ちゃんと、目覚めますように。
ものすごく久しぶりにnoteを書く。
ずっとやる気が出なかった。
その背景にあるのが体の不調で、だから何も手につかなかったのだとしたら、こうしてnoteを書き始めた私の治療はひとまず成功したのだろう。
そう、先日私は少し大きめの治療をした。
…少し?
人から見れば少しだろうけど、私本人からすれば「かなり」のものだった。
35年ぶりに開胸手術を受けた。
私は子どもの頃2回ほどしか開胸しておらず、そのまま中年となった。
さあ、大人になってからの開胸だ。ひーっ。
今回の開胸の目的はペースメーカーの植え込みだ(ペースメーカーを必要とするまでの頻脈や徐脈と言った脈拍のアレやこれやソレやどれやは省略する)。
ペースメーカーを開胸で入れることはあまりない(らしい)。
でも私の心臓の形や過去の術式なども踏まえて、私は開胸あるのみとなった。
開胸(縦に切る)に当たって、人工心肺を回すほどのリスクを負ってまでペースメーカーを入れることはしないと執刀医は言った。が、そのかわり心臓を止めないことによる難しさも説明され、要は「開かなきゃどうなるかわからない」という感じ。
思うようにペースメーカー留置ができるのか、はたまた開いたけどそっ閉じされてしまうのか…まあ心配したところで、私は寝てるから任せるだけだよねぇという感じになった。
結果から言えば、問題なくペースメーカー植え込みができた。
術後執刀医は夫に「やりたいことは完璧にできました」とにこやかに言ったらしい。いやん、先生かっこいい。
そして私のまだ覚醒しきっていない第一声は「リード…リードは…?」だったらしく、「大丈夫、ちゃんと繋げたよ」と言われて「良かった〜」と笑いながら寝たとか。任せるだけとか言いつつ、めちゃくちゃ気にしてたのね、私。
あとはどんどん良くなるばかり!と言いたいところだが、世の中それほど甘くはない。
まさかの激しめ頻脈発作や激烈心不全とか、そこそこ「私死ぬのでは?」「いっそ意識失ってくれよ」「死ぬほど辛いってこういうこと?」と思う経験をした。
…文字にするとあまり危機感がないかな?
でもここまでの体験は本当に初めてで、そして二度と経験したくない。
今ようやく上向きつつあるので、このまま何事もなく過ぎて欲しい。
大人になってからの開胸手術は怖い。
もちろん手術して体調が安定、穏やかに過ごせるようになった人は多い。
それでも、「元気になるために」そう言って開胸手術にのぞんで、でも逝ってしまう友人たちもいた。
だから大人になってからの開胸手術は私にとってとても怖いものだった。
いずれそう言う日が来ると言うことは知っていたけれど、なんとか先送りできればと思っていた。
でも先送りはここで終了。
私はもうだいぶ、私なりの普通の生活を送ることが難しくなっていた。
その「普通」を取り戻せるようになる可能性がある、そういう手段があるうちは幸せなことだ。
そう思って手術にのぞんだ。
とは言えペースメーカーを入れたら全てが丸く治まるなんて思ってはいない。
きっとこれからもいろいろ不具合が出てくるし、薬が思ったように効果を発揮してくれないかもしれない。頻脈にもきっとなる。これらとどう折り合いをつけて行くのかはこれからだ。
今回の手術をしたことで1年先、5年先の私の生活が安定しているかどうかは、1年先、5年先にしかわからない。
でも「手術して良かった」そう思える日が来ることを期待している。
最後に。
私はどんな治療のときでも意識を失うのが怖い。
目が覚めなかったら?そう思う気持ちが強いのだ。
だから電気ショックを受けるときも、カテーテルアブレーションを受けるときも、カテーテル検査を全身麻酔で受けるときも、とにかくひとときでも眠ることがあるとひどくドキドキする。
「眠くなるお薬を入れますよ」
そう言われたとき願うのは
「ちゃんと目覚めますように」
それだけだ。
ぼんやりする視界の中で
「あー、これで終わったらどうしよう」
と毎回思うのだから、私って案外繊細なのかもしれない。
そして今回。
眠る前に思ったのは
「私死んだら夫めちゃくちゃ悲しむだろうなー。ちゃんとお葬式とかできるのかな」
だった。
そしてグッと意識が沈む前に
「どうか、ちゃんと目覚めますように」
そう強く思った。
結果は…こうしてnoteを書いてるくらいだもの、バッチリ目覚めたよ!
頑張ったよ私。
今回は自分で自分を褒めようと思う。
あと。
眠って処置や治療を受ける人みんなが、ちゃんと目覚めますように。
目覚めて大切な人たちと会えますように。