僕が畑違いのシナリオライターになった理由
「仕事は何をしてるんですか?」
「えっと…小説とか…シナリオとかいろいろ書いたり…。」
そう答えると、この田舎町で帰って来る反応は「ええ、すごい!」がほとんどだ。
役所に出す書類の職業欄に何と書けばいいか分からず、「作家」と書いた。するとそれを見た職員さんが「作家さんなんですか?すご~い!」となる。
僕自身は、すごいことは一切やっていない。謙遜でも謙遜風マウントでもなんでもなく、本当にそう思う。なんなら、「仕事で小説を書いてます」と言うのは、僕にはものすごく恥ずかしい。
もちろん、「小説家」や「シナリオライター」を生業として生きている人たちのことは心の底から尊敬するし、「凄い生き方と才能だな~」と思う。
好きな漫画やアニメの神展開を見ると、「こんな素晴らしいシナリオ書けるってどんな頭してんだよ神かよ!」と思う。
じゃあ、なんで恥ずかしいと思うのか。
たぶんそれは、一般の人(僕含め)が思う「小説家」「シナリオライター」の人物像と、「小説やシナリオを書いて生活している自分」のイメージがあまりにもかけ離れているからだと思う。
誤解を恐れずに言うと、僕はシナリオライターになりたくてなったわけではない。
今年の3月に10年間務めた会社を辞め、13年間生きてきた業界を離れたわけだけど、「一念発起して夢だったシナリオライターとして生きていくぞ~!」みたいな前向きな独立でもなかった。
僕がシナリオライターになったのは、平たく言うと「やってみたら意外とできたから」である。もっと言うと、会社を辞めて最低限食べていけるだけの収入を得られるのであれば、仕事がシナリオライターである必要はなかった。
会社を辞める2年ほど前、僕はその会社を辞めたくて仕方がなかった。小さい頃からの夢を追いかけて入った業界だったが、そこでずっと生きていく覚悟は、僕にはなかった。
会社を辞める2年ほど前、僕はその会社を辞めたくて仕方がなかった。小さい頃からの夢を追いかけて入った業界だったが、そこでずっと生きていく覚悟は、僕にはなかった。
でも、その時には妻も小さな子どももいたし、手に職もない。
「仕事辞めるわ!何とかするから俺について来い!」
みたいなことを言える性格でも状況でもないし、何とか自力で収入を得られるようにならないとな…と思ってこっそり始めたのが、シナリオライターの副業だった。
「副業」で検索して、いろいろなことを調べた。勤めていた会社は副業NGだったので、人前に出る仕事はできない。モノを売って利益を得る副業も少しやってみたけど、在庫を家に置いておいたり、発送の手続きをしたりするのが面倒ですぐに続かなくなった。
「会社で書類作ったりするの得意な方だし、そういうの代行する副業とかないかな…。」と考えてたどり着いたのが、シェアリングエコノミーサービスだった。
「とりあえずやってみるか~」的なノリで登録して、まずは仕事を探した。実績も経験もない人間に依頼をしてくれるモノ好きはおらず、「誰でもいいから文書作成を格安でやって~」的なお仕事紹介スペースで仕事を探す。そして、報酬の低さに愕然とした。
【報酬:1文字0.1円】
つまり、一生懸命頭を使いながら依頼通り2000字の文章を書いたとして、報酬は200円ぽっち。さらに仲介料を取られるので、手取りは150円くらいになる。
う~ん、無理!
「まぁそんなに甘くないか…でも、文章書く以外にできそうなことないしな…。」
と落ち込みながら、僕はお仕事紹介スペースを見ていた。そこで目に留まったのが、「100字以内の物語を10本書いてください」というものだった。
報酬は合計1000字で3000円。文字単価にすると1文字3円である。
物語を書く仕事がある…というのは、考えたこともなかった。漫画やアニメは好きだけど、シナリオや脚本がどうこうという見方はしたことがなかったし、小説を読んだのは小学校の夏休みの強制読書感想文用のそれだけだ。しかも、それさえ読み進めるのが苦痛だった。
だけど、100字以内の物語なら、なんとなく書けそうな気がした。ストーリーの流れとかキャラクターとか心理描写とか、そんな複雑そうなものを考えないで良さそうだし。
そう安易に考えた僕は、「大体こんな感じかな~」とちゃちゃっと書いた100字の処女作をサンプルとして添えて、その仕事に応募した。
驚くことに、採用通知が届いた。とても驚いたが、とても嬉しかった。
その後は依頼内容に沿って10作の物語を作成し、納品。あんまり覚えていないが、2~3時間くらいはかかったと思う。そして無事に契約を完了し、手数料を引いた2000円少しの報酬を手に入れた。
「こんな感じなら意外といけるんじゃね!?小説書けちゃうんじゃね!?」
そう安易に思った僕は、お仕事紹介のページの絞り込み検索を「文書作成」から「小説執筆」にしてみた。すると、文書作成よりも単価のいい仕事がいくつもあることに気付いた。そして、その中のいくつかに売り込みをかけ、いくつかの仕事を受注した。
すると少しずつ、依頼主側から「こんな小説を書いてもらえませんか?」「漫画の原作プロットを書いてもらうことは可能ですか?」などと声がかかるようになってきた。
中には、ありがたいことにリピーターになってくれる依頼主さんもいた。これはめちゃくちゃ嬉しかった。
そうこうしているうちに、仕事をしながら副業で5万円くらい稼げる月も出てきた。そしてその頃になると、「これを本業にしても、何とか食べていけるくらいは稼げるかも…。」と思えるようになっていた。
こうして僕は、思い切って仕事を辞め、シナリオライターとして独立することにした。
子どもの頃はおろか、3年前にはまさか自分がこんな仕事をするとは思わなかった。自分自身が一番驚いているかもしれない。
ちなみに僕は、「こんな物語を書きたい!」みたいな創作意欲がゼロから湧き上がることは一切ない。
だから、趣味や意欲で創作活動をしているクリエイターさんたちのことは、本当に尊敬している。尊敬しているからこそ、「小説家」や「シナリオライター」と一緒くたにされることが、申し訳なくて仕方がない。
たぶんそれが、「僕は小説家です」と堂々と言えない気持ちの正体なんだと思う。
でも、だからこそ僕は、色々な種類の依頼に応えることができているのだろうな、とも思うし、それでもいいか、と考えている。そして何より、「頭の中にアイディアがたくさんあるんだけどまとまらない!」というクリエイターさんから仕事の依頼を受けると、「絶対にいい物語にまとめてやる!」と気合が入る。
そして、一緒に物語を作り上げているような気になり、とっても楽しい。
もちろん、裕福に暮せるだけの収入を安定して得ているわけでは決してない。それでも、生活費を抑えられる田舎への移住が功を奏して、毎日そこそこ忙しくも、精神的に豊かな生活を送ることができている。
子ども相手にイライラすることも減った(なくなりはしない)し、会社の人間関係に胃を傷めることもなくなった。代わりに、ずっと座り仕事だから運動不足で太ったけど。
喫茶店の窓から空を見上げると、怖いくらい大きな入道雲が、風に流されていく。今日は風が強い。
外は暑そうだけど、そう言えばまだ蝉は鳴いていない。梅雨明けが早すぎて、まだ羽化していないんだろうか。
移住してきて、すっかり釣りにハマってしまった。下手くそだけど、近いうちにまた行きたいな。下手くそだけど。
そんなことを考えながら、僕は今日も締め切りに追われている。
人生、何がどうなるか本当に分からない。だけど、こんな生き方もあっていいんじゃないかな、と思う。
ここまで読んでもらえたことが、なによりうれしいです!スキをぽちっとしていただくと、30代の男が画面のむこうでニヤニヤします。