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サッカーとは人生の縮図である
サッカーとは人生の縮図である。
高校の時、監督がよく口にしていた言葉だ。
高校当時の自分はそんな意味を全く理解していないし理解しようとも思っていなかった。はっきり言うと何言ってるんだろうと思っていたし、どちらかといえば監督の言うことを素直に聞かない(反抗期?)選手だった。
時は過ぎ社会人5年目のある日、
会社のアメリカ支社の立て直し計画があり、その中の1人に選ばれアメリカに行くことになった。行ってすぐ作業環境の悪さと作業順序の悪さをいち早く変えないといけないと感じ変え始めていた。
しかし、ある日、現地作業者から不満の声があった。
その内容が「こんなに指示されて働きたくない」だった。
確かに前の環境が悪かった分、いきなりいろいろ変えられるのは作業者からしたら嫌なことばかりなのは充分理解はしていたつもりではあった。しかし一生懸命に教えていた人から言われがっかりな気持ちと同時に自分は何故かふと、高校の自分を思い出した。
作業者が高校の自分と重ねて見えたのである。
あぁ、監督はこんな気持ちだったんだろうか。今更ながら監督に対してすごく申し訳なくなった。その際に監督がよく口にしていた言葉も思い出し、こんな意味だったんだろうかと考える機会ができた。
サッカーは1人ではできない。環境や道具、チームが必ず必要になる。
試合では必ずしも悪い時間帯が続くわけではない。ただ良い時間帯を作るには選手1人1人が責任を押し付けあっては間違いなく良い時間帯は作れない。悪い時間帯により多くの味方へのサポート、カバーがあってこそ良い時間帯を作れると今の自分は思う。
これは人生にも当てはまる。人生で良いことばかりではないけど、悪い時に支えてくれる家族、友人、知り合いのおかげで悪い波を払拭できることがあると思う。会社でも悪い期間はどこの会社にもある。その時に1人1人がどう思うかで行先は変わってくると思うし、時に自分の役割を超えて仲間のカバーをしなくては成り立たない時だってある。
5年越しに
サッカーとは人生の縮図である。
この意味が少しながら理解することができた。
プレー面での忘れられないシーンではないが、人間性としてのサッカーにおいて忘れられないシーンであった。