サバンナにキョンシーは跳ばない
昔から、物の名前と顔が一致しない。
ザッハトルテのアイスを食べた。チョコレートのケーキのイラストが描いてあったから、おそらくそれが、正しいザッハトルテなんだろう。
しかし、私の中のザッハトルテのイメージは、巻き毛にエリマキトカゲみたいなブラウスを着た作曲家なのである。
多分、ベートーヴェンやシューベルトと並んで、音楽室に肖像画が飾られている。(いない)。
おそらく、「ザッハ」の部分と、「バッハ」が混同しているせいだと思われる。
同様に、私は、キョンシーを、ワラビーやカンガルーの仲間だと思っていた。
私が知っているキョンシーの情報は、「手を前に伸ばした状態で、ぴょんぴょん飛んで移動する」という、一点のみ。雑にもほどがある。
私の頭の中には、カンガルーのお母さんがぴょんぴょん跳ねながら移動する映像が浮かぶ。ああ、なるほどね、あんな感じかあ。
間違えた情報がインプットされたまま大学生になった私は、真実を知ることとなる。
何かの話の流れで、キョンシーが出てきたことがあった。当然、私の脳内には、カンガルー的ななにかが浮かんでいる。
「あー、あれでしょ!手のばして、ぴょんぴょんするんでしょ!」
キョンシーくらい知ってますけど、何か?というテンションで話に乗っかる、あわれな私。
「そうそう、頭におふだ貼っててさ」
友人の言葉をきき、ちょっと雲行きが怪しいことに気づく。さすがの私でもわかる。カンガルー的なアレは、頭におふだを貼らないぞ。
「ちょっと待って、キョンシーって、ワラビーみたいなやつじゃなくて?」
私の間抜けな発言に、きょとんとする友人たち。
「ぽん子、キョンシーって、あれだよ。中国のおばけみたいなやつだよ」
「あれか?ゴーストバスターズみたいな?」
私の頭の中には、禁止の標識から顔を出す白いオバケのイラストが浮かぶ。
「それじゃなくて、チャイナ服でさ」
チャイナ服?誰だよ。私の知ってるキョンシーじゃないぞ。
全く映像が浮かばないまま、私はごにょごにょと言い訳をする。
「手を伸ばして跳んでくるって言うからさあ」とごねる私に、友人たちは大笑いだ。
あー、やだやだ。思い浮かばないだけで、まだまだ勘違いの種が眠っている気がする。
だいたい私は、なんにしたって雑なのだ。適当なイメージで分類するからこんなことになる。
とにかく、ザッハトルテはお菓子だし、キョンシーはおばけ的ななにかだ。それだけは覚えた。
私の知らない場所でこっそり育った勘違いの種が、ある日芽吹くときが来るんだろうか。
できれば、一生気づかずにいたい。
いつか来るかもしれない恥の瞬間に怯えつつ、今日の話は終わりにしようと思う。また明日。