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二段燃焼? エキスパンダ? ロケットエンジンサイクルの特徴をまとめました!
今回は液体燃料ロケットのエンジンサイクルに関する記事です。
ロケットエンジンを勉強していると、「二段燃焼サイクル」や「エキスパンダブリードサイクル」といった言葉を目にします。二段燃焼サイクルは高効率だとか、エキスパンダブリードサイクルは信頼性が高いなどと書かれていることが多いのですが、それらの真相に迫っていきたいと思います。
エンジンサイクルの種類
下記の図はエンジンサイクルの分類図です。
・二段燃焼サイクル
・ガスジェネレータサイクル
・フルエキスパンダーサイクル
・エキスパンダーブリードサイクル
の4象限に分かれています。さらに、最近はタップオフサイクル(Blue Origin, BE-3)や電動ポンプサイクル(Rocket Lab, Rutherford)なども実用化されており、それらも別記事で解説したいと思います。
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ロケットエンジンサイクルとは?
そもそも、ロケットエンジンサイクルとはなんでしょうか?
私は、エンジンサイクルの本質は「どのようにタービンを駆動するか」であると考えます。具体的にいうと、次の2点です。
①タービン駆動ガスは?
「副燃焼器の燃焼ガス or 再生冷却出口のホットガス」
②タービン駆動ガスの処理方法は?
「燃焼させずに廃棄 (Open) or 主燃焼器で再燃焼 (Closed)」
タービン駆動ガスに燃焼ガスを用いるのがGGサイクルや二段燃焼サイクルで、再生冷却流路での熱交換によるホットガスを用いるのがエキスパンダブリードやフルエキスパンダサイクルです。一方、タービン駆動後のガスを廃棄するオープンサイクルはGGサイクルとエキスパンダブリードサイクルが該当し、燃焼室で再燃焼させるクローズドサイクルは二段燃焼サイクルとフルエキスパンダサイクルです。
【補足】
基本的にロケットエンジンには推進薬(燃料,酸化剤)を昇圧するポンプが搭載されています。ポンプは、タンクからの推進薬を吸い込むインデューサと大きな揚程を発生させるインペラで構成されています。これらはシャフト(軸)で繋がれており、高速で回転させることで性能を発揮します。当然、回転力を得るにはエネルギーが必要ですので、高温ガスの持つエネルギーから運動エネルギーを取り出すガスタービンがついています。このタービンとポンプが一体となったコンポーネントがターボポンプです。
ちなみに、このタービンをバッテリとモータで置き換えたのが電動ポンプサイクルです。
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出典:IHI技報,Vol.57 No.3, H3ロケット一段エンジンLE-9ターボポンプの開発
①ガスジェネレータサイクル ~エンジンサイクルきほんのき~
タービン駆動ガスの生成方法:副燃焼器の燃焼ガス
タービン駆動ガスの処理方法:燃焼させずに廃棄(Open)
ガスジェネレータサイクルは、ガスジェネレータ(ガス発生器, GG)と呼ばれる副燃焼器の燃焼ガスでタービンを駆動する方法です。
下記の図はGGサイクルの簡易的な系統図です。 燃料および酸化剤はポンプ出口後、バルブにて2つの流路に別れています。メインの流路では、燃料は再生冷却を通って主燃焼器へ噴射し、酸化剤は直接主燃焼器へ噴射します。
一方、一部の推進薬はバイパスしてガスジェネレータに送り込まれています。このガスジェネレータの燃焼ガスはタービン駆動に利用されています。タービン駆動後のガスはエンジン外部に捨てたり、ノズルスカートの冷却のために、ノズル低圧領域に廃棄したりします。この廃棄分は、直接的に推力発生に寄与しないため、比推力の低下に繋がります。
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タービン駆動ガスの温度、つまりGGの燃焼ガス温度は一般に1000K以下とされます。これは金属コンポーネントであるタービンやガスジェネレータの焼損・溶融を防ぐためです。NASDA報告書TR-15によると、LE-5のガス発生器の燃焼ガス温度は890 Kであり、さらにGGはフィルム冷却をおこなっています。燃焼ガス温度を下げるには、混合比を量論混合比から大きく外し、燃料リッチで燃焼させる必要があります。
GGサイクルのメリット
①開発が比較的容易
後述する二段燃焼サイクルより開発難易度が低いため、開発期間の短縮や低コスト化が可能です。開発が容易な理由としては、サブシステム間の影響が比較的小さいこと(GGとメイン燃焼器が独立)、ポンプ吐出圧が比較的低圧であることが挙げられます。ホリエモンロケットで有名なIST社のZEROもガスジェネレータサイクルを採用しています。
GGサイクルのデメリット
①比推力が小さい
タービン駆動ガスの推力への寄与が小さく、二段燃焼サイクルに比べて比推力が小さくなります.
②高圧燃焼に限界がある
燃焼圧力を高めるためには、ポンプ吐出圧を大きくする、つまりタービン駆動力を大きくする必要があります。そうなると、オープンサイクルでは廃棄する推進薬が増加するため、GGサイクルにおける主燃焼室圧力は10~15MPa程度が限界とされています。原理的には高圧燃焼が可能ですが、GGへのブリード比が大きくなり性能が悪化するということです。そのため、高圧燃焼を指向するには、必然的に二段燃焼サイクルとなる訳です。
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主燃焼室圧力とポンプ吐出圧力の関係
② 二段燃焼サイクル ~タービン駆動ガスを主燃焼器へトッピング~
タービン駆動ガスの生成方法:副燃焼器の燃焼ガス
タービン駆動ガスの処理方法:主燃焼室で再燃焼(Closed)
GGサイクルでは、タービン駆動ガスを廃棄するため比推力が低下する、燃焼圧力に限界があるという問題がありました。そこで、タービン駆動後のガスを主燃焼器へ送り込み、再燃焼させるのが二段燃焼サイクル(Staged Combustion Cycle, SCサイクル)です。タービン駆動ガスを廃棄しないので、理想的には燃料(または酸化剤)の全量をタービン駆動に利用することができます。
GGサイクル同様、タービンの熱的制限から副燃焼器は燃料リッチまたは酸化剤リッチで燃焼させます。燃料が水素の場合、水素は比熱が大きくタービン駆動に有利なため、燃料リッチ燃焼が採用されます。一方、ケロシンやメタンのような炭化水素系の燃料の場合、酸化剤リッチ燃焼を採用することもあります。これらは燃焼ガスの物性や煤の発生状況、開発難易度等を考慮して決定します。酸素リッチ燃焼は耐酸素材料の開発が必須であり、技術的なハードルは高くなります。ソ連は米国に先んじて酸化剤リッチ燃焼の技術を有していましたが、近年では、米国のSpaceXやBlue Originも酸素リッチ燃焼を含むエンジン開発に成功しています。
さらに、燃料リッチ燃焼と酸化剤リッチ燃焼の両方を利用するフルフローサイクルというものもあります。
燃料リッチ二段燃焼サイクルの概略を下記に示します。燃料はポンプ吐出後、再生冷却を経てプリバーナに供給されています。酸化剤はポンプで昇圧されたのち、大半は主燃焼器に噴射されますが、一部はスプリットポンプでさらに昇圧し、プリバーナに供給します。プリバーナで燃料リッチの燃焼ガスを生成し、タービンを駆動した後、主燃焼室へ送り込まれます。主燃焼室では、タービン駆動後の燃料リッチガスと残りの酸化剤を燃焼させます。
二段燃焼サイクルでは、副燃焼器のことをプリバーナ、予燃焼器、ガスジェネレータなどと呼びます。また、クローズドサイクルのことをトッピングサイクルということもあります。
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このクローズドサイクルで重要なことは、ポンプ以外では作動流体は高圧部から低圧部へ流れるということです。つまり、主燃焼器へガスを送り込むために、その上流であるタービンやプリバーナは主燃焼室圧力より高圧である必要があり、これはGGサイクルのようなオープンサイクルと大きく異なる点です。視点を変えれば、タービン駆動力を大きくする場合、オープンサイクルでタービン流量を増やせば解決ですが、二段燃焼サイクルでは、タービン流量はほぼ固定されるため、タービン圧力比が主なパラメータとなります。ただし、燃焼圧力を一定のままタービン圧力比を大きくするにはポンプ吐出圧を上げる必要があり、より大きなタービン動力が必要という"いたちごっこ"に陥る可能性があります。そうなれば、主燃焼室圧力を下げざるを得ません。
二段燃焼サイクルのメリット
①比推力が高い
Openサイクルのような廃棄する推進薬がないため、本質的に高効率なエンジンサイクルです。オープンサイクルでは、燃焼圧力10~15MPaが限界でしたが、二段燃焼サイクルではこのような制約がなく、高圧燃焼を実現できます。
二段燃焼サイクルのデメリット
①開発難易度が高い
クローズドサイクルなので、メインチャンバ、タービン、プリバーナ、ポンプ出口の順に上流側が高圧になります。また、各サブシステムが互いに影響し合うため、開発手戻りのリスクも甚大です。
②エンジンの起動が難しい
開発が難しい二段燃焼サイクルですが、特に起動シーケンスが難しいとされています。主燃焼室の立ち上がりとタービン背圧が直結しているため、副燃焼器と主燃焼器の着火タイミングやバルブを適切に制御する必要があります。LE-7エンジンの始動では、主燃焼室の着火後、プリバーナを着火させてエンジンパワーを上げるというシーケンスをとっています。始動の失敗例として、主燃焼室の着火時に圧力が急上昇することで液体水素ポンプがストール→プリバーナの混合比が上がり金属が焼損するといったものがあります。
③エキスパンダブリードサイクル ~GGを排除したシンプルなシステム~
前述のGGサイクル、SCサイクルはどちらも副燃焼器の燃焼ガスでタービンを駆動していました。エキスパンダー系のサイクルは、副燃焼器の燃焼ガスではなく、再生冷却でガス化(超臨界化)した燃料でタービンを駆動します。
現時点では、比熱が大きくタービン駆動力を確保しやすい水素のみが実用化されています。エキスパンダブリードサイクルはオープンサイクルですので、タービン駆動後のガスは再燃焼させずに廃棄します。オープンエキスパンダサイクルやクーラントブリードサイクルとも呼ばれます。
下記の図は、エキスパンダブリードサイクルの系統図です。燃料は再生冷却流路を通ってガス化(超臨界化)したあと、一部をブリードしてタービン駆動ガスとして利用します。タービン駆動ガスはGGサイクル同様に廃棄します。酸化剤は、副燃焼器がないため、全て燃焼器に噴射されます。この図では燃料の全量で再生冷却をおこなっていますが、実際はタービン入口温度を上げるために、一部をバイパスさせてミキサーで合流するという流れになっています。また、吸熱量を確保する方法として、燃焼室を長尺化させたり、再生冷却流路にフィンを設けて熱交換面積を増やすといった方法が考えられます。
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エキスパンダブリードサイクルは日本が世界で初めて実用化したしたサイクルです。H1ロケットの上段エンジンLE-5はガスジェネレータサイクルでしたが、H2ロケットの上段エンジンLE-5Aはエキスパンダブリードサイクルを採用しています。これにより、ガスジェネレータやその点火器系の配管、バルブが不要となり、約10kgの重量軽減が可能になったようです。(三菱重工技報 Vol.27 No.6)
また、LE-5Aは燃焼室とノズルの再生冷却で吸熱するノズルエキスパンダですが、LE-5Bでは、再生冷却流路を管構造から溝構造に変更し、燃焼室のみで吸熱するチャンバエキスパンダ方式となっています。これにより、地上で剥離する高膨張ノズルを外した状態での地上試験が可能になっています。
エキスパンダブリードサイクルのメリット
①部品点数を削減できる
GG関連のコンポーネントが不要になり、部品点数が少なくなることで、高信頼化、低コスト化、始動シーケンスの簡易化が期待できます。GGサイクルやSCサイクルは、エンジン始動時に副燃焼器と主燃焼器の着火タイミングを複雑に制御する必要がありますが、エキスパンダブリードは燃焼室の立ち上がり(温度上昇)とタービンの立ち上がりが連動しているため、自律的な始動が可能となります。実はGGサイクルのLE-5エンジンも、起動時はエキスパンダブリードサイクルを採用しています。
②タービンの熱負荷が小さい
GGサイクルやSCサイクルでは、副燃焼器の混合比制御によりタービン駆動ガス温度を抑えています。一方、エキスパンダ系サイクルは再生冷却の吸熱を利用するため、タービン入口温度が致命的な高温になることはなく、本質的に安全なシステムとなります。
エキスパンダブリードサイクルのデメリット
①大推力化が難しい
エキスパンダ系サイクルは、タービン入口温度を高くすることが難しく、
大推力化が困難です。基本的には上段エンジンに用いられますが、H3ロケットでは大推力なエキスパンダブリードサイクルのLE-9エンジンを開発し、1段目エンジンに適用しています。
④フルエキスパンダサイクル
フルエキスパンダサイクルは、クローズドエキスパンダサイクルです。エキスパンダサイクルの系統図を下記に示します。再生冷却後の燃料でタービンを駆動するという点はエキスパンダーブリードと同じです。ただし、クローズドサイクルなので、燃料の全量をタービン駆動ガスに利用することができます。タービン駆動後のガスは二段燃焼サイクルと同様に、主燃焼室で燃焼させます。
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クローズドサイクルなので原理的にはエキスパンダブリードサイクルより高効率化を目指すことができます。しかし、燃料全量を再生冷却に使うことでタービン入口温度が低くなる、再生冷却圧損やタービン圧力比が主燃焼室圧力に直結するといった事由で燃焼圧力を高めにくいという難しさがあります。フルエキスパンダサイクルが日本で開発された例はありませんが、米国Pratt & WhitneyのRL-10が有名です。
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おまけ①タップオフサイクル
タップオフサイクルとは、主燃焼室の燃焼ガスを一部取り出し、タービン駆動に用いるというエンジンサイクルです。通常、主燃焼室の燃焼温度は2500K以上であるため、噴射器端の比較的低温のガスを取り出す必要があります。タービン入口圧力が主燃焼室圧力を超えることはないため、必然的にオープンサイクルとなります。
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タップオフサイクルは、1970年ごろに米国のJ-2Sエンジンで燃焼試験が実施されましたが、当時は実運用に至りませんでした。しかし、Blue Originのサブオービタルロケットに搭載されているBE-3エンジンはタップオフサイクルを採用していると言われています。
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https://www.blueorigin.com/ja-JP/engines/be-3
おまけ②電動ポンプサイクル
これまで紹介したエンジンサイクルは、ガスタービンを駆動するという点で共通しています。このガスタービンを電気で動くモータに置き換えたのが電動ポンプサイクルです。そのため、副燃焼器やタービンといった高温コンポーネントが不要であり、代わりにモータとバッテリ、モータ制御用のインバータが必要になります。モータには高効率な永久磁石同期モータが適しています。電動ポンプサイクルは、部品点数が少ない、起動しやすいといったメリットがありますが、バッテリやモータの重量が大きく大型化が難しいといった課題もあります。
米国Rocket Lab社の Rutherfordエンジンは、世界で初めて電動ポンプサイクルを実用化しています。推力はおよそ2tonです。
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まとめ
ロケットエンジンサイクルは、タービン駆動ガスの生成方法や利用形態により様々な方式が考案されています。それぞれメリット・デメリットがあり、推進薬の種類やエンジンの推力、開発難易度等を考慮して適切なエンジンサイクルを選定する必要があり、非常に奥が深い世界ですね。
ご意見・ご質問等ございましたら、お気軽にメッセージいただけますと幸いです。