BOT M8 v. Sony (Fed. Cir. July 2021)
今日は、今年の7月13日に出た連邦巡回区控訴裁判所(United States Court of Appeals for the Federal Circuit : CAFC)の判決についてご紹介したいと思います。
本件は特許権の侵害訴訟に関するものですが、争点の1つとしてが訴えを提起する際の要件(Pleading Standards)が問題となりました。
原則論として、権利侵害を訴える場合には、権利者(原告)側に主張立証責任が派生します。特許権の侵害訴訟であれば、①特許権が有効に存在していること、②被疑製品が特許権の権利範囲に含まれていること、③被告に実施権原がないこと、がざっくりとした要件となり、これらの要件を具備していることを訴状で明確にしておかないと訴えが不適法であるとして却下されます。
この点、2007年の連邦最高裁(Bell v. Twombly, 550 U.S. 544)では、訴状の記載要件が満たされているかを判断する基準としてPlausibility Test(もっともらしさテスト)が示されました。
この基準は特許権者側に有利な基準といわれており、訴えが適法であるといえるためには、要件具備の立証は完全なものである必要はなく、“侵害がもっともらしい“といえる程度に立証ができていれば良い、とするものでした。
ただ、「もっともらしい」ってどの程度?という疑問が当然出てきます。裁判所も、この点については明確な基準がなくずっと苦労しているようです。
本事案では、BOT M8社(http://www.botm8.com/)がSonyアメリカに対し、5件の特許権侵害を訴えていますが、地裁は、Element-by-Element Analysisという基準を使い、4件の訴状は「もっともらしさテスト」の基準を満たしていないとして訴えを却下しました(残る1件は特許無効と判断)。
しかしCAFC(本件)は、地裁の判断は「もっともらしさテスト」の適用を誤ったものであり、却下された4件のうち2件は基準を満たしていると判断しました。
地裁の使用したElement-by-Element Analysisというのは、特許権の侵害訴訟では昔から使われている手法ですが、特許発明を構成する要素毎に被疑製品との比較を行い、侵害の有無を判断するものです。実際に侵害があるが否かを判断する際には必ず行われる分析です。
これに対してCAFCは、訴えを提起する段階の基準を示したPlausibility Testでは、Element-by-Element Analysisまでは要求されず、訴えの内容が相手方に対してフェアな通知といえる程度のものであれば良いと判断しています。なお、この判断は、過去のCAFC判決の内容を踏襲したものとなります(K-Tech Telecomms, Inc. v. Time Warner Cable, Inc., 714 F.3d 1277, 1284 (Fed. Cir. 2013))。
悪意で権利を侵害している相手方であれば別ですが、故意に侵害をしているわけではない場合、通知を受け取ったときはその内容を十分に精査し、結論が出るまでは事業を一時停止しなければならないなど、大きなダメージを負う可能性があります。したがって、そういうダメージをできるだけ少なくする、あるいは、根拠のない無茶苦茶な訴えのせいで事業に支障がでてしまわないように、「フェアな」通知(訴状)を作成しなさい、という趣旨だと思われます。
一方で、権利を侵害されたと感じた特許権者側としては、できるだけ早期に問題を解決したいという意識が働くため、あまりに厳格な要件を設けてしまうと特許権者側に酷になってしまいます。ですので、特許権者側にも配慮した要件といえそうです。
ちなみに本件では、原告に対して訴状の内容を一部補正するように指示があり、十分な時間が与えられたにもかかわらず、原告側が提出した補正後の訴状が十分ではなかったとして訴えが却下されています。この点を考えると、「フェア」かどうか(即ち、「もっともらしさテスト」をクリアしているかどうか)は、補正の機会があったかどうか、緊急性のある事件かどうか、というような種々の要素を考慮した上で総合的に判断されるもののようです。
判決文はこちらから読むことができます。
http://www.cafc.uscourts.gov/sites/default/files/opinions-orders/20-2218.OPINION.7-13-2021_1803327.pdf