「スカサハ=スカディ」なのか?

ドーモ皆さん。ケルト神話のお時間です。

今回は、某FG○で「スカサハ=スカディ」説がぶち上がったので、これを検証したいと思います。

前も言った事ですが、フィクションはフィクション、事実は事実。フィクションの事実性が否定されたところで、そのフィクションの面白さが否定されるわけではありません。エンターテインメントの目的は事実と虚構とに線引きをすることではなく、面白くあることなのです。

つまりここで書くことは、その作品の面白さにケチをつけることでは全くないので、ごあんしんください。


1.スカサハ、スカディとは

まず前提として、スカサハとスカディとは何者か、というところを確認します。なお、以下ではより言語に近いとされる表記(スカーサハ、スカジ)で通します。

スカーサハ(Scáthach;スカサハ、スカーハ):
アイルランドの伝説における女戦士。アルバ(スコットランドのこと)、またはスコットランドはヘブリディーズ諸島のスカイ島に住むとされ、クー・フリンに修行をつける。名前は「影」の意味を持つ(ちなみにしばしば「影の国」に住むと言われるが、「影の国」なる言葉は恐らく原典に出てこない)。

スカジ(Skaði;スカディ):
北欧神話における霜の巨人(ヨトゥン)にして狩りなどの女神。名前は「影」の意味を持つ。地下世界との関わりを持つ可能性がある。

共通項は性別が同じで、名前が似ていて「影」の意味を持つ、異界の女神らしい、くらいですね。

追記:スカジの名前は、Wikipedia(英語)には語源的に遡り「影」を意味するとありますが典拠が挙げられていません。一方、谷口幸男訳『エッダ 古代北欧歌謡集』(昭和48年、p. 58)によると、「傷つくる者」とのみあり、矛盾があります。J. P. Mallory, Douglas Q. Adams, "Encyclopedia Of Indo-European Culture" (1997, p. 312) にも、普通名詞skaðiに「傷」の意味が挙げられています。典拠が挙げられていない以上、「傷」の意味の方に妥当性があります。いずれにしろ、専門外のことなので不確実です。ご了承ください。


2.バーバラ・ウォーカー『神話・伝承事典』

この「スカサハ=スカディ」説の初出はバーバラ・ウォーカーの『神話・伝承事典 失われた女神たちの復権』(大修館書店、1988年[1983])というのが有力です。それではこの中の"Skadi"(スカジ)の項目を見ていきましょう。

「『破壊者』の相を示す、ケルト=チュートン族の女神」「ケルト族の間では、スカディはスカハまたはスカトと呼ばれた」(p.745)

え、これだけ? どうやらこれだけのようです。根拠らしい根拠は特にありません。しかしこれで終わりでは何もわからんので、ウォーカーの思想を考慮しながら、記述から根拠を推察してみます。

根拠(多分):
1.名前が同じ「影」を意味する
2.どちらも地下の女神

え、そんだけ? しかしどうにもこれ以外に見当たらない。なお、スカーサハは別に地下の女神じゃないし、スカジもその可能性が指摘されているだけにすぎません。つまるところ、名前が似てるというところだけですね。

(ちなみにこの項目を読むと、スカーサハ=スカジ=カーリー=カリアッハ=ペルセポネだそうです。特に根拠らしい根拠は書いてません。それ、どうやって証明するの……?)


ちょっとこいつ大丈夫か、と思ったので別のところも見ていました。それが次です。アイルランドの神々、"Tuatha Dé Danann"(トゥアサ・デー・ダナン)の項目。

「『女神ダナの民』の意。アイルランドにおける初期の開拓者で母権制社会を営み、(中略)ダナ、ダヌ、アナ、ディナ、ディアナやその他のこれに類似した名前は、デーン人、ケルト人、サクソン族や、ヨーロッパおよび中東の他の多くの部族が崇拝した、アリアン族の太女神のことを指した。」(p. 807)

これで全文。いや、あの、根拠は……? というかまずトゥアサ・デー・ダナンは「母権制社会を営」んでないし、「初期の開拓者」って言っても神話の話ですよ。まるで歴史と神話の区別がついてないように見える書き方ですが。それに、それらの類似した名前が全部同じ女神を指してるって、無茶でしょ。さらに、トゥアサ・デー・ダナンの名前を「『女神ダナの民』の意」と書いてますが、「女神ダナ」の存在と関連は確定的な説ではありません。それを断言的に書いている、というのもアヤシイ。

また、この「女神ダナ」について、ウォーカーは以下のようなことも書いています。以下要約。

「トゥアサ・デー・ダナンの名祖女神ダヌはダナ、アヌ、ディナ、ディアナと同じだよ!」(根拠なし)
「デンマーク人もアイルランド人も同じダナって女神を崇拝してたよ!ロシア人はデニッツァって呼んでたよ!」(根拠なし)
「ダヌはアイルランドの運命の三女神(モーリーグ)を主導してたよ!」(根拠なし)(「モーリーグ=運命の三女神」も根拠なし)
「ダヌは今はドンという男神になってるよ!」(根拠なし)(確かにドンは死者の神だが、ダヌ=ドンは無理でしょ)(ウェールズのドンと勘違いしてんじゃないの?)


3.バーバラ・ウォーカーとは何者なのか

このような資料に束縛されない斬新な解釈で我々の想像力と自制心を刺激してくれるこのバーバラ・ウォーカーという人は何者なのかというと、フェミニストであり、フェミニズム研究者のようです。ネオペイガニズムの観点から神話を解釈しており、神話研究者ではありません

その思想は、どうやら新石器時代にはインド・ヨーロッパ地域は全て母権的社会であり、「太女神」なるものを崇拝していた、というもののようです。そして彼女の解釈は、今まで見てきたように、全てその「『太女神』理論を支持するように神話を書き直す」ために行われているのです(引用は英語版Wikipedia, "Barbara G. Walker"より)。要するに意図的な誤読、牽強付会の説、と呼んでよいでしょう。

もう一回強調しておきますが、別に「こんなトンデモを引いてくるゲームはクソ」とか言いたいわけではないですよ。エンタメは面白ければ正義。むしろいかに巧くウソをつくか、が伝奇もののキモですので、トンデモでも何でも混ぜて料理した方がいいのです。ただ、事実と虚構の区別はつけておきたい、というのが私の考えであります。


4.メガテンからの影響?

さて、この説の妥当性については十分把握したところで、FG○がこの同一視を採用したのはどのようなルートからか、という点に話を移しましょう。どうやら制作陣は「真・女神転生」(メガテン)シリーズの影響を多分に受けているそうです。今回のこれもメガテンからではないか、ネットでは言われています。「真・女神転生Ⅲ」(2003年)には、以下のように既に見られるそうです。

・仲魔のスカアハ(スカーサハ)がスカディ(スカジ)に進化する
・「本作では、アイルランド女神の戦女神スカアハの親族とされたため、影の化身に描かれた」(『金子一馬画集Ⅲ』、2008年、スカディの項)

このように、あくまで「本作では」と一線を引いた形で、スカーサハとスカジを同一視したということのようです。

この「スカーサハ=スカジ」説は、新紀元社の「Truth in Fantasy」シリーズ『女神』(高平鳴海・女神探究会著、1998年)にも掲載され、そこからさらに広がったという指摘もあります(未確認)。「真・女神転生Ⅲ」にもそこから入ったのかもしれません。


追記:F○teシリーズではスカーサハの弟子であるクー・フーリン(クー・フリン)が北欧のものである「ルーンの魔術」を使い、また同じアイルランドの英雄ディルムッド(ディアルマッド)の槍にもルーン文字が刻まれているとのことで、アイルランドでルーン文字が使われていることの理由づけというのも、「スカーサハ=スカジ」説の採用の目的ではないか、とのご指摘をいただいました。


5.結語

エンタメ作品は面白さのために虚実取り混ぜて作るので、気を付けましょう。特に神話関係はスピ系とかネオペイガニズムとかで資料に束縛されない斬新な解釈が蔓延っており、それを批判能力のない人が真に受けてインターネットにアップして、それを見た人が……という誤解の再生産が起こっているのが現状です。

エンタメから神話に興味を持つのは大いに結構です。私も最初に読んだのは神話の原典とかではなく再話ものであり、興味の入り口としてこれほど適したものはありません。

しかし、エンタメ作品を通して神話に詳しくなろうというのは無理筋です。なぜならば、作っている側は事実だけに基づいて作るわけではないからです。それらの虚実を識別するのは、専門的知識がなければ不可能です。まかり間違ってもそれらを「神話に関する信頼できる情報源」とは誰も呼ばないでしょう。神話を知りたければ、そのために書かれた本を参照するのが最も良いのです。

ですが、問題は信頼できる本が少なく、しかもどれが信頼できるのかすら、自力で判断はできないということです。割と地獄めいた状況ですが、一朝一夕でどうにかなる話でもありません。とりあえず私はできるだけ正確を期して書き、また信頼できる本を発掘してリコメンドしていきたいと思います。なんだか暗くなってしまいました。今回はこの辺で。


参照文献:
バーバラ・ウォーカー、青木義孝他訳、『神話・伝承事典 失われた女神たちの復権』、大修館書店、1988年[1983]
谷口幸男訳、『エッダ 古代北欧歌謡集』、新潮社、昭和48年
J. P. Mallory, Douglas Q. Adams, "Encyclopedia Of Indo-European Culture", Fitzroy Dearborn Publishers, 1997.
Skaði - Wikipedia, https://en.wikipedia.org/wiki/Ska%C3%B0i, 2018/7/31

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ケルト神話翻訳マン
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