ナツノキセキ#15
翌日、祖父の家へ業者がやってきた。いままで見慣れた家具が次々と運びだされる。
祖父の家から思い出がなくなっていく。そう思うと何とも言えない気持ちがこみあげてきたのだった。
業者に引き渡しのサインを終えると玄関の前に「売物件」の立て看板が立てられた。
その無機質な看板が残酷な現実をつきつけてくる。現実はそんなに甘くはない。
そうすると業者は荷物を積み込みトラックで走り去っていった。
僕はゆっくりと島の景色を見ながら海沿いの道を歩く。もうしばらく見ることはないかもしれない。
この夏は本当にいろいろなことがあった。その一つ一つの思い出をこの海はみていたのだろうか。
僕と優花のことも。
喫茶店に向かう前に僕は商店のおばさんに挨拶することにした。
「おばさん、こんにちは」
「あら冬弥ちゃん、いらっしゃい」
「おばさん、ありがとうございました今日でこの島を離れることになります
いろいろと気にかけてくださって本当に助かりました」
「あら気にしなくていいのよ冬弥ちゃん、また寂しくなるわねぇ
体調には気を付けて元気でやっていくんだよ」
「それと優花のことも」
「冬弥ちゃん・・・?どうしたの?」
「すいませんでした。全部思い出したんです」
「優花ちゃんのこと?」
「はい」
その瞬間おばさんは僕の顔を見つめて泣き始めた。
「ごめんなさい冬弥ちゃん。本当にごめんなさい。私冬弥ちゃんに嘘ついてた
別に騙すつもりじゃなかったのよ。これはあなたを心配してのことだったの」
「大丈夫です、おばさん。僕もそれはわかっているつもりです。
しかし詳細は僕もまだ思い出せません。なぜこのようなことになってしまったのか。
だからこれからマスターのところへ話を聞きにいこうと思います」
「そこまで思い出したのね。うん、マスターなら全てを知っているわ。きっと
冬弥ちゃんが受けとめるにはつらいことがあるかもしれないけど今がそのタイミングなのねきっと」
「はい、本当にお世話になりました。おばさんもお元気で
あっそうだ。おばさんラムネは今日もありますか?」
「あるわよ。きっと優花ちゃんの分なのね。わかったわお詫びも込めてもっていってちょうだい」
そういうとおばさんはラムネを2本差し出してくれた。
「本当にありがとうございます。おばさんもお元気で」
そう別れを告げると再び僕は喫茶店へとむけて歩き出した。
まもなく喫茶店へと到着する。近づいていく僕は不安な気持ちを隠し切れなかった。
どんな結末であろうと僕から優花を奪った理由は知る必要がある。
きっとマスターも僕を思ってそうしたはずだ。きっとそうに違いない。
そんなことを考えながら僕は喫茶店の扉を開いた
― カランカラン
喫茶店へと入ると客は他に誰もいない。掃除をしていたマスターがこちらを振り向いた。
「おや、冬弥君。こんにちは」
そういうとマスターはカウンターの中に戻り僕をもてなしてくれた。
「今日祖父の家の引き渡しが終わったので島を離れることになりました。だから挨拶にきました」
「そうでしたか。それはご苦労様でした。最後に挨拶に来ていただけるなんて光栄です」
そういうとマスターは軽く会釈をした。マスターは僕にアイスコーヒーを出してくれた。
「冬弥くんの門出にエールを送らせてください。私の奢りですよ」
そう微笑むマスターに僕も微笑み返しアイスコーヒーを一口飲んだ。
苦い。相変わらず苦い。
そう一息つくと僕はマスターに切りだした。
「マスター。どうしても島を出る前に聞きたいことがあってきました。」
「はい。どんなことですか」
「優花さんのことなんですが」
「ああ、そのことですが。残念ながら私も知らないですね」
「マスターすいません。僕思い出したんです優花のこと」
「優花のことですか・・・?」
「どうしても知りたいのです。なぜこんなことになってしまったのか」
「そうですか・・・思い出してしまったのですね」
「はい」
「まずは冬弥君。私は君に謝らなければいけません。まずは嘘をついてしまったお詫びをさせてください」
そうマスターが話すとこの物語の真相を語り始めた。
「もうお気づきかと思いますが優花は私の娘でした。あなたとはすごく仲良くしていただいて
あなたが島にきていた夏休みの間は本当に楽しそうだったのです。本当にありがたかった。
私は本土で喫茶店を営んでいましたが人間関係に疲れ、妻と離婚してこの島に移住しようと決めたのです。
そんな私に優花はついていきたいといってくれた。しかしこの島は見てのとおり豊富な自然はありますが
同じような年代の子供はほとんどいません。だからいつも優花に寂しい思いをさせていると自責の念がありました。
そんなときにおじい様があなたをここに連れてきてくれた。本当に感謝してもしきれないぐらい嬉しかったのです。
私は父親をなることはできても友達になることはできないのですから。そして楽しく過ごす日々が続いたあの日
優花は体調を崩しました。島のお医者様からは本土で詳しい検査をした方がいいといわれていた矢先でしたから
正直私も気が動転していました。あの日あなたのおじい様が船を出すといってくださって本土へお医者様を迎えに
いきました。そして帰ってくると優花の手を握り締めたまま眠ったあなたと息絶えた優花がいた。私は心の底から
自分を責めました。どうしてこの場に君を残していってしまったのか。本当に、本当に」
「いえマスターのせいではありません僕が守れなかったのが悪いんです」
「いえいえ君は何も悪くありません。仮にあの場に私がいたとしても何もできなかったでしょう。天命とはそういうものなのです。
むしろあなたはきっと苦しかったであろう優花の手をずっと握り締めてくれていた。きっと優花は寂しくなかった、今ではそう思えるのです
だからあなたには本当に感謝しなければならない。娘を思っていただきありがとうございました」
「・・・」
何も言えない僕を尻目にマスターはさらに続けた。
「ではここからはなぜあなたにこのことを隠さねばならなかったか、お話します。
優花の死を目前にあなたは自分を責め続けていました。そしてその後からまるで
感情のない人形のようになってしまわれたのですよ。心配したおじい様が本土の病院へと
あなたを連れて行きました。そこで重度のPDSTと診断されたのです」
「PDST・・・ですか?」
「はい。PDSTとは心的外傷後ストレス障害という病で、あなたは優花の死をきっかけに発症してしまいました
そして何日も人形のような状態が続いたある日、あなたが本来の自分を取り戻した時にはそこに優花の姿はありませんでした。
そう、幼いあなたは優花に関するすべての封印してしまったのです。自分を守る防衛本能による重度の記憶障害ということで
優花を連想させるようなことをしないようにとお医者様も強くおっしゃいました。
何かをきっかけに優花のことを思い出してしまえばまたあのときの抜け殻のようなあなたになってしまうかもしれない。
私とおじい様はそう考えたのです。そしておじい様と相談してあなたをこの島から遠ざけたのです。
あれ以来この島に訪れることはなかったはずでした。しかしあなたは再びこの島を訪れた。
そしてあなたは私に優花の話を持ち掛けた。私はとても怖かったのです。またあなたに辛い思いをさせてしまうと思って。
しかし、なぜ今優花のことを思い出したのか私に教えてもらえませんか?」
僕はこの数日間、優花と過ごした話をマスターに伝えた。
「そうですか。それは不思議な話ですね。きっと優花もあなたのことを心配していたのですね。
本当にあなたのことを大切に思っていましたから忘れて欲しくなかったのでしょう。
私は大事な娘の一番の思いですら叶えてあげることができていなかった。ただこの話をあなたにするのは
本当に賭けのようなものでした。またあなたが人形のようになったらそれこそ優花に顔向けができません。
冬弥君本当に申し訳ありませんでした」
そういうとマスターは涙を浮かべながら深々とお辞儀をした。
「いやいやマスター謝らないでください。僕を守ってくれようとしていてくれたこと今のマスターの話を
聞いてすごく伝わってきました。むしろ僕はマスターに謝らなければいけません。きっとマスターは
僕よりも優花が死んで悲しんだはずです。僕が自分の殻に閉じこもったせいでいろんな人を傷つけてしまった
本当に申し訳ありませんでした」
「冬弥君・・・あなたもずいぶん成長したのですね」
そんなマスターの声は震えていた。
「マスターひとつわがままをいってもいいですか?優花のお墓に手を合わせたいのですが案内していただけませんか?」
「はい。もちろんです。きっと優花も喜んでくれる。冬弥君、あなたは覚えていないと思いますが
今日が優花の命日なのです。こんな運命もあるのですね。
私もこのような日が来るのを心のどこかで期待していたのかもしれません」
「そうだったんですね。きっと優花は寂しくて僕を呼びに来たんですね」
僕はそういうとマスターはふふっと微笑みいそいそと準備を始めた。喫茶店のドアにはcloseの札がかけられた。
マスターに案内された先は島の反対側の海が見える場所。潮風が心地よい不思議な空間であった。
そんな墓地の片隅に優花の眠る場所を見つけた。
「優花は海が好きでしたからね。この海の見える場所を選びました」
マスターがそう言うと優花の墓にお花を添えて語りだした。
「優花、待たせてごめんな。ようやく冬弥君を連れてくることができたよ。いままで寂しい思い出をさせたね」
そういうとマスターは優しく微笑んでいた。
僕も優花の墓に手をあわせた。
「遅くなってごめんね。思い出すまで6年もかかってしまった。今日は優花の大好物をもってきたよ」
そういうと僕はカバンからラムネを取り出した。一本はラムネの栓を抜き墓前に供える、もう一本はそのまま一気に僕は飲み干した。
「はは・・・このシュワシュワがうまいんだよな」
そういうと胸が熱くなり泣きそうになった。
するとマスターが
「実は冬弥君に渡さなければならないものがあります」
といい1通の手紙を差し出した。
「これは・・・?」
「優花の部屋からでてきたものです。おそらく体調を崩していた時に君にむけて書かれたものの様です。
裏に”冬弥くんへ”と書かれているでしょう?私も中身は何が書いてあるかわかりませんがいつかあなたに
お渡しできる日が来るかもしれないと思い保管させていただいておりました」
「優花から僕にですか・・・?わかりました受け取らせていただきます」
そういうと僕は手紙をカバンにしまい優花の眠る場所へ向かい
「大丈夫だよ。絶対また来年くるからね」
そう言い終わると僕はマスターと一緒に喫茶店へと戻った。
それからほどなくしてフェリーが船着き場に到着した。そろそろ島を離れる時間だ。
マスターへ別れを告げると僕は船着き場へ向かう。
フェリーに乗り込み出航を待っていると先ほどマスターから渡された手紙が脳裏をよぎった。
船首の前のベンチに腰掛けるとその手紙を読んでみることにした。
裏面には僕の名前。白い封筒の中には懐かしい優花の文字でこう書かれていた。
― 冬弥くんへ
いつも遊んでくれてありがとう。体調がわるい私を心配して毎日家に来てくれてありがとう
本当に嬉しかったよ。私はすこし島を離れて本土の病院に病気を治してもらいに行ってきます。
多分1週間くらいかな?それくらい検査をするみたい。
だからその間冬弥くんも風邪ひいたりしないように気を付けてね。
ひとつだけ冬弥くんにお願いがあるんだけど
私は冬弥くんのことが好き。将来お嫁さんにしてほしいです。
本土から帰ってきたらこの答えを聞きにいくからそれまでに考えておいてね。
優花 ―
フェリーは船着き場を離れ島が遠ざかっていく。
僕は船首の先へ走り灯台にむけて叫んだ。
「優花!僕も大好きだよ!お嫁さんにするよ!だから絶対にまた来るから待っててね!」
力の限り叫んだ僕は涙が止まらなかった。そして灯台に目をやると一人の少女が手を振っていた。
「優花!」
僕はその面影をみてそう確信した。
そして前は聞こえなかったけど今回は何を言っているかしっかり聞き取れた。
―ありがとう冬弥くん、わたしの気持ちにこたえてくれて。私は本当に幸せ者、だね ―
僕は灯台が見えなくなるまで手を振り続けた。力の続く限り。
何度も涙で灯台を見失いながら。
フェリーは本土へ向けてゆっくり進んでいく。
ある夏の日の奇跡。不思議な少女の物語。
きっと僕はこの出来事を忘れることなどできないだろう。
来年のまた夏の日、きっとこの島で奇跡が待っていると信じて。
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