監督インタビュー【音声ガイド制作者の視点から】映画『SUPER HAPPY FOREVER』 五十嵐耕平監督へ
全国上映中の映画『SUPER HAPPY FOREVER』の音声ガイドと字幕をPalabraが制作しました。本作は、アプリ『UDCast』方式による音声ガイドと日本語字幕に対応しています。
五十嵐監督に、音声ガイド制作者視点から、松田高加子(まつだ・たかこ)がインタビューをしました。作品をより深く味わえる音声ガイド視点でのトークをお楽しみください!
STORY
2023年8月19日、伊豆にある海辺のリゾートホテルを訪れた幼馴染の佐野と宮田。まもなく閉館を迎えるこのホテルでは、アンをはじめとしたベトナム人の従業員たちが、ひと足早く退職日を迎えようとしている。佐野は、5年前にここで出会い恋に落ちた妻・凪を最近亡くしたばかりだった。妻との思い出に固執し自暴自棄になる姿を見かねて、宮田は友人として助言をするものの、あるセミナーに傾倒している宮田の言葉は佐野には届かない。2人は少ない言葉を交わしながら、閉店した思い出のレストランや遊覧船を巡り、かつて失くした赤い帽子を探し始める。
映画の冒頭は大事
松田:五十嵐監督にとっては、音声ガイド制作が初めてだったと思うんですが、最初に音声ガイド原稿を見た時、どう思いましたか?
五十嵐監督:いやー、なんか、こんな言語化できるんだなぁと思いました。よくそんな見てるなー、と普通に思いました。当然といえば当然なのかもしれないですけど、細かく見てるんだなっていう。普通に一般的に僕らが映画見るとき、そこまで言語化して見ることってないと思うので、自分の仕事が全部バラされてる感じもあるし、恥ずかしいなっていう。
松田:こちらとしては、この作業において、ひとまず私がいち視聴者、鑑賞者の代表みたいになるので、気づけなかったりとかしていることが発覚すると、ものすごく恥ずかしいし、申し訳ないと思うんですよ。
五十嵐監督:でも普通気づかなくていいことなんですよ、大体が。さっきも言ったように、もうちょっと無意識的に見ているから、ただの印象に留まってるだけで、重要なことだっていう風に思いながら、画面を隅々まで見たりしないですよね。
松田:はい。ただ、視覚障害のある方は、情報の箱の中視覚を使わない分の空きスペースがあるので、そこに、目からの情報を言葉にして入れて、晴眼となるべく差分なくしようという作業なので、こちらで勝手に要約して軽くしたり、監督の意図に反するような情報は入れられないわけです。そうやって箱の空きに映像を言語化したものを入れると、結構、似たような感覚にはなるというのが、長年やってきて思っていることです。つまり、細かく描写した音声ガイドを聞いたからと言って全部情報が頭に入っているわけではなくて、残る情報だけが残っていく。晴眼の鑑賞者と近い感覚かな、と。
松田:やっぱり冒頭っていうのは、映画にとって大事だと思うのですが、最初にぱっと映る映像。「海だ!」という映像なので、音声ガイドは
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真っ黒な画面。
一面、青い海。
鳥が羽ばたいていく。
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としました。
ここまではシンプルにバシッと海だ!と伝えることがミッションだな、と思いましたが、その後のタイトルまでをどう描写すればいいのかというのは迷いました。モニター会の時点では以下のようなガイドでした。
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海は青の濃淡を変えながら、水平線まで広がっている。
水色の空。
水平線と平行して、赤いアルファベットのタイトル、
『SUPER HAPPY FOREVER』
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でも、モニター会で五十嵐監督にこの部分の確認をしたら、「ほとんど海だけど、ちょっと空っていうイメージ」というコメントを頂きました。
見たままを書くと一言で言っても、どういう比重で空と海を書くといいのかっていう点に迷っていたので、そのコメントのお蔭で書き換える方向性が分かり、以下のように修正しました。
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視界を塗りつぶすような真っ青な海。
はるか先に水平線、その上に水色の空。
海の真ん中に、赤いアルファベットのタイトル。
『SUPER HAPPY FOREVER』
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松田:これを受けて、ファーストシーンはどんな風に作られているのか知りたくなりました。
五十嵐監督:最初にイメージしていることも、もちろんありますけど、編集の時に変わることもあるので、ちょっとだけニュアンスが変わったりとか。映画の冒頭って、ほとんどどの映画もそうですけど、さっきもおっしゃったように重要じゃないですか。 どんな映画なのかっていうのを提示する瞬間というか、なので大事なことを詰め込む。その時に海自体は、この物語にとっては結構、全編にわたって、そんなにたくさん出てくるわけじゃないんですけど、ポイントとして出てきて。で、なんていうんですか、難しいな、海について話すのめちゃくちゃ難しい。あの、水平線の位置がどこにあるかは重要なんですけど、なんでか自分もよくわからない。でも空が多いわけじゃない。海のある風景ですよということより、海そのものにポイントがあるという映し方だと思うので。
松田:視覚的なデザインの要素が大きいですよね。
五十嵐監督:そうですね。
松田:素敵な始まりだったから、鑑賞した視覚障害のお客さんともうまく共有できるといいなぁ、と思っています。
音声ガイドへのフィードバック
松田:今回、ストーリーを伝えるのには特に支障はないけれど、映像の中に描かれていることを拾いきれていなかった、というところが多くて反省をしているのですが…ただ、やはり実際に、作り手である監督はじめ制作側の方と話をしながら音声ガイドを作っていくということも大事だなとも思いました。たとえば、お風呂の窓から海が見えているんで書いてほしいとご要望をいただき、自宅で見直すと、いやそこまで見えてないってなって(笑)。
監督:見えてる風に。
松田:はい。これは映画側の皆さんとしては、もう海が見えてるって感じなのだなと思って。でも、映像を見ながら音声ガイドを聞くと、「え、見えてないじゃん」となると、ガイドが「嘘」になってしまって信用されなくなる可能性があるので、以下のようにしました。
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窓の向こうには大きなヤシの木、海辺へつながる景色。
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五十嵐監督:実際、表の露天風呂の方に出て撮影しているところもあって。カットされてるんですけど。そこからはすごく展望がよくて海が見えていました。
衣装から見えるキャラクター
松田:船を降りて、宮田に駆け寄る2人の女性、飯島さんと加藤さんの服装情報ですが、あれも見たまま説明する係としては、どこを起点に見たままでいこうとに迷いました。監督に意図をお聞きしたら、飯島さんはナチュラル系のお姉さんで、加藤さんは蛍光カラーのちょっと派手な格好で、つまり普通なら接点がなさそうな2人という設定です、とおっしゃられたので、尺は厳しかったのですが、なんとか、飯島さんは「白いコットンワンピース」、加藤さんには年齢感を添えて「20代、ポップなファッション」とガイドしました。スパハピがなければ友達になっていなかったかもしれない2人を書き出すことができたので、よかったです。今回、服装情報を結構入れました。宮田の火山柄のアロハシャツとか、履いているズボンを「スラックス」とか。スパハピ前、スパハピ後みたいな差異を少しでも出せれば、という感じで。「スラックス」という言葉が、妙にはまりました。うん、スラックスだね宮田、と。今も「スラックス」と言うんですかね?
五十嵐監督:なんて言うんですか、あれ。
松田:ズボン?パンツ?学校の先生みたいな真面目なズボン(笑)。
五十嵐監督:真面目なズボン。センターパーツが入っていたらスラックスじゃないですか。
松田:はい。パンツというファッション性ではなくて、「スラックス」でした。
お衣装も監督が選ぶんですか?スタイリストさんが持ってきて、そこから選ぶのでしょうか?
五十嵐監督:そうですね。イメージを話し合って、こういう感じかなとか、こういうパターンもあるかなと膨らませて、実際集めてもらった後に、衣装合わせで着てもらって、並んでもらったりして、こういう感じかなとか。
松田:あのアンブロTシャツは、決め手としてはでかいロゴですか?彼がサッカー好きというのを出したいのかな?と思ったりしましたが。
五十嵐監督:すごい目立つTシャツ、というのにしたくて。パッとわかる。特に背中になんかロゴがあるやつがいいなと。その時にあれが見つかったんで。サッカー好きというのもありますけど、目立つという点がポイントでした。
松田:晴眼としては、とっても大きいロゴのTシャツを着てんなぁって、ずっと思いますよね。あと宮田さんも5年前のところでは古着Tシャツ着ているというのは、私も見て思っていたのですが、言える尺もなくて「紫色のTシャツ」とだけガイドしました。古着感というのは、割と「視覚的文化」なので、難しく感じます。でもなるべく服装の描写は入れたいと思ったりします。見えないからファッションは不要でしょ、とかではなく、晴眼のファッション文化を共有できる機会だと思うので。教科書的に使ってもらいたいくらい。
カップラーメンのシーンの空気感はどうやって生まれたのか
松田:私は映画制作のこと、全く分からないので、監督が現場でどのような演出をしているのかがとても気になるのですが、コンビニの前のカップラーメンのシーン。初見で普通に鑑賞している分には、付き合う前のカップルのうふふな時間があって、この時間、たまらなく楽しいんだろうなー、というように観ていたわけですが、いざ言語化して原稿に書きます、という段になると ちょっとガイドが無言すぎやしないかというような、心配になってくるんです。今、相手を見た、今、前を向いた、みたいな。あのあたりは細かく指示をしたわけじゃないんですよね?
五十嵐監督:してないです。なんかいいじゃないですか。カップラーメンの3分待つ男女。特に話もしないっていう時間がいいなって思ってたんで、だからその時間をどうするか基本おまかせでしたね。
松田:じゃあ、チラっと見たりとかも全部お任せなんですね。
五十嵐監督:カップラーメンを待つ3分の間に鼻歌を歌うってことだけ言ったと思いますよ。
松田:長回しじゃないですよね。
五十嵐監督:違いますよ。3カットぐらいあるのかな、あのシーン。
松田:そうですよね、もう3分経ったって言うあたりは、合わせてある感じですよね。
五十嵐さん:そうですね。
松田:あの3分経ったのも、なんの根拠があって?というのがおかしくて。
五十嵐監督:本当に経っているのか?ちょっと早いなぁ、みたいな。
松田:凪ちゃんが「本当に?」ってすごく大事なことのように聞くのがかわいかった。最初もっと描写を入れていたけど、これはなんか違うなと思って。2人の空気にお任せしました。
五十嵐監督:そうですね。なんかそういう、なんですか、ぽっかり空いた時間だけど、精神的にとか心理的にはすごい充実した時間がある、3分間二人で一緒にその時間を生きたって感覚。それがカップラーメン待っている3分間っていう感じなので、あんまり言わないというのがよかった。
松田:このシーンの後に、朝のベッドの上で、お洋服のまま寝てしまった凪ちゃんの背中のシーンがあったんですよ。この作品の音声ガイド内での私の最大の反省箇所。たしかにそうじゃん!という…。まだ見ていない人も読むかもしれませんので詳しくは言いませんが、背中の描写をしてほしいと、フィードバックをいただいて。それ書かないとダメなのに、ここは凪ちゃんの寝息を聞かせるでいいんだ、と自分にOKを出してしまった。私だって分かってるんですよ、みたいな感じでした…。
五十嵐監督:伝わってないわけじゃなくて。
松田:そうそう。伝わってないんじゃない。寝息で大丈夫なんじゃないかなって。
五十嵐監督:でも、寝息はすごい重要ですもんね。
松田:はい。でもやっぱり、宮田とのやりとりの中にもあったわけだから。ひとり反省会でした。
どうやって撮ってるの?
松田:佐野さんが、ホテルの部屋のドアを薄く開けて寝ていて、そこから映像が動いていって時間が変わっていくというシーンがありました。私は割とガイドの中で「視点」という言葉を使うのですが、視覚障害のある知り合いには不評を買ってしまったことがあって。まあ、「視点」という言葉そのものが悪いわけではなく、使うタイミングなどの配慮が欠けてたという話ではあると思うのですが。基本的には、だって映画は全部誰かの視点じゃん、誰でもない視点だってあるよ、そりゃ。みたいな風に思っているわけなんですけど、ああいうのは、撮っている側はどんな感じで撮ってるんですか?
五十嵐監督:映画の中でカメラって動いてるじゃないですか。基本大体人物に合わせて動いてるんですよね。だから動いていること自体そんなに気になってないんですけど、場が特に動いてないのにカメラだけ動いていることは、結構変なことなんですよね。撮っている人の存在を知らしめられるから。でも撮っている人がいるっていう風に完全にしちゃうんじゃなくて、動いているなりの映画内の理由がある。つまり、あれは佐野くんはあそこで寝ているけど、 僕の気分としては、こういうことなんだよねっていう、主体が移動していってるから、カメラが動けるみたいな、そういうつもりで動かしてる。
松田:あってる、私あってる(笑)。
五十嵐監督:あのシーンは音響がかなり変化するから意外とわかりやすいかなと思うんですけど、音響が変化しない移動、そういうショットもあるじゃないですか。
松田:あります。あります。
五十嵐監督:それだと難しいだろうなっていう。でもこのシーンでの海の方の音がどんどんでかくなってるんで、カメラは窓の方に行ってんのかなみたいな、雰囲気は音で担保されてるというか、補助されてた。
松田:はい、まあ、モニターさん達にはスムーズには伝わってましたね。だから、目だけで見てるんじゃないというところはあるんですよね。
その辺り、何か感じたりしましたか?思っていたより伝わるなとか。
五十嵐監督:思っていたより全然伝わるなと思いました。こんなに理解度が高いんだっていう。やっぱ視覚情報って意識してないだけですごい情報量じゃないですか。それがない状態で、その説明だけで感情のちょっとした機微とか時間の流れ方とか、どれぐらい伝わるのかなと思ったんですけど、すごい伝わってると思って。
松田:伝わります。感情の機微とかは、もちろん完全に無音でBGMもなくて、本当に表情だけだったら、それはもうどうしたって音声ガイドに頼っていただかないとですけど、大体のものはセリフとか音や音楽から出ているので伝わります。表情は後付けなんじゃないかぐらいに。あと視覚情報がない分、かえって集中しやすいような部分もありますね。音声ガイドする側が余計な気を回して言葉を付け加えたりする方が伝わらなかったりするのは、あるあるです。
五十嵐監督:一番大きいのは映画の作りっていうか。時間が割とこの前後するじゃないですか。ターンみたいなのがあって、ボコって変わるみたいなことが、映画としてちゃんと説明しているわけじゃないんですよね。「今こういう時間ですよ」とか言ってない。多分そうなんだろう、入り口からだんだんそうなんだねっていう感じになると思うんですけど、そういうところとか、視覚で捉えていても結構曖昧な感じでやってることが、ちゃんと理解されてるというのにびっくりしました。
松田:劇中に出てくる「Beyond the Sea」はどうやって決めたんですか?
五十嵐監督:脚本を書いてる時に、近所の居酒屋で流れてて、その時に映画の主題が海の話だし、ちょうどいいなこれ、と思って(笑)。歌のテンションが歌詞の内容に対して高めじゃないですか。その感じもこの映画っぽいなっていう気がして。
松田:明るいんだけど、切ないみたいな曲で。だから私は、曲ありき、この曲からっていうやつかなと思ってたんですけど、違ったんですね。
五十嵐監督:全然そうじゃないです。
松田:あの佐野さんがもう棒立ちで歌う感じとか、良かったですね。気に入ってます。
五十嵐監督:そうですか(笑)。よかったですよね。
松田:だんだんマイク下がっていく感じがよかったですね。佐野に関しての好きなシーンがもう1個あってですね。宮田のリングを捨てたと言った後、宮田をじっと見て、宮田さんがちょっと顔を動かしたら一緒に反応するじゃないですか。あれがすごい好きなんですよ。
音声ガイド部分のみ抜き出しますと…
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宮田の動きが止まる。
眉をひそめ、じっと佐野の顔を見る。
向かい合って目を合わせる2人。
宮田が視線を外す。ベッドに座る。
前を向くが、佐野と目を合わせず、窓の方を見る。
佐野は宮田を見ている。
宮田がうつむく。
佐野も視線を下げる。
宮田が少し顔をあげると、佐野が反応。
宮田が立ち上がる。襟付きの青いシャツにベージュのスラックス。
リュックを肩にかけ、ドアへ向かう。
ついていく佐野。
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五十嵐監督:あれ、不思議ですよね、あの芝居。何考えてるのか全然、なんだろうこの人みたいな感じ。
松田:怒られたお母さんの様子を見てる子供みたい、と思って。
五十嵐監督:何もわかんなくなっちゃったみたいな感じありますね。
松田:めちゃくちゃ可愛い。
演出に関してさらに聞き出そうとする
松田:この映画ではこの方向性でいきましょうみたいな話はあるわけでしょ?
五十嵐監督:うーん、そういうことは話さないんです。
松田:話してないんだ。
五十嵐監督:こういうふうにしたいとかっていうことは、そこまで話さないですね。それよりこの映画のシーンについて、普通に感想を…
松田:えっ、感想?
五十嵐監督:こうなんですね、とか言ったら、そうだね、なんかこうなのかな、と日常会話にすごく近いと思う。だから、具体的にそのシーンについて、ここはこういうシーンだからこうなんだみたいなことは、ほとんど話さなくて。もうちょっと、この人はこういう人なのかもね、みたいなことを全然違う時間で話したりとか。とにかく一緒にいる時間が佐野君と宮田君とは長かったんで、コツコツ話をしていたので。
松田:でも、監督的にちょっと違うみたいな時もあったりはしないんですか?
五十嵐監督:違う?あー、ありますよ。でも僕は、「今、ここからここに行ってたけど、 こっちに行ってみようか」というような具体的な動きとか所作みたいなことをその場で言うことが多いんですけど。そのことによって、そういうことなんだって、佐野君とかは勘が良かったりするから分かってくれて、それでやってもらうと大丈夫でしたね。「そういう感じではなくて、こういう感じ」みたいなことあんまり言わないですね。
松田:なるほどすごいですね。私には全然わかんない世界ですね(笑)。
五十嵐監督:あ、一ヶ所。海辺歩いている佐野君のタバコの吸い方がすごくかっこよかったということがあって。佐野くんはその役なりに多分普通に吸ってるんだけど「なんかかっこいいな」と思って。台本には、「歩いてきてタバコに火をつける」とみたいなことが書いてあった。生きてる中で、タバコを吸うことがメインにはなり得ないんだけど、映画として撮るとなると、タバコ吸うシーンになっちゃうじゃないですか。だから佐野君に、「もっとタバコをなんとなく吸うって感じを強調できる?どう?」みたいなことを言ったことがあります。
松田:それで、佐野さんは理解してうまくいったんですか?
五十嵐監督:はい。ただ、結局編集の都合でカットされちゃったんですが(笑)。
松田:音声ガイドいらずのシーンでしたが、松田の好きな俳優、足立智充さんのシーンについてもお聞きしますが、あの足立さん(タクシードライバー)のシーンは、足立さんと話し合ったんですか?
五十嵐監督:話し合う
松田:どんな風にいきましょう、みたいな。
五十嵐監督:(クールに)いや、話し合ってないです。
(そうだろうとは思いましたが、監督の回答が面白くて訊きました(笑))
五十嵐監督:あの運転手はちょっと失礼な感じじゃないですか。いかがわしいというか。実際、僕がロケハンしている時に乗ったタクシーは、運転手さんがすごく喋る人で、すごい喋るなと思って。いや、いいんですけど、観光地の運転手さん確かに喋るかーと思って。どっから来たんですかー?とか。その感じを多分、足立さんはもう脚本の段階で理解されてて、むしろ色々アイディアを出してくれましたね。こういう感じもあるかもしれないとか。
松田:いいですね。すごいデリカシーがない感じの運転手さん。でも、佐野の行動によって、運転手さんは悪くない風になってしまう感じ。降りてーとか言って。いやいやそもそもあなただから、みたいなのがおもしろかった。音声ガイドでは佐野の座り位置さえ言っとけば成り立つシーンでしたが。
リンクさせていかないといけないこと
松田:音声ガイドでは5年前と今とをリンクさせられるかどうかが緊張感のあるところでした。レストランは、佐野と宮田は表を眺めてて。でも、凪も加わった3人の時は、いきなり中から始まるから、最初は分からなくて、あとから分かってくる。ハワイアンなアイテムが店先に出してあったり、「大きいスプーンの店でしょ」って宮田の声がオフで聞こえてくるから、私は大きいスプーンのオブジェが飾ってあるみたいな店かなと勝手に想像していたら、ああ、それか!と後から繋がってくる。
五十嵐監督:時代が前後しているから、同じ場所に行かざるを得ないじゃないですか。こことここはここね、て分かられても困るというか。そうすると単純に物語として映画を作っちゃうというか。こう見て、というアピールの度が過ぎるというか。もうちょっとナチュラルに、確かにここってこの場所と同じだったよね、みたいな風に見てる人が思えると、登場人物たちの体験により近づく感じかなと思って、そうしてます。
松田:そういう感じでした。だから、音声ガイドとしては、書き落としないかしら?みたいな感じにはなるんですけど。
五十嵐監督:同じカメラポジションで撮ってくれよって感じになりますよね。
松田:そう!でも温泉の湯がビタビタ落ちてるあの道って、ガイドとしては、古びたコンクリートの塀っていう言葉を揃えただけで、あとはその先に海が見えているっていうのがあって。ぴったり同じ文章でガイドしているわけではないんですけど、モニターさん達が、同じ道だと把握していたから、ちゃんと映画を見れていれば、その辺は掴めるなぁと思いました。
松田:ラストのアンが台車を押してリネン室に向かうシークエンスで、暗いバックヤードを進んで、エレベーターの前に来る、というガイドをしていたのですが、今回のサブ担当かつナレーターをしてくれた持丸あいさんから、私はエレベーターだって分かりませんでした。という指摘をもらいました。私としては、アンがボタンを押したら点灯するとエレベーターボタンだなと思うので、はっきり言ったんですけど、五十嵐監督としては、この時点でエレベーターの前に立っていると伝えたいかどうかを尋ねたら、伝えたいかどうかまでは考えてなかったという回答でしたね。
五十嵐監督:考えてないですね。とにかくそこまで見てきた映画の数々のシーンとは全く違う暗い通路を進む。暗いところに入ってくぞ、みたいな。エレベーターの扉が開くと明かりが漏れてきて、あ、エレベーターがあるのねってわかるっていう。その前にエレベーターがあることを伝えたいかどうかというのはそこまで考えてなくて、光がどうなっているかの方が重要だったので、言われてどっちなんだろうと思いました。
松田:そのようにおっしゃるのを聞いて、扉が開いてパーッと光が入ってそこでエレベーターだとはっきりすると流れの音声ガイドに修正しました。
一人の人間の中の矛盾
松田:初見の時、佐野が何かを必死で探してて、それがキャップだってわかって、というような狭い範囲ながら、時間も一緒に移動するロードムービー的に見ました。ちょっとずつ分かっていくおもしろさと、そこまでしてずっと思い続ける佐野の気持ちに、突然いなくなるってそういうことかと切ない気持ちを抱きました。
音声ガイドを書いていく内に、これはある意味、執着の話にもなるなと思って。個人的に、執着というものを怖いと思っているので、突然思いがけない形で失うと、執着心が強くなるだろうなとも思って。その反面、ベトナムから来ているアンが、 日本で働いているのは夢があるとかではなくて、お金のためだけと言って、サクッと去っていく、パッと消えるっていう、執着心のなさがあったり。色んな見方ができて、おもしろかったです。
五十嵐監督:執着心か。
松田:執着って怖い。だから、宮田が佐野に、「陰の気が漂っているから、メッセージを受け取ればすっきりするよ」みたいなことを言うじゃないですか。ある意味それってすごい執着心を断つことができる話に聞こえたりもするんですよ。だから、映画自体がスパハピのメッセージだと思えてくるっていう(笑)。
五十嵐監督:それは間違ってない(笑)。
松田:すぐ物をなくしちゃうとかも、物に執着のない人だ、ていう見方できるし。
五十嵐監督:確かにそうですね。それぞれのこの世界の受け取り方みたいなのが、なんかパターン別にいろいろあるみたいな感じはありますね。
松田:そうですよね。
五十嵐監督:レイヤーで、この段階までは、この人執着しない感じなんだけど、例えば、SUPER HAPPY FOREVER(劇中に出てくるセミナー)も言ってることとか、考えみたいなことはまぁちょっとスピリチュアルになりすぎてるかなとも思いつつ、でもそんなに間違ってもない。明るく生きていたら明るいことしか見えなくなるから、前向きに生きられるよね、て。だからそれを受け入れるのは全然構わないのだけど、そのことを信じたいがために何かお金を払って指輪を買うとかは、ちょっとどうした?っていう。そういう一人の人物の中に執着のバランスのいびつさみたいなのがあるんですよ。
松田:確かに。すがっているんですもんね、指輪に。
五十嵐監督:それがないと信じられないというか、私が信じてる証拠はこれ、みたいな。あなたが言っていることってそういうことじゃなかったですよね、という。なんかそういう矛盾とかも面白いなと思ったり。
松田:劇中でも、佐野さんが、当たり前のことを言ってるだけじゃん、と怒ってる。
五十嵐監督:宮田も、全然悪いやつじゃないし、佐野もなんか嫌なやつな感じだけど、言ってることはそんな間違ってないなとか。そういうバランスが…一人の人間の中の矛盾があったらいいなって、そんな気がしますね。
映画をみることの喜び
松田:凪ちゃんが死んじゃったのは悲しいですけど、そこがすごい不思議というか。
何度か、あ、でもこの人死んでるんだっていう…。すごく生きている感じがするから。
五十嵐監督:そうですね。でもそれがやりたかったんで。それが一番やりたかったことだという気もするんで。映画として、誰かが死んじゃったこととか、何かがなくなっちゃうみたいなことを考えるときに、映画によって得られるものは何だろう?と考えた時に、映画の中で死んじゃっているはずの人がすごく生き生きしている、なんかその様子っていうのは…(暫し考えられて)実際に身近な人の死を経験したときの感じに近いというか。
松田:うんうん。
五十嵐監督:映画はだいたい全部過去が映ってて。でもそれを見ている時、今まさにそこにあるように見るから、映画を見るという事とそんなに違わないっていうか、映画を見るってそういうことあるよねっていうことを全面化できると、撮ってる意味…意味があるっていうとおこがましいけど、自分なりに。
松田:最後に、監督からガイド付きやってみた感想など教えていただけますか
五十嵐監督:映画作っている時と一緒でしたね。考えていることがシナリオを書いている時とか撮影している時とか編集している時とほとんど同じだなと思って。ここでこういう風にしておいて、これを知っておいてもらって、こういう感じを引き出して、こういうのを見てもらえたらいいなとか、ずっと映画制作でやってることだから、なんかまた映画作ってるなって感じの印象を受けました。
松田:わー、まさにそうですね。音声ガイドでも、あとのシーンのために、ロビーが縦長なことはここからガイドしておこう、とかそういうことですよね。
五十嵐監督:そうですね。衣装の話じゃないけど、なんかこの人がこの服とこの服、こっちの人がこっちの服でこっちの服だったら、そんなに言わなくてもこの人たちの関係なんとなく理解できるよねとか、選んだりするのと同じ感覚で。各演出、各箇所の演出とかの考え方とほぼ同じという。ほぼ同じっていうか同じなんですよ。楽しい作業でした。
映画『SUPER HAPPY FOREVER』を音声ガイド付きで観るには
音声ガイドは「UDCastMOVIE」アプリに対応。
アプリをインストールしたスマートフォン等の携帯端末に、作品のデータをダウンロードして、イヤホンを接続してお持ちいただければ、全ての上映劇場、上映回でご利用いただけます。
なお、字幕ガイドは日本語字幕・英語字幕(English subtitles)の2種類に対応しています。
映画『SUPER HAPPY FOREVER』作品情報
俊英・五十嵐耕平監督が紡ぐ、
青春期の終わりを迎えた人々の ”奇跡のような幸福なひととき”
第67回ロカルノ国際映画祭新鋭監督コンペティション部門正式出品作 『息を殺して』や、第74回ヴェネチア国際映画祭オリゾンティ部門に正式出品されたダミアン・マニヴェルとの共同監督作『泳ぎすぎた夜』など、世界が注目する五十嵐耕平監督による待望の長編最新作『SUPER HAPPY FOREVER』。第81回ヴェネチア国際映画祭ヴェニス・デイズ部門では日本映画初となるオープニング上映作品として選出された。
本作にはダミアン・マニヴェルも共同プロデューサーとして参加し、ポストプロダクションをフランスで行うなど、日仏合作で製作。短編に引き続き佐野役を『TOCKA [タスカー]』や『愛にイナズマ』、『浜の朝日の嘘つきどもと』での好演も光った佐野弘樹が、宮田役を『サボテンと海底』や「TOKYO VICE Season2」、濱口竜介監督『悪は存在しない』で強烈な印象を残した宮田佳典が務める。そして、今泉力哉監督『猫は逃げた』で注目を集め、近年では『走れない人の走り方』など話題作への出演が続く山本奈衣瑠が凪役を演じた。
思いがけない出会いがもたらす幸せも、別離がもたらす悲しみも、月日とともに過ぎていく。しかし、“人生のかけがえのない瞬間”は、そんな時の流れにこそ隠れている。本作では5年前と現在という2つの時間の中で、「青春期の終わり」を迎えた人々の奇跡のようなひとときを、さりげなくも鮮やかに記録した。
佐野弘樹 宮⽥佳典 ⼭本奈⾐瑠 ホアン・ヌ・クイン
笠島智 海沼未⽻ ⾜⽴智充 影⼭祐⼦ ⽮嶋俊作
監督︓五⼗嵐耕平
脚本︓五⼗嵐耕平 久保寺晃⼀ ⾳楽︓櫻⽊⼤悟 (D.A.N.) 企画協⼒︓宮⽥佳典 佐野弘樹
プロデューサー︓⼤⽊真琴 江本優作 共同プロデューサー︓マルタン・ベルティエ ダミアン・マニヴェル ラインプロデューサー︓上⽥真之
撮影︓髙橋航 照明︓蟻正恭⼦ 美術︓布部雅⼈ 録⾳︓⾼橋⽞ ⾐裳︓淺井健登 ヘアメイク︓光岡真理奈 助監督︓太⽥達成 制作担当︓村上知穂
編集︓⼤川景⼦ 五⼗嵐耕平 ダミアン・マニヴェル カラリスト︓ヨヴ・ムール リレコーディングミキサー︓シモン・アポストルー
サウンドエディター︓アガット・ポッシュ ルノー・バジュー スチール︓上妻森⼟
製作︓NOBO MLD Films Incline LLP High Endz 制作プロダクション︓NOBO MLD FIlms 配給︓コピアポア・フィルム
助成︓⽂化庁⽂化芸術振興費補助⾦(映画創造活動⽀援事業)|独⽴⾏政法⼈⽇本芸術⽂化振興会
lʼAide aux cinémas du monde Centre national du cinéma et de lʼimage animée Institut Français
©2024 NOBO/MLD Films/Incline/High Endz
2024 年/⽇本=フランス/94 分/DCP/カラー/1.85:1/5.1ch
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