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【判例紹介】組成物クレームの適格性

久しぶりの判例紹介です。
今回は組成物に係る発明の特許適格性が問われたCAFC判決になります。
US Synthetic Corp. v. International Trade Commission, No. 2023-1217 (CAFC Feb. 15, 2025). 判決全文はこちら


事件の概要

US Synthetic Corp社(以下、USS)が、複数の企業・発明家に対し、自己の保有する特許第10,508,502(以下、’502特許)を侵害する製品を輸入・販売しているとして国際貿易委員会(International Trade Commission:ITC)に訴えを提起。
ITCは、特許権の侵害を認めたものの、’502特許のクレームが抽象的概念に向けられたものであるとして101条により無効と判断。USSは当該判断を不服として連邦高等裁判所(CAFC)に上訴。
CAFCはITCによる判断を破棄し、事件をICTに差し戻した。
(なお、本件では実施可能要件についても争われていますが、紙面の都合上割愛させていただきます。)

’502特許の概要

本特許は、掘削現場などで使われるドリルの先端に設けられる多結晶ダイヤモンド成形体(polycrystalline diamond compacts:PDCs)の発明を対象としており、独立クレーム1は以下のようになっております。(本件特許の全文はこちら

1. A polycrystalline diamond compact, comprising:
 a polycrystalline diamond table, at least an unleached portion of the polycrystalline diamond table including:
 a plurality of diamond grains bonded together via diamond-to-diamond bonding to define interstitial regions, the plurality of diamond grains exhibiting an average grain size of about 50 μm or less; and
 a catalyst including cobalt, the catalyst occupying at least a portion of the interstitial regions;
 wherein the unleached portion of the polycrystalline diamond table exhibits a coercivity of about 115 Oe to about 250 Oe;
 wherein the unleached portion of the polycrystalline diamond table exhibits a specific permeability less than about 0.10 G·cm3/g·Oe; and
 a substrate bonded to the polycrystalline diamond table along an interfacial surface, the interfacial surface exhibiting a substantially planar topography;
 wherein a lateral dimension of the polycrystalline diamond table is about 0.8 cm to about 1.9 cm.

<代表図>

'502特許の代表図と図面中の符号の説明

ご参考までに、Chat GPTによるクレーム1の機械翻訳も載せておきます。
「多結晶ダイヤモンドコンパクト、以下を含む:
 多結晶ダイヤモンドテーブル、少なくとも未洗浄部分が含まれ、該未洗浄部分は以下を含む:
 ダイヤモンド-ダイヤモンド結合によって結合された複数のダイヤモンド粒子、これらの粒子は間隙領域を定義し、複数のダイヤモンド粒子は平均粒径が約50μm以下である;
 コバルトを含む触媒、触媒は少なくとも部分的に間隙領域を占める;
 多結晶ダイヤモンドテーブルの未洗浄部分は、約115 Oeから約250 Oeの保磁力を示す;
 多結晶ダイヤモンドテーブルの未洗浄部分は、約0.10 G·cm³/g·Oe未満の特定の透磁率を示す;
 基板は多結晶ダイヤモンドテーブルに接合され、界面表面に沿って接合され、界面表面は実質的に平坦なトポグラフィを示す;
 結晶ダイヤモンドテーブルの横方向の寸法は、約0.8 cmから約1.9 cmである。」

ICTによる判断

ITCの行政法判事(Administrative Law Judge)は、以下の理由から本件特許の特許適格性を否定。

● クレームされるPDCの磁気特性(保磁力、透磁率、磁気飽和度)は、製造プロセスから生じる副作用に過ぎず、PDCの構造的要素に該当しない。
● 本願クレームは、本件製造プロセスにおける意図しない「結果や効果」といった抽象的概念に向けられている。

USSは、上記磁気特性はPDCの構造を示す特徴に当たると主張したものの、行政法判事は、当該特徴は十分な構造的特徴を示すものではなく、むしろ、単に自然現象を反映したものに過ぎないと結論づけた。

<コメント>
確かに、特許は「発明品」を保護するものであり、発明による「結果」や「効果」は直接的な保護対象となりません(発明品を保護することによるオマケとしてその結果や効果に権利の効力が及ぶことがある程度)。

ITCの行政法判事による判断は、特性を使って発明品を定義する場合は、当該特性が、発明品を直接的に定義する特性なのか、あるいは、結果的に生じた副作用に過ぎないのか(換言すれば、重要なのはモノの製造プロセスであって特性ではないのか)を考慮する必要があり、副作用に過ぎない場合は特許適格性がない(クレームが抽象的過ぎる)と指摘しているように読めます。

一方で、モノ(発明品)を、そのモノが有する「特性」で特定するクレームは至極一般的に使われています。また、モノを特性で定義したからといって全てが単なる副作用を示しているとは限らず、線引きが難しいと感じる考え方だと思います。

CAFCによる判断

冒頭で触れたように、CAFCはITCの判断を破棄し、本件クレームは抽象的概念に向けられたものではないと結論付けています。
CAFCが上記判断に至った根拠は以下の通りです。
● 明細書において、得られた特性とPDCの構造との関係が十分に説明されている(即ち、クレームされる特性がPFCの構造的特徴を定義するものであることを示している)。
● 101条の判断をする上で、クレームされる磁気特性とモノの構造的特徴との間に「完全な代理関係(perfect proxy)」が存在する必要はない
● 101条の要件を満たすには、特許クレームがあるアイデアの特定の実装、又は単なるアイデアそのものに向けられたものではない、という法律判断が求められるところ、本願において開示される上記(磁気特性と構造との)関係は、これを十分に満たしている。
● ITCが依拠した事件は、いずれもソフトウェアやアルゴリズムに関する特許を対象とするものであって、これを本件に直接適用するのは不適切。
● 本件クレームは、汎用的なコンピュータによる機能の結果を抽象的に示すものではなく、組成物の物理的な組成を構成要素、寸法、及び内在的な固有の時期的特性(constituent elements, dimensional information, and inherent material properties)によって定義するものである。

考察

<コメント>で触れさせていただいたように、モノの発明を特性で定義するということは、材料の分野では非常に一般的な実務であると思います。

仮に、CAFCがITCの判断を支持し、本件が拘束力を持つ判決(precedential decision)となっていたら、実務的にはかなりネガティブなインパクトがあったかも知れません。特に、ITCの判断を前提としてなるべく安全サイドで考えるのであれば、材料の発明は特性を使わずに定義しよう、という方針もあり得たのではないでしょうか。また、過去の特許に対する無効の疑いも数多く生じたかも知れません。

結局、これまでのプラクティスを大きく変更する必要はない、という判断ともいえますが、「抽象的な概念(abstract idea)」、や「自然現象(natural phenomenon)」に対する考え方を多少なりとも明確化した(ITCの解釈は広すぎた)、という点では意味のある判決なのかなと感じます。

また、少なくとも101条を論じる上では、ソフトウェア発明と、本件のような材料系の発明とでは考え方が異なる、という点も特筆に値すると思います。

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