【特集】世界の今。新型コロナウイルスが変えた私たちの生活(3)——「アメリカ・ハワイ」の今
Photo:立ち入り禁止のテープが張られたワイキキビーチ(撮影:松本律子)
3月23日から外出禁止が発令されたハワイ。シャッターが下りたゴーストタウンのようなワイキキや人がいないビーチといったハワイの映像を、ニュースやSNSで目にした方もいるのではないでしょうか。基幹産業である観光業が実質的にストップしている中、ハワイの経済や人々の暮らしはどのように変わったのか、お伝えしたいと思います。
(※私は現在アメリカ合衆国オレゴン州在住ですが、1年半ほど前までハワイに約10年暮らしていました。現在もハワイ関連の仕事を行っており、ハワイに住む友人・知人も多いため、現地在住者ではありませんがこの記事を書かせていただくこととなりました)
誰もが想像していなかった、実質的な「観光業ストップ」
一年を通して常にイベントが開催されているハワイ。住民が「これは一大事だ」と実感したのは、3月初めの一大イベントであるホノルルフェスティバルの中止が決定したあたりから。
2月中旬までは日本からの旅行者数も例年とほぼ同じくらいでしたが、2月下旬には日本での自粛ムードを受けて次第に減少。卒業旅行シーズンにこれは痛い……と思っていたところに、メジャーイベントの中止が決まり、一気にピリピリムードが広がりました。
3月17日には、ハワイ州知事が「国内外問わず、ハワイ州への渡航を30日間控えること」を要請。実質の旅行・観光業の停止宣言に、衝撃が走りました。
3月20日には、レストラン、バー、カフェなど飲食店での店内サービスが全面禁止。テイクアウトやデリバリーのみ営業OKという状況に。
そして、ついに3月23日から外出禁止が発令されました(オアフ島のみ。ハワイ州全体の外出禁止令実施は3月25日から)。これにより、エッセンシャルワークと呼ばれる社会維持に必須な職種以外はオフィスへの出勤が禁止され、自宅勤務が義務づけられました。
デイケア(保育園)、私立・公立を問わず小学校から大学まで全てクローズ。学校によってはオンライン授業を行っているところもありますが、校舎への登校はできません。
Photo:市バスの電光掲示板には「Stay Home When Sick(体調が悪い時は自宅待機を)」「Wash Your Hands(手を洗おう)」の表示が(撮影:松本律子)
さらに続きます。
3月26日、ハワイ居住者・訪問者にかかわらず州外からハワイに入った場合、到着後14日間の自己隔離命令が出ました。そして3月30日からはハワイ諸島の各島間の移動にも、14日間の隔離命令が発令。
この原稿を執筆している4月12日時点では、完全なるロックダウン(都市閉鎖)はされていませんが、とはいえ観光施設や店舗は閉鎖・閉店し、ほとんどのホテルが休業中。さらに、到着から14日間は自己隔離が必須となれば、旅行者が遊びに来る状態ではありません。
4月に入り、ついに日本からの到着便は0便、日本経由での到着者人数も0人が記録されました。通常であれば1日の到着人数は5,000人前後で推移する時期です。これまでも、SARSやMERSといった伝染病、2001年のアメリカ同時多発テロ、2011年の東日本大震災といった困難が訪れるたび、観光業へのダメージを経験してきたハワイですが、日本からの到着者が0人になったのは今回が初めてです。
Photo:普段は旅行者で賑わうワイキキ中心地も、お店は閉店し、入り口やショーウインドウにバリケードが施されている(撮影:松本律子)
止まらない失業の波。労働人口の25%に
観光はハワイの基幹産業。多くの人が観光業に従事しています。また直接的には観光と無関係の業種でも、観光業が減収すればその影響を受けてしまいます。顧客の多くが観光業に従事しているため、顧客からの支払いが滞ったり案件数が激減するといった負の連鎖が起きるのです。
ハワイ州労働局によると、2020年3月の失業保険の申請数は約17万件で、これは州内の労働人口の約25%にあたると発表しました。失業申請はオンラインで行えるのですが、申請手続きのためのウェブサイトは連日アクセス過多によりパンク状態。そのため労働局では7名だった職員を45名に増員し、対応に当たっています。
ちなみに私はフリーランスのライター・編集者で、全仕事の7割ほどがハワイ関連案件なのですが、そのほとんどが減給、延期、キャンセルになっている状態です。また、既に終了した案件の支払いに関しても入金遅延の連絡が入っており、ハワイが受けている経済的ダメージをリアルに実感しています。
経済よりも人命を優先することに、住民の多くが賛同
もともとハワイは生活にかかるコストが非常に高く、住民の多くは「paycheck to paycheck」と呼ばれる給料ギリギリの生活をしている人ばかり。貯蓄はほとんどなく、職を失って収入がなくなれば、即、飢えてしまう人がたくさんいます。
そんな社会背景がありながらも、州知事が決断した「事実上の観光業ストップ」。さぞや住民は猛反対したことだろう…と思うでしょうか?
答えは、ノーです。この州知事の決断は、多くの住民から賛同されました。むしろ、もっと強行に旅行者の出入りを禁止して欲しいという声さえ上がるほどだったのです。
もちろん、多くの人が職を失い、経済基盤が崩壊する恐怖におののきました。しかし、この小さな島でひとたび感染が拡大すれば、もっと悲劇が待っている…そのほうが恐ろしいと考える人が大多数でした。ハワイでは医療設備も医療従事者の人数も限られているため、なんとしても早期に感染を食い止めることが重要だったのです。
ゴーストタウンのようにシャッターが下りるワイキキ。立入禁止のテープが張られたビーチ。それは、旅行者目線で見れば「変わり果てたハワイ」に映るかもしれませんが、ハワイに住む人々の「絶対に感染を広げない、そのために外出しない」という強い決意の表れでもあるのです。
Photo:散歩やジョギングであってもビーチエリアには立ち入り禁止。(撮影:松本律子)
外出禁止令で一変した人々の暮らし
ハワイで実施されている外出禁止令は、とても厳しいものです。許されている外出は、病院への通院、日用品や食料の買い出し、テイクアウトの食事を取りに行くこと、体調管理のための散歩やジョギング、犬の散歩です。
面白いのが、運動のためのサーフィンはOKという点。ただし6フィート(約1.8メートル)のソーシャルディスタンシングを保つことが必須で、サーフィン以外の休憩やアクティビティは禁止です。ビーチに寝転がったり座ったりするのは厳禁。あくまで運動のためのサーフィンをしたら、すぐさま海から出て帰宅しなければなりません。
「じゃあ家でなら会ってもいいのか」というと、そうでもありません。会っていいのは同居している人のみ。家族であっても、別の場所に暮らしている人とは会うことが禁じられています(ただし介護等が発生する場合は除外)。そのため、友達の家に遊びに行ったり、散歩やスーパーへの買い物も友達とは行くことができません。
これらのルールを破ると、罰金5,000ドルまたは1年の禁固刑、もしくはその両方が課せられます。街では警官がパトロールし、かなり厳しく取り締まりが行われています。法令が実施されてから約2週間後の4月6日の時点で、4,660の警告と353件の違反切符が発行されました。
知人から聞いた話だと、車で街を走行中に警官に止められ「どこに行くのか?」と聞かれたので、つい「友達の家に行く」と答えたところ、違反切符を切られた人もいたとか。まさに不要不急のほかは一切外出できない、厳しいルールです。
そんな住民の努力と、州政府・警察の本気が実って、ハワイでの感染拡大は食い止められていると言われています。4月11日の時点では、感染者数累計486人、うち死者8人、入院中が44人、回復し隔離解除された人が300人となっています。
ハワイならではの助け合いの精神「アロハの心」
外出できない、人と会えない。自然や人とのつながりを大切にするハワイの人々にとって、想像以上につらい状況です。しかし「家にいることが最大の人命救助」と捉え、ストレスに押しつぶされそうになりながらも、みんな必死で頑張っています。
そんな人々を勇気づけようと、ハワイのローカルアーティスト達はインターネットを通じてコンテンツを発信しています。その代表的な一人が、ウクレレ奏者のジェイク・シマブクロさん。
Facebookのライブ配信機能を使い、自宅から無料ウクレレライブを行いました。4月3日に配信されたライブの累計視聴数は16万2,000回を超えています。(ライブ配信の映像はアーカイブとして残されており、何度も見ることができます)
Photo:自宅からFacebookを通じてライブを行うジェイク・シマブクロさんの演奏に、多くの住民が勇気づけられた https://www.facebook.com/jakeshimabukuromusic/
また、雑誌「ホノルル・ファミリー・マガジン」では、「Chalk Your Walk(チョーク・ユア・ウォーク)コンテスト」を開催。子供たちが家の駐車場や道路にチョークで描いた絵を、FacebookやInstagramで見ることができます。
絵にはAlohaやHope、Pono(正しい行い)といったメッセージが添えられているものも多く、子供なりに新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐことの重要さと、助け合いの大切さを感じていることが伺え、胸が熱くなります。(チョーク・ユア・ウォークの写真はこちらから閲覧できます)
Photo:子供が道端に描いたメッセージに元気をもらう「チョーク・ユア・ウォーク」
ハワイを守るために行動を起こすローカル企業もたくさんあります。ハワイで人気の手作りクッキーブランド「ビッグアイランドキャンディーズ」は、COVID-19の影響を受けて一時休業中ですが、その間、宅配業者UPSの協力のもと、医療関係者や警察官、救急隊員など身を賭してコミュニティのために働く人々にお菓子のギフトを贈っています。
飲食業や生産業など、個人経営のローカルビジネスが多いハワイ。厳しい状況下で頑張っている小規模ビジネスを応援しようという動きも活発です。
ハワイの銀行「セントラル・パシフィック・バンク」では、提携レストランのテイクアウトメニューを購入してレシートを送ると、購入金額の50%を銀行が負担するという「Keep Hawaii Cooking(キープ・ハワイ・クッキング)」という活動を行っています。ローカルビジネスを応援したいけれど食費を抑えざるを得ない人が多い中、この活動は飲食業にとっても購入者にとっても大きなサポートになっています。
また、官民が協力して行っている活動もあります。ハワイ州と33のホテルによるプログラム「Hotels for Heroes(ホテルズ・フォー・ヒーローズ)」は、医療従事者がホテルに宿泊できるようサポートを行っています。
感染の危険にさらされている医療従事者は、家族への感染を避けるために自宅の庭やガレージにテントを張って生活する人も多く、そうした人々にゆっくり休めるようホテルの部屋を提供しています。また、協力したホテルには1泊あたり85ドルが州より支給されます。
ここに挙げたのは、ハワイでの互助活動のほんの一部。どのプログラムも「つらいのは自分だけじゃない。みんなで一緒に乗り越えよう!」という、ハワイの人々のポジティブで力強い思いにあふれています。他者を思いやり、感謝を忘れず、愛を伝える「アロハの精神」が根付くハワイの底力を感じます。
Photo:ハワイのお菓子メーカー、ビッグアイランドキャンディーズのギフトを受け取った医療従事者たち。こうしてアロハのバトンが渡されていく
観光の島ハワイには、それでもまだ旅行者が来る
先ほど、日本からの渡航者人数は0人を記録したとお伝えしましたが、これは毎日ではありません。日本発の航空便の本数は激減しましたがゼロではなく、便の到着がある日は50人前後がハワイ入りしています。とはいえハワイに住む日本人が多いことを考えると、何らかの事情で日本に一時帰国してハワイに戻ってきた方など、やむなくハワイ入りしている方がほとんどだと思います。
しかし、日本発の航空便に加えて米国および諸外国からハワイ入りする人は、1日あたり200人ほどいます。その中でハワイ住民ではない訪問者は、なんと1日130~150人もいるのです。
COVID-19の影響を受け、飛行機のチケット代が底値となっている今がチャンスとばかりに、片道切符でアメリカ本土からハワイに渡るホームレスが増え、問題となりました。これには州政府が素早く反応し、ハワイでの滞在先が決まっていない旅行者は空港の時点でチェックが入り、出発地に送り返されることとなりました。
一方、ハワイが完全にロックダウンしていないため、いまだに旅行目的でハワイ入りする人もいます。到着後14日間の自己隔離をせず自由に動き回る人も多く、住民から怒りの声が上がっています。州政府はこれを決して良しとしないものの、旅行者がしっかり14日間の自己隔離を行っているかを監視するコストは甚大で、なかなか具体的な対策に踏み切れていないのが現状です。
楽園ハワイをふたたび取り戻すために
COVID-19の感染拡大防止に対し、各国のニュースでは「これは自国だけの問題ではなく、地球全体の問題。国境を超えて感染防止に取り組まなければならない」というメッセージが伝えられています。その想いは、ハワイも同じ。住民が頑張ってハワイ諸島からウイルスを根絶したとしても、他の地域で感染が広がっていては意味がありません。
ハワイの友人・知人からよく聞く言葉は、「ハワイが好きな方、ハワイを心配するなら、どうか自分がいる場所で感染を広げないよう自宅待機をしてください」。
旅行者が行き交う元気なハワイを取り戻すためには、ハワイだけでなく世界からウイルスの驚異が消え去らなければなりません。自由に旅行をし、マスクなしで会話をし、遠慮なくハグができる生活が一日も早く戻るように…と願い、つらい状況をアロハの精神で乗り越えようと、一丸となって頑張っているハワイの人々の姿には、学ぶことが多いのではないでしょうか。
Photo:お菓子のギフトを持つ消防署員・救急隊員たち。嬉しそうな笑顔!
by パケトラライター マローン恵(アメリカ・オレゴン州在住)
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