。

アール



小さな駅を後に青森に向かう。今度は青森県立美術館。同じアートであっても規模も内容も全く違う場所だ。

青森駅からバスに乗って市街から離れると広々とした公園があり、後ろに森、前には広い芝生が広がるその中に真っ白な大きな建物。超モダンで近未来な雰囲気を漂わせて。冬、雪の中で雪と見わけがつかなくるのを想像すると、吹雪の時期にまた来たいと思う。

中には、とても広い大きな空間の中に巨大なシャガールの絵が四方の壁に展示してある。実は舞台の背景画だと言う。コレクション展なので、もちろん青森と言えば奈良美智の作品や棟方志功の作品が部屋ごとに違和感なく現れる。各部屋の移動の途中にはドキッとしたりハッとしたりするところがあって、建物自体がとても魅力的で楽しめる。十分に堪能して外に出たら、すっかり夕暮れの景色になっていて、帰りのバスを待っているとあっという間に暗くなってくる。

2青森

市街に戻り、ホテルにチェックインした後、お土産と夕食のために外に出るともう街は会社帰りの人たちが家路を急ぐ時間になっている。すでに閉じているお店も多くて、ちょっと焦っていたらりんごを売っているお店を見つけてホッと一安心。

店番のおばちゃんがうたた寝をしていて思わずにんまり。そっと起こしてりんごの発送をお願いする。お隣のお店も覗いてホタテの燻製など買い込む。そのお店のご夫婦とひとしきり昆布のことでおしゃべり。美味しいお店を教えてもらったけど、残念ながら定休日。ホテルの近くに見つけた寿司屋に行くことにする。

寿司屋ではカウンターに座り、寿司となまこ酢に地元の酒を一合だけ。筋子の細巻を追加して、メニューに「がっくら漬け」というのを見つけて何かと聞くと、大根を鉈で切って麹で漬けた漬物だと。さっそく食べてみると野性味と麹の甘さがちょうどいい。お酒もとてもおいしく、聞くともなしに聞こえる隣の高齢のご夫婦の土地言葉で交わす会話も微笑ましく、TVの地元のニュースなども見ながら、ゆっくりと味わえた。旅の最後の夜も心地よい疲れだけが残った。

帰りも始発の新幹線に乗るために、暗いうちにホテルを出て歩いて駅まで。ローカル電車から新幹線に乗れば、また朝焼けに輝く山並みと雲が茜色に波打ってる。6時間かけての新幹線の帰途も、非日常から日常に戻るちょうどいい気持ちの切替となった。


女の一人旅、しかも60代後半のおひとり様って寂しいと思われる方もいるかもしれない。私は若い時から一人旅が多く、同行者のいる旅はそれなりに楽しいけど気遣いながらの旅は面倒で、つい一人旅になった。今回の旅も一人旅でよかったと思うのは食事。ひとりの食事はわびしいと思われるだろうが、私は食べる食べない含めて、量や内容を自分で決められるので、むしろストレスなくゆっくりと味わうことができる。昼食はアップルパイを買って小さな駅でお茶と一緒に食べたりとかね。

要はマイペースで気兼ねなく行きたいところ、休みたいところを選べるし、極端な話、予定を切り上げて帰ろうかということだってできる。

おしゃべりも、旅先でいろんな人と話すきっかけはあって一期一会の会話も楽しめる。むしろそれがかえっていい刺激となりいい思い出になったりする。一人旅は、そういう小さな冒険を楽しむのが醍醐味かもしれない。若い頃の余計な自意識はなくなって、少々神経が図太く図々しくなってるのかな? 一方でアクシデントが起きた時の対応もできることが大事なのは言うまでもないけど。このコロナ禍の中、なんと言っても密になることもなく、混み合う場所は避け、静かなところで離れたところで食事もお茶もすればいい。

もうひとつの発見は、若い時には何もない、意味もないと思った場所やことも、今は十分に味わえるようになった気がする。自己満足だっていい。そんな風にちょっと『オトナ』になったらしい自分を発見するのも嬉しい。

次は…というものは今はない。そのうちじわじわと行きたい気分になってくると思う。機が熟すのを待ってすかさず行くことができるようにしておこう! 

そんな風に「旅を思う時間」がゆっくりあるのもいいと思うな。


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