グルナディンソーダ
全国に1万2200人程しかいない苗字を持つ友人を私は1人持っていて、さらに、その稀な苗字をもつ1人が都内に生息する事を偶然にも知ってしまった1日があった。
その漢字を見た瞬間、私は甘酸っぱい思い出で胸がざわつき、いてもたってもいられなくなり、とても不快な気分に陥ったのだ。
「ねぇ、予備校帰りに遠出して、よく2人で歩いた川を覚えてる?」
「豊平川」
「昼間は汚いだけのあの川、夜になるとなんだか特別な感じがしてとても好きだったわ」
「酷い悪口だね」
「ごめん」
久しぶりに紡いだ会話は、つい昨日もお喋りをしていた様に普通だった。
「今度、だるまに連れてってよ」
「いいけど、あなた帰ってこないじゃない」
「なによ、誕生日に帰るって言ったら遊んでくれるわけ」
「当たり前でしょ」
あの頃とちっとも変わらない会話ばかりが進んでいく。
「誕生日いつだっけ?2月3日?」
「絶妙に惜しいな。22だから」
そんな会話も懐かしいようでどこか寂しかった。
「あなた今日、誕生日でしょ?
祝ってあげるから新宿おいでよ」
函館なんて何にもない街にひとりで抜け駆けした君が、突然連絡を寄越したのが6年前だというのだから驚きだ。
6年半も会っていないなんて覚えているくせに、私の誕生日は忘れてしまうなんて、わからないやつだと思う反面、私の頭の中はどうやって休日申請を出すかでいっぱいだった。
思い返せば、酷い睡眠障害に悩まされ、苦しい毎日を支えてくれたのはいつも君だった気がする。
寒いと言った私に貸してくれた緑色のブレザーも、ずぶ濡れになりながら分け合ったビニール傘も、彼女?と聞かれ赤らめた横顔も、毎朝繰り返されるモーニングコールも寝るときは全裸だという余計な情報も何もかもが鮮やかで輝いていた。
毎日が氷の溶けたグルナディンソーダのようだった。
空白のページの訳を知りたいようで知りたくない複雑な気持ちが交差する1日も、胸の高鳴りも氷が溶けるように消えていった。
「シゴトダ」
そう目を覚ます日が早く終わればいいのに。
自由を得る代償があまりにも大きすぎて、きっと手放すことはないだろう。それでも1日の始まりと終わりには必ず願ってしまうのだった。
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