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値上げは悪か

※以下の文章は福島県の地方誌、福島民報の民報サロンというコーナーにて連載したものに加筆したものです。

 物価高騰。値上げのニュース。嘆く消費者のインタビュー。飲食店やさまざまな会社から出される「価格改定のお知らせ」。そこには「やむなく」「これまで頑張ってまいりましたが」と経営者の苦労が滲む言葉と消費者に対するお詫びの言葉が並んでいる。世間の中に値上げをすることは悪いことであるという価値観が根強くあるように感じる。
 本当に値上げは悪いことだろうか。

 約2年前の2020年の春、結婚を機に夫とその家族が営む和洋菓子店で従業員として働き始めた私がはじめにぶつかった壁が「価格決定の難しさ」だった。
 当時、苺のショートケーキの価格が税込270円。ここ20年ほど値上げをせずにやってきたらしい。原価は7割を超えていた。原価表のリストを作って製造場所の冷蔵庫に静かに貼り出した。
 創業約90年、地域の皆さまに支えられてきた弊店。祖父母や母にとって、ケーキを安くたくさん食べてもらうことが地域への恩返しだった。「恩返しでやっているから、これでいいんだ。」と語り、毎日朝から晩まで働く姿に心を打たれ、値上げしたいと言えずに数ヶ月が経った。

 その頃、新型コロナウイルスの感染が拡大する中、飲食店などでは営業時間を減らしたり、メニューの見直し、値上げが行われていた。原材料や資材の高騰が続き、流石にうちもこのタイミングで値上げをしたほうがよいと話し合い、家族を説得して従来価格から2割ほどの値上げをした。
 筆で「値上げのお知らせ」とお詫びの言葉を書いて店の壁に貼った。
 値上げをしては今まで支えてくださった地域のお客様に申し訳ないという気持ちが、一緒に店を営む家族の中に強くあった。そして自分の中にも値上げをする後ろめたさと値上げをしても変わらずにお客様に来ていただけるかの不安があった。
 しかし値上げをせずに今後店を続けるためには材料の質を落としたり、労働時間をもっと長くしなくてはいけなくなる。既に夫は数年前に過労が祟り倒れて持病を抱えていた。これでは店が続かない。
 それよりは、第一に自分たちが健康で、良質な材料を使ったまま、むしろより良い材料を求めながら、美味しいお菓子を作り続けたほうが、お客様の笑顔を増やすことができるのではないか。それが自分たちにとっての「恩返し」だと思った。

 いざ値上げをしてみると、お客様のほとんどは値上げに対して肯定的だった。「今まで安すぎたよねー。」と。値上げしたことに気が付かないお客様さえもいた。
 その後さらに何段階かの値上げを行ったが、コロナ禍でも客足は減るどころか少しずつ増え、売上も順調に伸びていった。お客様に毎日背中を押していただいているような気持ちだった。

 値上げ以外も小さな改善を積み重ね、赤字から黒字へと大きく経営改善をしたことで、設備投資をする余裕ができ、導入したくてもできなかった機材を買うことができるようになった。ロゴが入ったオリジナルの資材を少しずつ作ることが出来るようになった。家族や自分の給料も増やすことができた。アルバイトの時給を上げ、優秀な人材が集中して働いてくれるようになった。店はほぼ年中無休だったが、毎週の定休日を設けて営業日を減らし、商品開発をしたり、他店の研究に行く時間が出来るようになった。徹夜で朝方までの仕込みをする日も多かったが、労働時間を調節することができるようになり、健康な生活リズムに近づき、プライベートも充実しはじめた。値上げをしてよかったことは書ききれない。

 そうしてひしひしと感じたことは、値上げをすることは決して悪いことではないということだ。単に正当化しているわけではない。損益分岐を計算したり、原価を計算したり、相場を調査したりと価格の決定にはさまざまな方法がある。その数字と向き合い、企業努力をした上で適切な価格をつけることが大切だ。

 特に製菓業界では、技術面の修行が中心で店舗運営や経営の知識が少ないまま独立してオーナーパティシエになる方が多い。価格決定に明確な根拠がなく、修行先の価格や相場に合わせている店も多くあると聞く。参考とするその業界の相場自体が狂っている場合もあるわけなので、自店が何をいくらで売るべきかは思考停止せずに考え続ける必要がある。

 こんなことを偉そうに言っている私だが、店の経営はまだまだ課題だらけ。個人的にも経済的余裕があるわけでなく、昨今の物価高騰に苦しむ一市民であり、正直、消費者としては質より価格の選択をしてしまうこともある。
 それでもデフレが続いている日本において、小さな店の経営を通して感じている「値上げをすることの重要性」を叫びたい。

 値上げをすることが不安で今も悩んでいたり、値上げをすることに申し訳なさや罪悪感を持っている生産者や経営者のみなさま。ひよっこの私から申し上げます。
 値決めは私たちの権利であり、持続可能な経営で社会に貢献することが私たちの使命です。自分の会社の商品やサービスに自信を持って、値上げをしませんか。物価が上がり、給与水準も上がり、従業員も、経営者自身も幸せになる経営を。

 そして消費者のみなさまへ。手に取るものが「高い」と感じることも多いですよね。高いと感じたら、その背景に何があるか想像を巡らせていただきたいと思います。
 私たちは、価格に相応しい価値を感じていただけるよう、良い商品を追求し続けます。情報発信をしたり、さまざまな経営努力を精一杯続けます。買うという行動は選択であり、支持であり、応援になることを知っていただけると嬉しいです。

御菓子司 三浦屋
若女将
ぱちこ こと 樋口 佳八子

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