コロナも私の日常3-61
61日目 3月9日(火)
気がつけば日付も3月を迎えていて、いよいよ春が来たのかあという気持ちである。6日に私の誕生日はあっという間に過ぎ去り、ようやく22になった。お祝いしてくれた方々、本当にありがとう。特に素敵なサプライズをしてくれた彼女には本当にありがとうと伝えたい。4年前は遠くに見えていた数字だったのにね。
もうずいぶん長いこと日記を書いていなかった。もうやめようかな、と思ったりもしたけれど、やっぱり何かしらアウトプットするというのは自分のためにもいいことのような気がするし、待ってくれている人もいて、こうしてめげずにまた書いている。「書く」というのは物凄く簡単で、物凄く難しいことかもしれない。22年の人生で数え切れないほどの文字を見て、読み、書いてきたというのに、いまだに私は自分の思いを言語化することに不十分である。でもそれがまた、文章の奥深さを表してくれるのかもしれない、なんてことを思ったり。
最近は花粉による攻撃で目も鼻もダメージを受けているし、寝起きから私の残りHPは3くらいだし、そんな日々。
ここの所、色々と人生について思いを馳せることが多かった。今頃になって内定を辞退してしまった会社も、こんな状況で辞めてしまったのは馬鹿だったなあとか、でも入るのも嫌だったしなあとか、でも給料が良かったしなあとか、でもお金が全てではないよなあとか、そういうどうでも良さげな事が頭をぐるぐるとハエのように回ってうるさくて、親にも叱られ、涙を流す日々であった。自分の甘えている部分とか、弱い部分にばっかりフォーカスしてしまうことも多くて、何のために頑張っているのかわからなくなる時もあったよね。
それでも、毎日笑ってみる。人と話す。悲しい時は泣いてみる。大きな口を開けて笑ってみる。喜んでみる。そういうことを繰り返すうちに、だんだんと私も自分で自分をコントロール出来るようになってきた。前向きに考えられるようになった。無事に4月から働けるところも見つかり、希望の場所で、社会人としての一歩を踏み出せることになった。辛いことは多いかもしれないけれど、それでも、生きてるだけではなまるだよね。万歳。えらい!天才!素晴らしい!今日も元気!ありがとう!そうやって今日も自分を鼓舞していく。
今日も昼過ぎまでインターンをして、恵比寿まで整体へ行き老婆のように凝り固まった身体をゴリゴリとほぐされ、シェイクシャックでポテトを食べながら時間を潰し、幡ヶ谷でボランティアの同期とエアビー。久々に揃うメンツに、明後日パナマに旅立つ仲間と、4月から働く友人と、就活中の仲間と、盛りだくさん。散々騒いで思い出話をして、泊まらずに静かに帰宅する22時半。口は災いの元なので、ふとした瞬間の心ない言葉には気をつけようと思いました。
家に着いて彼女に電話。睡眠を妨害してしまったみたいでごめんね。出てくれてありがとう。おやすみと声をかけて明日もインターン頑張ろう。
ああ。今日も、素敵な一日だった。
おやすみ。