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【対談】周防正行監督×角川歴彦(後編)~メディアは検察の悪口は書けても、裁判所批判はできない!?
前編はこちら
法律は解釈や運用を踏まえて、改正し続けることが大切
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周防 法制審議会でもう一つ気づいたのは、法律って解釈と運用でいかようにもなってしまうということなんですね。
会の顧問だった松尾浩也先生は、刑事訴訟法は、取調べや供述証拠に過度に依存することを想定して作られてはいないんだよと。
今のような刑事司法を招くために法律が作られたわけではないのに、結果としてそうなっているのが悲しい、とおっしゃったんですよね。
その時に法律は解釈と運用だから、間違った解釈と運用が起きたときには、それを正す法改正をしていかなければいけないんだと気づきました。
例えば取調べの録音録画も、逮捕後の被疑者の取調べが録音録画されるんだったら、逮捕する前、任意のときにギュウギュウやって自白させればいいっていう発想になっちゃう。
角川 だったら任意取調べも録画しなきゃいけないですね。
周防 逮捕前から全ての取調べを録音すべきだし、参考人も、僕はそれに加えて、被害者の事情聴取も、録音すべきだと思ってるんですね。
ですから新しい法律を作っても、決してそれでお終いではなく、法律一つ一つがどう解釈されて運用されていくかを確認していくことが、本当はポイントなんだと法制審を通じて思い知らされました。
人質司法を裁判所に問うことの意味
周防 あともう一つ、一般市民が今の裁判をどう見るかっていうところで、全く違うだろうと思ったのは、角川さんが釈放されて、車椅子姿がニュース映像に流れたときに、僕はもうなんてひどいことするんだ、これが日本の刑事司法の最悪な部分で本当に気の毒だって思って見たんですけど、
多分、多くの市民は、悪いことやったやつを、なんでまだちゃんと事実もわからないうちに釈放するんだと思って見てたと思うんです。角川さんの姿を見て、本当にこれがひどい現状だと認識をする人は少ないだろうって。
角川 残念ながら「被疑者の人権」を認める国民は絶対少数派ですね。
周防 それがまずいから僕は『それでもボクはやってない』を作って、裁判というのはどういうものなのか——あの映画は実は刑事手続きを全て見せるっていうのを自分に言い聞かせて作ったんですね。
そういうのを見て「勾留されるってことがどれくらい人権侵害なのか」と、そういうことで多くの人に裁判を知ってほしいという願いがあるんですけど、そこになかなか届かないんです。
だから今回の人質司法の裁判っていうのは、本当にマスコミが一部始終をきちんと伝えてほしいと思うんですよ。
角川 そのために『人間の証明』を書きました。
周防 読ませていただきました。
本当に酷いことが行われていて怒りに震えました。
人質司法を裁判で問うということは、勾留は裁判所に責任が半分以上あるわけですから、これは共犯者に問うっていうことですよ。
裁判所に「あなたたちのやっていることは人質司法ですよ」って突きつける裁判です。
この重要性を多くの人に理解して欲しくて、本当にマスコミにきちんと細かく報道してほしいと思っています。
メディアは検察の悪口は書けても、裁判所批判はできない!?
周防 そしてメディアは裁判所批判を恐れないで欲しいですね。
僕がこの裁判変だなって思う事件って、いろんな新聞社の人たちもずっと追いかけていて、よく傍聴席で顔を合わせるんですよ。
でもその事件が有罪で終わると絶対記事にならないんです。
僕は「こういう疑問があってずっと傍聴したけど、結果は有罪になった」っていう記事でも立派に成立すると思うのに、何で書いてくれないのって言ったら、新聞社としては直属のデスクが許さないと。
あるドキュメンタリストに聞いたら、再審事件を企画した時に、必ず上に言われるのは「本当に無罪になる確信あるんだな」と。
つまり裁判所が有罪としたら、その取材はボツになるということです。
それは裁判取材で本当に不満に思うところです。
マスコミには事実は事実として伝えるっていう姿勢を崩さないで欲しいです。
検察の悪口は書けても、裁判所の批判をすることはどこかで遠慮しているっていうのはずっと感じているんです。
角川 今監督がおっしゃった、裁判所が問題になるという見識はすごい点ですよ。僕はそこに行き着く人は少ないと思います。どうしても検察になる。
この間、朝日新聞の調査で検察庁の信頼度についてのアンケートがありましたけど、最高裁の裁判官は国民審査がありますけど、地裁高裁を含めた裁判官に関しては評価ってないですよね。やはりここには忖度らしきものがあるんでしょうね。
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裁判所を開かれた場所にするために
周防 でもこの前の総選挙ときの最高裁判事の国民審査、徐々に不信任の数が増えているというのは社会的変化を感じますよ。
角川 僕は今最高裁は変わろうとしているんじゃないかって思うんですよ。
去年の「宮本から君へ」の助成金取り消しを、表現の自由の趣旨を踏まえて違法だと言った最高裁は、僕はやっぱり半歩から一歩踏み出したと思っています。今は昔と違って、国民の目が注がれているのは事実ですよ。
周防 ドラマを見ても、悪い裁判官がいるっていう描き方は普通に作られるようになっていますし、裁判所とか裁判官自身も今までと違う流れを感じていると思うんです。
だから本当に今はチャンスだと思うんです。裁判所をもっと開かれた場所にするターニングポイントを作らなきゃいけない。そこでこの人権裁判ってすごく大きいと思います。
角川 僕は大川原化工機事件の亡くなった相嶋静夫さんの話は、人ごとじゃないんですよ。
自分がああなってもいいっていうところまで追い詰められたんですよ。
幸い弁護士の弁護団の努力で保釈されて、それで相嶋さんの死を見てですね。自分が出てこられたから相嶋さんの死が泣けてくるし、裁判官が23人関与しながら、最後まで釈放しなかったわけですよね。この裁判官にヒューマニズムが、人権人道主義がないっていうことが、恐ろしいなと僕は思いましたね。
周防 法制審で話しているときも、裁判官の委員の人たちは20日間勾留するっていうことの重さを、彼ら自身がわかっていないと感じました。
彼らにあるのは真相解明なんです。
真相解明のためには、そんな日数じゃ済まない、もっと必要だと思っているんじゃないかっていうぐらい、人の自由を奪うことについての想像力が裁判官自身にないんですよ。
僕、法制審の休み時間に、一人の裁判官に
「あなたは村木さんの件だって、あれは人質司法じゃないって言えるんですか」って言ったら
「あなたは今村木さんが無罪になってここにいるからそういうことが言えるんだ」と。
「あの当時の判断としてあれは正しい。勾留を認めるのは当然のことだった」って言うんです。
その返事を聞いた瞬間に僕は裁判官も有罪推定なんだなって思ったんです。
要するに無罪かもしれない人を勾留するってことについて「でも有罪だったらどうするの」っていう気持ちがあるんだなと、ショックでした。
社会権を奪う保釈は、形を変えた人質司法
角川 推定無罪っていうのが、こんなに空念仏だというのがね、僕は不思議なんですよ。
僕は今角川文化振興財団の名誉理事みたいなもので、これは有罪が確定するまでは理事でいいので、これが普通だと思うんです。
でも他に三つぐらい頼まれ理事をやっていて、迷惑かけちゃいけないと思って拘置所の中から退任届けを出しました。
保釈されても、拘置所に入れられたことが社会的立場を放棄するということになるんですね。
だから社会権、法律の世界の社会権というのは僕が今口にしてる社会権とはちょっと違うかもしれませんが、保釈も僕は形を変えた人質司法だと思っているんです。
周防 保釈条件がすごい、いろんな条件付けられたそうですね。
角川 社会的存在であることを自分から辞退しろというのが保釈条件だと思うんですよ。
パソコンもスマホも持っちゃいけない(註)。それからGPSをつけられる人もいる。GPSはデジタル足かせですよ。
僕は1泊2日までは許されているけど2泊以上はできないし、海外に行くこともできない(註)。財団の仕事でも海外の場合、行けないんですよね。
(註) この対談後2024年12月4日に保釈条件の変更があり、携帯電話とパソコンの使用が全面的に認められ、旅行も3泊4日までは認められた
今財団でバチカンと仕事をしていて、あなたは功労者の1人だと表彰してくれたんですけどイタリアは行けないんだなって。
当たり前に自分からしようとしてる仕事はしちゃいけないんですね。ずっとブラブラしていろということですよ。
僕は保釈されても社会権を失っているんです。
ですから社会権を失ってる人間がここまではできるんだっていうことを示したいって思って。ベンチャーとして会社を興すのは保釈人として許されるのかなと。
周防 それは保釈条件にないんですよね。
角川 会社を興すことは極めて社会的な行為なので、ものすごくハードルは高いと思っているんですけど、あえてそうするというところが僕にあってですね、80才からのベンチャーをぜひ成功させたいと思います。それを見守っていただきたいと思っています。
今日はどうもありがとうございました。
映画監督:周防正行(すお・まさゆき)
プロフィール
1956年生まれ。東京都出身。
1989年、本木雅弘主演『ファンシイダンス』で一般映画監督デビュー。修行僧の青春を独特のユーモアで描き出し大きな話題を呼び、再び本木雅弘と組んだ1992年の『シコふんじゃった。』では学生相撲の世界を描き、第16回日本アカデミー賞最優秀作品賞をはじめ、数々の映画賞を受賞。
1996年の『Shall we ダンス?』では、第20回日本アカデミー賞最優秀賞13部門独占受賞。同作は全世界で公開され、2005年にはハリウッドリメイク版も制作された。
2007年公開の『それでもボクはやってない』では、日本の刑事裁判の内実を描いてセンセーションを巻き起こし、キネマ旬報日本映画ベストワンなど各映画賞を総なめにし、2008年、第58回芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。
2011年6月に発足した法制審議会「新時代の刑事司法制度特別部会」の委員に選ばれる。2016年、紫綬褒章を受章。2019年より「再審法改正をめざす市民の会」共同代表としても活動。最新映画作品は、映画がまだサイレント(無声)だった大正時代に大活躍した活動弁士たちを描いた『カツベン!』(2019年公開、第43回日本アカデミー賞優秀監督賞他受賞)。現在、総監督を務める、1992年公開の映画から30年後の教立大学相撲部を描くドラマ「シコふんじゃった!」が、Disney+にて配信中(全10話)。
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