93.愛玩【ショートショート】
息を殺し、空の浴槽に身を潜める。なんでこんなことに。
隣で震える友人を見る。恨んでも仕方ないと思いつつも、恨まずにはいられなかった。彼女が最近夜に室内で物音がする気がして怖いから、と頼まれて泊まりに来ただけだったのに。
ガチャッ。
浴室のドアに何かがぶつかる音。二人共ビクッと体を縮こまらせ、叫びそうになる悲鳴を必死で押し殺す。
ダンッ、ダンッ
と、扉が音を立てる。すりガラス越しに三十センチほどの人形の身体が見える。手には刃物らしき影も確認できた。
「ねえ、何なのよあれ! マミ、なんであんなのに襲われてるのよ! どこで手に入れた人形なの!?」
半ばパニックになりながら、小声で叫ぶ。震えるマミは恐怖に涙を流しながら答えた。
「わかんない! なんで襲ってくんの!? 十年間、あんなに愛してあげてたのに!
ヨウコも紹介したことあったでしょ。推しアイドルのシノミヤくんを模した手作り人形だよ」
言われてみれば見たことがあった。襲われた時は暗いうえに咄嗟で何かわからなかったが、確かにいつもマミが部屋に飾っていたシノミヤくん人形だった。
それがなぜ主人に殺意を持って襲って来るのか、理解が出来ない。
ガチャッ! ガチャッ!
そうしている間にも、扉が今にも開きそうなほど強く押されている。
「それが何であんなに殺意を抱かれてるのよ! あんた、いったいアレに何したの!?」
「わかんないよ! 大好きだったもん! なんで襲ってくんの!?
毎朝毎晩、濃厚なちゅーしてたのに! 寝る前いつも激しく愛し合ったのに! シノミヤくんにゴシップ記事が出る度に呪いを掛けるの手伝ってくれたのに!」