
石神井と練馬のソウルフード
関西出身の会社の人間から「東京に名物なし」と聞かされたことがある。あれこれ思い浮かぶものはあるものの、第一次産業の割合が低く、全国や海外から集まった料理が、飲食店のお品書きを日々上書きする東京では、分かりやすい名物をあげることは難しそうだ。
高校生の頃、荒川区に住む友達の家に遊びに行き、駄菓子店で「もんじゃ焼き」を食べたことがある。本来「ソウルフード」とは、アメリカ南部でしか食べられない伝統料理のことを呼ぶらしい。ときに排他的な意味合いも含むようだが、地域で特別に親しまれている食べ物と定義すれば、これなどは荒川区のソウルフードと言って差支えないのではないか。

先日、西武池袋線・練馬駅の近くで、「ねりま漬物物産展」が二日間の日程で開催された。年に一度行われ、今年で第37回を迎えるそうだが、区内の漬物業者ご自慢の漬物が販売される。
会場は開く前から列をなしていた。丸々一本ぬか漬けした練馬大根は、ここで初めて見たが、今年は天候不良で不作だったらしい。「一人二本まで」と限定されたが、地元の味を楽しみにしていた。
2022年、「石神井公園ふるさと文化館」で「練馬といえば!大根ー練馬大根いまむかしー」という企画展が開かれた。実に「練馬といえば大根」なのだ。
練馬区の公式ホームページによると、栽培は江戸時代からすでに盛んであった。練馬大根は広義では練馬地方で作り始めた大根を指すが、純粋な練馬大根には、たくあん漬け専用の「練馬尻細大根」と、生売用の「秋づまり大根」の二品種があるという。ネーミングにも何だか味がある。
他に多くの練馬大根が品種改良で作られたが、昭和に入ってからは、干ばつや病気、食生活の洋風化や農地の減少で、練馬大根は衰退していく。今の練馬の主要生産物といえば、都内一位の収穫というキャベツである。最近、そのキャベツが高騰しているのは報道で知られているところだ。こちらも夏の天候不順が原因とのことで、農家の方を取り巻く環境は厳しい。

練馬の子どもなら一度は食べたことがあろう給食メニューに「練馬スパゲティ」なるものがあることは知っているだろうか。2015年の区のプレスリリースらしき資料には、「練馬の子どもたちに練馬大根を伝承するために、食べやすい形で提供したいという思いから、約二十五年前に学校給食に登場した」と載っていた。始まりは1990年代からということになろうかと思う。
今の練馬区は高い建物と広い道路建設には熱心だが、「食育」の観点から見ると、実に素敵な思いつきだ。
先日、石神井公園の南口にある「エビスバー」に、その練馬スパゲティが登場した。チェーンの飲食店に、地元オリジナルの料理が用意されたことに、まず軽い驚きがあった。
商品説明によると、練馬産野菜が使われているとのこと。表の手書きの看板には「練馬区民の方なら一度は食べたことのあるあの味をエビスバー風にアレンジしました」と書かれている。
練馬スパゲティとは、大根とツナを使用した和風のパスタなのだが、キノコを入れるところもあるらしい。エビスバーで出されているのは「練馬産大根とツナのソース カラスミ香る和風パスタ」であった。なんとカラスミか。
今まで家で作ってみた練馬スパゲティとは違うけれど、濃厚で純粋に料理として美味しい。おかげでビールがすすんだが、そもそも給食のために開発されたものだからにして、複雑な気分ではある。

「練馬といえば大根」ということばには、二十三区の中では練馬区は新参者で、垢抜けない印象をかぶせたところ、またそれを逆手に取ったところもあるかもしれない。いずれにせよ、練馬大根メニューがビアバーの逸品に登場するとは、お江戸の人には想像もつかなかっただろう。
実際に給食調理を担当されている会社が「練馬パスタ」という商品を販売している。ご興味があれば、お試しください。
