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迷路から出られないタイプのマウス


このままだと呆れられてしまうかなと思って部屋を掃除する。サボテンの育て方でも調べて伝えようかなと思う。


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あまり脳のキャパシティが大きくないんだと思う。社会に出て気づいたのは、ひとつのことに対して瞬時に対応することや、とりあえずでもいいからスピーディーにリズムよく、こなしていくっていうのが私はすごく苦手だってこと。私の良いところはひとつひとつゆっくり丁寧で、始めたらずっとできるし、間違いがないようにもできるんだけど、ほとんどの職種でそれはあまり、評価されないってこと。検査員の先輩いわく、「今の半分の時間で1件1件ができるようになればいい」し、花屋さんの先輩いわく、「そのスピードで水揚げをやってたら次の日になっちゃう」ってこと。


私が学生時代、試験勉強を後回しにしてこなかったのは、自分が一夜で試験範囲を網羅できないことや、試験勉強をしないでそこそこの点数を取ることができないと感覚的に分かっていたからだ。でも時間をかけて一周したら大体覚えるのは分かっていたから、みんなより1週間早く一周に取りかかれば良いってそれだけ。学生のテスト期間は個人で決められたから上手くいっていたけど、大人になったら与えられた時間内にそれなりのパフォーマンスをこなすことを求められると分かって、ままならなくなった。

2つのことを同時にやるのが苦手だ。初めての映画を見るときに、それを見ながら話しかけられるのは、とてつもなく苦手。映画を真剣に見ようと思っているのに何度も話しかけられると、集中力が途切れてしまうのだ。一言も話しかけないでもらった方が、ありがたいのだ(でも唯一、映画をみることがそこにいる口実であるときだけ、話しかけられても平気。だってそのときはろくに頭に入ってなくても、いいでしょ)。
買い物に行ったスーパーの中でひとり立ち尽くして、もう出してほしい、という気持ちになることが割とある。
スーパーに着いたら、各場所に置いてあるであろうものと、自分の欲しいものを照らし合わせて道順を決める。でもそれを考えすぎるとエネルギーも消費するから、ほしいものリストのメモを見て、できる限り近いものから順番に探していく。そうしているつもりなのに、いつも何故か、スーパーの東西南北を、行ったり来たりすることになる。いつも頭に浮かぶのは、複雑な迷路の中に放り込まれた、実験用マウス。一番効率的な最短経路をゆくマウスの軌道はとても賢そうに見える。けど、どこでみたか、どこかの遺伝子を欠損させられたマウスが出口を見つけるためには、最短経路はおろか、ぐにゃぐにゃと効率の悪い、行ったり来たりしている軌道を描く。1回行ったはずの道を通らない賢いマウスと比べると、一度行ったのにもう一度そこに行って同じ罠にはまり、ぐるぐると結果的にたくさん歩くことになってしまうのだ。
いつもそれを思い出す。ほしいものリストの1番上がここらへんにあったと思ったからここまで来たけど、なんだか見つからないので一旦もどってほしいものリストの2番目を探そう。2番目が見つかる途中に3番目を見つけて、終わったら1番目をまた探しに行こう。あれ、どこまで見たんだっけ?


欠損マウスみたいに、私はスーパーをぐるぐる回る。
なければ後回し、あったものをカゴに入れてちょっとずつリストは埋まっていって、でも何度も見に行ったはずの場所にまた来ていることに気づいてしまう。そのときどっと疲れて足を止めて、迷路から出られない、出口に辿り着けないマウスの気分を思うのだ。


スーパーを上から見下ろす想像をする。その中にぽつんと出られない私を見つける。


それでもスーパーのまわり方をいつまでも効率的に学ばないのは、私のスーパーにまわす熱量不足か、それとも私が欲しいものを並行して考えているうちに、忘れてしまう欠損マウスだからか。

欠損マウスは誰かと一緒にスーパーに行くのは、好きである。でもたまに、コンビニの簡単な迷路で少し高い鍋キューブや、ミックスビーンズの缶詰を手に入れたりするのも、好きである。


このまえラムレーズン味のどら焼きをを食べているときに、ラムレーズンという食品についてかなり意識が持っていかれてしまい、違うことを話しかけられたのに少しの間、反応ができなかった。私はレーズンとは何だったかということと、ラムはお酒ではなかったかということ、ラムレーズンを口に入れるとお酒の味や匂いがしたけど酔っ払うのかということについて考えていた。
一瞬固まってからワンテンポ遅れて話を理解した私を見て、その人は、可愛いねと笑った。

笑ったというか爆笑していて、そんなふうにおもしろいものをみたみたいに、嬉しそうにしている顔を不思議な気持ちで見つめた。検査員の先輩や、花屋の先輩を思い出した。

へんてこな私の頭の中だけど、もしかしてこの人はそんな私に和んだりするのだろうか。

私はすこし恥ずかしい気持ちと変に嬉しいような気持ちが混ざって、微妙な笑顔になってしまう。この世界で大事なものは何かを考え直す。小さな迷路をフラフラ歩く欠損マウスは、時間をかけて出口を見つけ出したその後に、正常マウスと同じようにおいしいごはんをもらえて、研究者のひとに可愛がられはしなくとも、いじめられたりはせず、清潔な場所で世話してもらえているだろうか。


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私は時間をかけて部屋を掃除する。サボテンの育て方を調べる。花を買っておいて、飾っておく。ゆっくりでいっこずつだけど、やれることをやる。へんてこな頭の中を書く。書き出して、誰かに読んでもらおうとする。好きな人には好きだと言う。届けたいものが届くことを想像する。




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