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米国連邦最高裁によって受理された知財案件

今月、米国連邦最高裁判所が知財に関する2つの事件について上告を受理しました。特許の実施可能要件(Enablement Requirement)に関する案件と、米国商標法が国外においてどの程度影響を及ぼすのか、という争点に関する案件です。
簡単に概要だけご紹介したいと思います。

Amgen Inc., et al. v. Sanofi, et al.

先ずは特許の実施可能要件、法35 U.S.C. § 112(a)に関する案件です。
バイオテックに関する特許で専門外のため、理解が誤っている点があるかも知れませんが、その点はご容赦ください。

【争点】
実施可能要件を満たすには、明細書は、「当業者がクレーム発明を製造・使用できるように」記載されていることを要件とするものなのか、あるいは「当業者が過度の実験を必要とせずに、クレームされる実施例の全範囲について実施できるように」記載されていなければならないのか。

【背景】
・関連特許:US 8,829,165US 8,859,741
・特許権者:Amgen
・発明の名称:Antigen binding proteins to proprotein convertase subtilisin kexin type 9 (PCSK9)(PCSK9に対する抗原結合タンパク質)
・背景:Amgen社がSanofi社を特許権侵害で提訴。Sanofi社がAmgen社の特許の無効を主張し、本件に至る。

【事案の概要】
本件で問題となっている抗体は、PCSK9と結合し、当該PSCK9がLDL-Rと結合しないようにすることによって破壊を防ぎ、血清コレステロールを低下させる働きを持つようです。
本件でポイントとなっているのが、クレームされた抗体と結合するPCSK9(抗原)の残基について記載されているものの、クレームでは当該抗体の構造的限定が規定されていない点になるようです。即ち、抗体の特性として記載されているのが、機能的な要件(PCSK9残基との結合が可能であってPCSK9とLDL-Rとの相互作用を遮断するという機能)のみ、という特許になるようです。
機能的な限定しかクレームに規定されていないため、理屈としては当該機能を有する抗体は全て権利範囲に含まれるという主張が可能になります。しかし、特にバイオの世界では起こり得ることとして、上記の主張が認められるとすれば、未だ見つかっていないものも含め、潜在的には何百万もの抗体が当該クレームの範囲に入り得るようです。そのため、Sanofi社は、本件の明細書にはそうした潜在的に権利範囲に含まれ得る抗体について十分な説明がないとして実施可能要件違反を主張、連邦高裁も当該主張を認めて特許の無効を判断したようです。

【所感】
潜在的な具体例が多数存在し得るというのはバイオテック分野の特徴といえるため、本件の影響はバイオテック分野のみ、という考え方もできるかも知れません。ですが、特許クレームを機能的な文言で記載する、ということは、技術分野を問わず一般的に行われています。
米国では、行き過ぎた?記載に対してはMeans-Plus-Function(MPF)Claim Interpretationという特別な解釈を与えて実施可能要件などが判断されます(35 U.S.C. §112(f).)が、MPFに該当しないものの機能的特徴を含むクレーム、というものも多数あります(むしろ、殆どがそうと言えるかも知れません)。そのような事情も考えると、最高裁の理由付けによっては本件射程はバイオテック発明に限定されない可能性がありそうです。
判決がいつになるかはわかりませんが、実施化の要件に対し、最高裁がどのような判断を示すのか、注目したいと思います。

Abitron Austria GmbH, et al. v. Hetronic Int’l, Inc.

2件目は、米国商標法(Lahman Act)は、米国外で発生した権利侵害に対して損害賠償の請求を認めているのか、という点が争点になっている事件です。

【事案の概要】
いわゆる属地主義の観点から、米国の商標法は、米国内における商標権侵害(商標の混同等)から商標権者を保護することが原則となります。

本件において、被告Abitron Austria社はドイツ企業であり、原告からライセンスを受けて原告Hetronic社の製品を10年ほど欧州で販売していましたが、とあることがきっかけで両者の関係は悪化し、被告が、原告の製品そっくりの製品を自社で独自に製造し、原告の商標を付して販売し始めました。そのため、原告はライセンス契約を打ち切ったのですが、被告は製品の製造・販売を止めず、本件訴訟に発展しました。
被告の行為は基本的に欧州のみで行われたため、欧州の商標権侵害は間違いなさそうですが、本件は米国商標権に基づく訴えとなります(調べていませんが、原告は欧州と米国の両方で訴訟を提起したと思われます)。

被告は米国での販売行為はしていないようなので、冒頭で説明した原則に基づけば、米国での訴訟では損害賠償は認められないと考えることもできます。
しかし、本件の第10巡回区控訴裁判所は、「被告による侵害行為により、原告は米国において売り上げることができたであろう利益を逸失した」との理屈に基づき、商標権者による数千万ドルの損害賠償請求を認めた連邦地裁の判断を支持しました。

【所感】
商標の悪用による消費者の混乱を防ぐ、他者が築き上げてきた商標への信頼に対するただ乗りや、それを毀損したりする行為を罰する、といった法目的からも、被告の行為が許せない、という商標権者の感情は分かる気はします。
一方で、米国の法律が欧州での行為に口を出す、というのは米国法の枠組みを超えているようにも感じます。もちろん、地裁や控訴裁判所の理屈は、欧州の行為そのものではなく、それによる米国内への影響から商標権者を保護する、というものなので、原則に反するわけではないのですが。。。

【参考URL】

https://www.scotusblog.com/2022/11/justices-grant-review-in-cases-on-patents-trademarks-and-water-rights-for-native-americans/




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