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返すものではなく、贈るもの|パラスパレスのヒト モノ コト #5

一人娘がいます。昨春、中学生になりました。
あっという間のような、そんな気もするけれど……なぜか、つねに必死でした。初めてだらけの育児と孤独感。頼り下手な性格。無駄に完璧主義。今思い返してみても、見苦しかったなと、しみじみ。

保育園へ向かうある朝、いつものように娘を抱っこしていました。反対側から、中東のご婦人が来ました。毎日すれちがうので、何となく覚えていましたが、その日はニコニコ顔で近寄ってきて、
「あなた、偉いわあ。いつも赤ちゃんに話しかけて。毎日、気になっていたのよ。ほら、赤ちゃんも嬉しいのよ!ママそっくりね、素敵よ!」
それから彼女は会うたびに、
「ママにますます似てきたわね!可愛いわ」
「お話わかっているのね、ママ大好きなのね!」
などと、遠くからでも、破顔で手を振ってくれました。

ある時、何日も会えない日が続きました。すると数日後、
「チョット、国に帰っていたのよ。大きくなったわねぇ。ママに、どんどんそっくりね」
と、いつもの調子で褒めてくれました。彼女がかけてくれた言葉も笑顔も、まるで昨日のことのように覚えています。
あの頃、私の話しかけに応えるよう、娘が口に出す言葉は、きまって二文字。それが私の名前だとわかるようになった時、ご婦人とは、ぱったり会えなくなっていました。

それから娘は、彼女の言う通り、私そっくりに成長しました。
今でも「ママ」ではなく、名前で呼んでくれます。よくなぜかと不思議に問われますが、娘が初めて選んだ言葉かと思うと、なおす気になれなかったのです。今や、ママが大好きかはあやしいところですが……。
「あなたたち、とっても素敵よ」
の声を、ふと思い出すと、心が自然とほぐれていきます。

ほんの少しのきっかけが、私の日常を救ってくれました。そのことを、ずっと感謝していながらも、御礼を伝える術が見つかりません。
「恩は返すものではなく、贈るもの」。
つぎは、私の番です。新たな一年のはじまり、日々、精進しようと思います。

パラスパレス企画 イトウ ルナ



イトウさんの娘さんが幼稚園の年長さんのときにつくった作品がこちら。
海で貝や漂流物のカケラをひろった、夏の思い出がつまっています。

タイトルに……『おに』

パパとママとおさかなをつくりました

ママ=おに  ということでしょうか。

こどもって、すごい。


ヒト モノ コトは、年四回発刊しているシーズンブックにて連載中、パラスパレスで働くスタッフの暮らしや人となりをご紹介するページです。

シーズンブックは店頭でもお渡ししております。ぜひご覧ください。

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