US特許アップデート(雑記)
お休みを頂いていた期間に起きた、米国特許に関するニュースをまとめてみました。既にご存知の方も多い情報だと思いますが、メモとして残しておきたいと思いますので、お付き合いいただければ幸いです。
1.Terminal Disclaimerの運用に関する改正(案)
一つ目は、米国特許商標庁(USPTO)が5月10日に発表した、Terminal Disclaimer(TD)の運用に関する改正案です。「案」なので、まだ決定ではないですが、なかなか衝撃的な内容かと思います。
日本ではTDに直接類似する制度がありませんが、自明型二重特許による拒絶を受けた場合の対応策の一つとして、米国では割とポピュラーな制度だと思います。
TDの詳細な説明については日本語でも丁寧に解説している記事がたくさんあるのでここでは割愛させていただきますが、先の特許との差異が自明とされる場合に、権利期間の実質的延長を避けるために権利者に権利の一部を放棄させる制度となります。
TDのデメリットとしては、後の特許の権利期間が短くなる点と、先の特許と後の特許とが同一人に帰属していなければならない(譲渡が制限される)、という点が挙げられますが、その影響はそこまで大きくない、というのが一般的な受け入れ方かなと感じます。
しかしながら、今回の改正案ではTDを提出する際に以下のような合意文書を記載することが義務付けられます。
"The patent in which the terminal disclaimer is filed, or any patent granted on an application in which a terminal disclaimer is filed, will be enforceable only if the patent is not tied and has never been tied directly or indirectly to a patent by one or more terminal disclaimers filed to obviate nonstatutory double patenting in which: any claim has been finally held unpatentable or invalid as anticipated or obvious by a Federal court in a civil action or by the USPTO, and all appeal rights have been exhausted; or a statutory disclaimer of a claim is filed after any challenge based on anticipation or obviousness to that claim has been made."
要約すると、「TDで紐づけられた特許のうち、いずれかの特許クレームが新規性又は自明性により無効とされた場合、当該無効とされた特許クレームのみならず、紐づけられた全ての特許の権利行使ができなくなることに同意する」という内容です。
TDを提出するケースとしては、下位の従属クレームまで限定すれば先の特許とは非自明的な差異があるとハッキリ主張できるケースも少なくないですが、そのような場合であってもTDで紐づいていると全て権利行使が認められない、ということになりますので、権利保護とはかなりかけ離れた提案のように感じます。
また、"only if the patent is not tied and has never been tied"とあるので、過去に一度でもTDを提出していた場合、後にTDを取り下げたとしても、権利行使ができなくなります。
さらに困ったことに、現在USPTOが提案している新料金表では、TDは早いタイミングで提出しなければ庁料金が(大幅に)上がる仕様となっています(下記参照)。費用的な面のみを考えれば、二重特許拒絶を受ける可能性が高い案件については、審査を受ける前にTDを提出してしまう、というのも一案なのかも知れません。
一方で、TDの必要性は出願の審査・応答内容によって変わります。
典型例としては、自明型二重特許拒絶を受けたとしても、クレームを補正することでこれを解消できる可能性はあるため、審査を受ける前にTDを提出するのはナンセンスだともいえます。
同様に、今回の改正案を踏まえると、安易にTDを出すのは避けた方が良いといえるため、庁費用が高くなるリスクを甘んじて受け入れざるを得ない、という状況も出てくるでしょう。
個人的には今回の改正案には賛同できないのですが、USPTOとしては、自明型の特許が複数存在することで、特許の有効性を訴える側の負担が大きい(各特許をそれぞれ無効にしなければならない)ため、自由な競争を阻害している、というのが今回の改正案の趣旨になるようです。
既に意見募集期間は過ぎており、現在はUSPTOの最終的な判断を待っている状況です。何か動きがあれば、またこちらでご報告したいと思います。
2.意匠特許の自明性基準の変更
こちらもインパクトのある内容なのでご存知の方が多いと思いますが、5月21日に出されたCAFCの大法廷判決(LKQ Corp. v. GM Global Tech. Operations LLC)により、40年以上に亘り使われてきた意匠の自明性判断基準(Rosen -Durling Test)が破棄される事件がありました。
米国の意匠実務に詳しい方であれば、米国の意匠特許は自明性判断の基準が緩い(特許になりやすく、無効になり難い)という認識を持っている(持っていた)方も多いと思います。
おそらくその認識は正確で、日本の基準からすれば権利化が難しいと思われる意匠であっても、米国では権利化ができたという事例も数多くあると思います。
米国での意匠の権利化が容易とされてきた大きな理由の一つが、今回破棄されたRosen-Durling Testを採用していた点にあると思うのですが、この基準では、自明性の判断に使われる主引例は、審査対象となる意匠と基本的に同一(Basically the same)でなければ主引例としての適格性を満たさないとされていました。
主引例の要件が厳しいため、当然、副引例を適用して自明と判断することも難しく、米国の意匠は新規性さえクリアすれば権利化できる、という声もあったようです。
これに対し、本事件では意匠法の自明性判断基準が発明特許の基準とかけ離れていて不適切だという主張がされていました。
これは米国意匠ならではの主張といえますが、米国では意匠の権利を「意匠特許(Design Patent)」、発明の権利を「発明特許(Utility Patent)」と読んでおり、いずれも特許法により保護される「特許権」として分類されています。即ち、同一の法律(特許法)により保護される同一の権利(特許権)であるにもかかわらず、審査基準が異なるのはおかしい、というのが本主張の根底にあります。
日本では、発明は特許法で保護され、意匠は意匠法により保護されるため、なかなか上記のような発想には至りませんが、米国の法体制を考えると、「確かに言われてみれば変かも」と思わされる主張です。
事件の詳細は割愛させていただくとして、結論としては上記主張が認められ、これまで40年以上使用されてきたRosen-Durling Testは、最高裁が定めた発明特許の基準(KSR基準)に合致せず不当と判断されました。
したがって、今後は発明特許と同様、主引例の適格性は類似性(analogous)の有無で判断されることになります。どの程度をもって「類似である」と判断するのか、その詳細については本裁判では明確化されておらず今後の判例の蓄積が必要になりそうですが、発明特許のKSR基準では広く柔軟なアプローチを採ることが強調されているので、拒絶(無効)の対象となる意匠は相当増えるのではないかと思います。
なお、本大法廷判決の翌日5月22日には、USPTOから審査官宛てのMEMORANDUMが発行されており、本判決の内容は既にUSPTO内で反映されているようです。
3.職務発明規定の解釈
同じく5月21日のCAFC判決(Core Optical Technologies, LLC v. Nokia Corporation)となりますが、本事件では発明者と雇用主の間の権利譲渡に関する契約(いわゆる職務発明規定)の解釈が問題となりました。
私自身は権利譲渡契約に直接関与した経験が殆どないのですが、そのような契約書面には、譲渡対象とならない発明(即ち、職務発明に当たらない発明)を、”entirely on my own time(全面的に自らの時間で)"といった文言で表現することも珍しくないようです。
本件も、発明者が署名した譲渡契約書には以下のような文言が含まれていました。
"an INVENTION for which no equipment, supplies, facility, or trade secret information of TRW was used and which was developed entirely on my own time, and (a) which does not relate (1) to the business of TRW or (2) to TRW’s actual or demonstrably anticipated research or development, or (b) which does not result from any work performed by me for TRW."
即ち、「TRWの設備等を使用せずに自身の時間内(雇用時間外)で行った発明であって、TRWの事業やTRWの現在又は将来参入予定の研究開発に関連しない発明、又は発明者がTRWのために行った作業の結果とはいえない発明は、本契約の譲渡対象ではない」といった内容と読めます。なお、TRWは本件発明者の雇用主となります。
本事件で争いとなった特許(US特許 6,782,211、以下「211特許」)は、発明者が博士課程で行った発明を権利化したものですが、発明者はTRWの奨学金制度を利用しており、TRWが授業料等を負担し、かつ月々の給与も支給していました。
上記契約書は、この奨学金制度を受ける際に発明者がサインしたものとなります。
しかし、発明者は上記211特許をCore Optical社に譲渡しており、この権利を使ってCore Optical社がNokiaなどに侵害訴訟を起こしました。
Nokiaらは、上記契約に基づき211特許は自動的にTRWに譲渡されているから、その後のCore Opticalへの譲渡は無効である(Core Opticalには当事者適格がない)と主張しました。
これに対し、連邦地方裁判所は、本件発明者が博士課程の研究に費やした時間のうち、少なくともその一部は「TRWの時間」であり、"entirely on my own time"に当たらないと判断、211特許はTRWに自動的に譲渡されていたと判断しました。
しかしながらCAFCは、本契約書における"entirely on my own time" の文言は曖昧な表現であって一義的に解釈できず、その結果、発明者が博士課程の研究で費やした時間が、"entirely on my own time" に当たるのか、それとも少なくともその一部がTRWの時間に当たるのか、明確に判断できないと判断しました。
即ち、CAFCは当該文言を明確に解釈するための事実認定が不十分であるとして、地方裁判所に対して当該事実認定に必要な証拠について追加審理するよう事件を差し戻しました。
職務発明における権利譲渡の場合、契約の締結段階では譲渡対象となる発明が未だ存在していないため、対象となる発明を完璧に特定することは難しい(完璧な特定はほぼ不可能?)という事情があると思います。
そのため、本事件で争われたような包括的な表現が使われることが多いと思いますが、包括的な表現は、便利な一方、曖昧な表現とされるリスクも高いというのが本件の反省点かと思います。
包括的な表現を使うことを全面的に禁止する必要はないと思いますが、使用する際は、その包括的な表現の具体的な意味(具体例)がわかる資料(証拠)についても整理しておくのが良いと思われます。
4.行政機関の権限縮小
こちらは6月28日の最高裁判決(Loper Bright Enterprises v. Raimondo)の紹介です。この事件の直接的な事実関係は知財と関係するわけではないのですが、この判決の影響はUSPTOを含む行政全体に及ぶため、簡単に紹介したく思います。
皆さんもご存知の通り、USPTO内の審判部(PTAB:Patent Trial and Appeal Board)は、特許法の文言が曖昧な場合、その合理的な解釈を示すことができ、行政機関にも関わらず、本来は司法権に属するべき権限を(限定的にですが)行使しています。
したがって、原則的には三権分立に反する権限を行政に与えていることとなりますが、40年ほど前の最高裁判決(Chevron事件)において、特許権など一部の専門性の高い権利については専門機関の法解釈を尊重するべきという判断が下されました(Chevron法理)。
この結果、行政機関ではありますが、USPTOなどが率先して法律の解釈に踏み込むことが認められてきました。
これに対し、今回の事件において最高裁はChevron法理を破棄し、「裁判所は、行政機関の法解釈に対して独立した判断をするべき」という立場を示しました。
"The Administrative Procedure Act requires courts to exercise their independent judgment in deciding whether an agency has acted within its statutory authority, and courts may not defer to an agency interpretation of the law simply because a statute is ambiguous."
即ち、行政機関の専門性や経験に基づく解釈よりも、裁判所自身の法解釈が重視されることとなります。
PTABなどの行政機関が解釈を行うことそのものを違法とするわけではないですが、その解釈はあくまでも「参考」程度の意味しか持たなくなるかもしれません。
「参考」であっても、PTABの解釈が覆されるケースがどの程度発生するのかは未知数であり、現実的にどの程度の影響があるか分かりませんが、今後は法解釈に対する争いが増えるかも知れません。
5.実験的使用の例外適用に対する意見募集
またまた6月28日のニュースですが、USPTOが実験的使用の例外(Experimental Use Exception)について意見募集をする通知を発行しました。
「実験的使用の例外」とは、実験的使用を目的とした実施は、特許権の侵害の対象とならない、とするものです。日本の特許法も、「業としての実施」に該当しない場合は侵害を構成しないという規定がありますが、考え方としてはこれと同じものといえます(特許法68条、101条)。
米国では、この「実験的使用」の解釈について複数の判例が積み重ねられてきましたが、現解釈は2002年のCAFC判決(Madey v. Duke University)が支配しているとされています。
具体的に、Madey事件においてCAFCは以下のように判断しました。
"regardless of whether a particular institution or entity is engaged in an endeavor for commercial gain, so long as the act is in furtherance of the alleged infringer’s legitimate business and is not solely for amusement, to satisfy idle curiosity, or for strictly philosophical inquiry, the act does not qualify for the very narrow and strictly limited experimental use defense.”
即ち、商業的な意図はなくとも、その行為が被疑侵害者の正当な事業の範囲内にあるのならば、実験的使用の例外は適用しない、というのが現判例の解釈となります。この解釈ですと、他社の特許を参考として更なる改良発明を生み出すための試験・研究目的の実施も侵害になり得ます。
ただ、上記解釈は狭過ぎるという声が強いことから、意見募集をし、必要に応じて立法手続による問題解決を試みよう、というのが今回の動きのようです。意見提出の期限は本年9月26日となっています。
こちらも、何か動きがあれば追ってご報告したいと思います。
以上、お付き合いいただきありがとうございました。