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88.指輪【ショートショート】

 とある貴金属店に、男性客が一人で訪れた。その客はショーケースはろくに眺めず、カウンターの店員に話し掛ける。
「エンゲージリングを探しに来たんですが。僕がRで、彼女がVで見繕ってもらえますか」
「かしこまりました。彼女様の指のサイズはおわかりですか?」
「うん、かなり細い事は判ってるんだけど。詳しくはクラウドに立体モデルのデータを保存してあるから、それを見てもらえるかな」
 客の使用アプリとIDを確認した店員が早速端末に入力すると、画面には女性キャラクターのモデルが表示された。
「これは随分と、細い指ですね」
「なんせワイト系のモンスターだからね。けど見た目に反して、ゴスロリファッションとプロレス観戦が趣味の元気な人なんだ」
「なるほど。では、ロリータ系に合わせたデザインから幾つか、サンプルをお出ししますね」
 対応する店員は客の惚気に特に動じることもなく、画面に指輪のデザインを並べていった。

「AI婚が法律で認められてから、ヴァーチャルの結婚指輪を買うお客さん増えましたね」
「そうだな。ウチとしては、原価ゼロで高額な指輪データを買ってくれるんだから大歓迎だけどな」
「そのうち片方がリアルの指輪じゃなくて、両方ヴァーチャルの指輪が求められるかもしれませんね」
「さっきの客の子供データAIが成人する、二十年後にはそうなるかもな。AI夫婦に接客用のマニュアルでも作っとくか」
 二人の店員は笑っていたが、心の中では一抹の不安を抱いていた。

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