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甘橙:おれんじ(原作 梶井基次郎『檸檬』)④/⑥
【前回までのあらすじ】かつて演劇サークルに所属していた「私」は、絶世の美女・涼子に見初められて交際を始めたが、互いの不満が募り、昨夜壮絶な別れを迎えた。私は助けを求め、友人の高見沢の家へ転がり込む。③は《こちら》から
目を覚ますなり高見沢から質問攻めにされた私は、事の経緯を全て話した。その間、高見沢は腕を組みながら目を瞑り、「うん」やら「ほお」やら言いつつ私の話をじっと聞いていた。
そういえば高見沢は、いつからか何かに目覚め、大学の頃とは外見に明らかな変化が生じた。まず服装。かつてファッション誌を読み漁り、女子受けコーデの研究に没頭していた彼が、ある日突然ボロボロの浴衣を着るようになった。スタンスミスのスニーカーは薄汚れた下駄に変わり、愛用していたセカンドバッグは古着を再利用した巾着袋に姿を変えた。彼の変化はそれで留まらず、肉類・魚類を極端に排除した食生活、一日に十四時間の睡眠、そして毎日三時間ブツブツと何かを唱えるようになった。彼は一連の変化を「生活革命」と呼び、私にもやるよう強く勧めてきたが、私は曖昧な返事で誤魔化し続けている。
私の話しが終わり、彼は沈黙した。やせ細り、髪も髭も伸びに伸び切った彼は、まるで仙人のような、教祖のような風格を感じさせた。彼のお言葉を待ち続け、ようやく口を開いた彼は、
「お前を慰めの宴に連れ出す!」
と唐突に言い出した。包帯グルグル巻きの私は頭の中が「?」で埋め尽くされ、しばらく言葉を失った。しかし彼はそんなことはお構いなしに、私を無理矢理家から引きずり出し、再び京都の夜へと連れ出した。
その後、何軒の飲み屋をハシゴしたことだろう。慰めの宴はそれから一晩中続いた。後々聞いた話では、私はどの店でも酒を浴びるように(本当に頭から浴びながら)飲んでいたらしい。最後の店では、客に絡むわ、踊り出すわ、泣き出すわ、仕舞いにはプロ野球で日本一になったかのようにビールかけを始め、我々は遂に店を追い出されたそうだ。
そして現在。私は思い脳みそを抱え、ジリジリと照り付けるお日様のもと、フラフラと街を彷徨っていた。汗で濡れたTシャツは私に昨晩の疾走劇を思い起こさせ、私を憂鬱にさせた。ちなみに今は、高見沢から借りたスウェットを履いている。いつまでもパンツ一枚というわけにはいかない。安心してほしい。
さらに憂鬱にさせたのが、腹の中にある「例の塊」である。そのせいで私の機嫌は目に見えて悪くなっているようであり、すれ違った初老の女は私の顔を見るなり「うわっ」と言って早足で去って行った。
「クソババア・・・」
私は自分にしか聞こえない声でそう呟いたあと、さすがに悪い気がしたので心の中で謝罪した。“辛いのは誰のせいでもなく、酒に溺れた己のせい”、そんな当たり前のことを自分に言い聞かせてみたが、それでもこの辛さを誰かのせいにしたい気持ちは抑えられず、私は周りに絶対に聞こえる声で「はぁぁぁぁ~」と溜息をついた。
《⑤》へ続く