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【対談】周防正行監督×角川歴彦(前編)~法律は変わっても、人は変われない
刑事裁判を描いた映画『それでもボクはやってない』
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角川 周防監督は『シコふんじゃった。』や『Shall we ダンス?』など、ずっとエンターテイメントを追いかけてらっしゃいましたけれど、その後『それでもボクはやってない』で痴漢事件の裁判を描いて話題になりました。
ずいぶん重いところにはまっちゃったなという印象ですが、これはどれくらい取材されたのですか。
周防 2003年に取材を始めて公開が2007年ですから、4年ですね。作っているときから、これはライフワークになるだろうなと思ってやっていました。
僕は結局、日本人を描いていくんだなっていう自覚を『Shall we ダンス?』くらいで強烈に持ったんです。その国の法律は国の考え方を表しているものだから、日本っていう国を考えるには、法律から見るっていうやり方もあると思いました。
角川 そういう方がこうやって司法を自分の問題として、とりくんでいただいているのは、ありがたいと思います。そうですか、2007年だったんですね。
周防 はい。あれで一応、痴漢事件では否認しているという理由で勾留することはなくなった、と言われていますが、裁判自体はあまり変わっていないみたいです。
角川 そうなんですか?
周防 痴漢事件って毎日起きています。だけど、被害者が現行犯逮捕することで初めて事件が認知される。だからかどうか分かりませんが、警察も検察もきちんと捜査することなく、被害者証言のみで立件に向けて突っ走り、裁判官もまた被害者供述に寄りかかって有罪判決を書く。この構造はあまり変わってないんですよ。
角川 僕なんかから見ると、留置場に男性がいきなり連れていかれるっていうのがなくなっただけでも、もう大変な進歩だと思うんですけどね。
周防 僕は基本的に人が人を裁くのは非常に難しいことなので、冤罪はギリギリのところで致し方なく起きてしまう特別なケースなのだとずっと思っていたんです。
でもある時新聞で、痴漢事件で東京高裁逆転無罪っていう記事を見て、疑わしきは被告人の利益にとか、裁判は客観的証拠に基づいて判断されるとか、そういうことが全く当てはまらない裁判が行われているということを知って驚きました。
日本の刑事裁判は、僕が信じているような形で行われているのか疑問が生じて、それでその痴漢事件で逆転無罪になったご本人やご家族、ご友人、弁護団の人に会ってお話を聞き、すぐに色々な裁判の傍聴も始めて、刑事弁護をやっている弁護士の方たちにも取材したんです。
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最初に驚いたのは、弁護人も裁判官も全ての証拠を見ているわけじゃないということと、否認しているだけで勾留が続くことです。
当時の痴漢事件では被害者尋問が終わるまで、大体100日から200日勾留されることを知って本当に驚きました。サラリーマンなら、まず解雇でしょう。
弁護人によってはその刑事裁判の厳しい現実を被疑者に伝えて、裁判を闘えば1年くらいはかかり、結局有罪になる確率は99%。今、すぐに罪を認めれば、当時だと迷惑防止条例違反で罰金5万円でしたから、5万円払えば会社にも知られることなく社会復帰できる。どうしますかと。それで被疑者がやってもいないのにやったって言う。そりゃ、そうですよね、この裁判の現実知ってたら、嘘の自白するって無理ないなと。
だから殺人事件とかの冤罪だけじゃなくて、軽微な事件の冤罪って実はすごく多いと思います。
そんな日本の刑事裁判の現実を伝えたくて映画を作りました。あの映画のテーマは、刑事裁判そのものです。人質司法とか、証拠開示とか、調書裁判が人質司法を生んでいるとか、そういうことを伝えたかったです。
角川 供述調書至上主義ですね。
周防 自白があれば有罪っていう長い歴史があって、裁判官も調書を読んで判断するから、検察も立派な自白調書を作るために、取調べをするわけです。僕を含めた一般市民は、真相に迫るために被疑者の言うことをきちんと聞いて、証拠と照らし合わせて検察が判断していると思っているけれど、実は被疑者に自分たち検察官が思い描いている事件の真相を言わせることが取調べと呼ばれているものなんです。
事件は裁判で解明されるべきものなのに、日本ではそうなってない。全てが取調室で決まるんです。そのことに本当に驚きました。多くの人がそれを知れば、人質司法のおかしさは、すぐ伝わると思います。
法務省公式見解「人質司法などと言われる事実はない」
周防 村木厚子さんの冤罪事件をきっかけに、2010年に検察の在り方検討会議が設けられ、2011年に「検察の再生に向けて」と題した報告書がまとめられました。それを受けて、当時は民主党政権でしたが、江田五月法務大臣が法制審議会「新時代の刑事司法制度特別部会」を立ち上げました。そのとき日弁連が、僕が『それでもボクはやってない』を作ったこともあって、有識者枠で推薦してくださったんですね。
角川 日弁連なかなか粋な選定をしましたね。
周防 僕もびっくりしちゃって。法律の専門家に僕みたいな素人が加わっていいのかという思いと、逆に一般市民も加わって通った法案だからという、正当性を主張するための道具に使われるんだとわかりつつも、僕が疑問に思っていることを司法のプロに聞いたときに、納得できるような回答は得られるのかという興味もあって、お引き受けすることにしたんです。
僕は、人質司法と証拠開示の問題と、調書裁判、この三つは絶対に彼らに突き付けようと思っていたんですが、一番驚いたのが人質司法です。
僕や村木さんが人質司法に関しての議論を提案したときに、彼ら——法務省、裁判所や、検察庁を代表する人たち——が何て言ったかっていうと
「人質司法などと言われる事実はない」。そして
「私達は刑事訴訟法にのっとって適正に判断して、勾留をしている」って言われたんですね。
「人質司法」の議論はそれでおしまいです。呆れました。
その法制審議会の最大のテーマは「取調べの録音録画」でした。その点については、検察不祥事がきっかけの会議ですから、法務省も全く認めないわけにはいかない。ただし、なるべく今までのやり方を堅持したい。そこで法務省は、全事件での録音録画をすべきだという村木さんや僕ら一般有識者を説得するために、裁判員裁判対象事件や検察の独自捜査事件については、全ての取調べを録音録画しますと言い出しました。
全事件で録音録画できない理由としては、取調べに支障が出るとか、経済的に全ての取調室に録音録画の機材を設置することはできないとか、そんなことでした。ただし、そのときに村木さんたちと話したのは、「あ、これで逮捕前の任意取調べの自白強要が増えるな」と。逮捕しちゃうと録音録画。だったらその前に決着をつける——それは想像していました。
そして今驚くのは、逮捕後の取調べであっても同じように違法な取調べの録音録画が残っていることです。つまり、カメラがあっても自分たちのやり方を変えなかった。これは、自分たちのやり方は正義で、違法だなんて微塵も考えていないということでしょう。ここまで酷いとは思ってもいませんでした。
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法律は変わっても、人は変われない
角川 法律が変わったからといって、人は変われないんですよね。
周防 そうですね。司法の世界の中にいる人は、自分たちのやってきたことが常識になっているので、だからこそ外から言わないとだめだと思うんです。
どんな専門領域でも、専門家だからわかることがある代わりに専門家だから気がつかないこともある。これは当たり前のことです。だからもう少し謙虚になってほしいんですよね。
角川 組織を温存するという力の前では個人というものが、変われないということですね。
無罪確定後の袴田さんへの検察の対応も、あれだけ大きく新聞に出て、テレビで報道されているのに、検事総長があの程度のことしか言えないんですからね。
周防 僕は、刑事司法について取材している間に、それが日本社会の持っている特徴なのかなと思いました。
日本は内部告発者に冷たい社会じゃないですか。公共のために発言した人が組織を裏切った、仲間を裏切ったと言われて、その後不幸な目に遭うのを何件も見てきたわけです。
検察や裁判所という組織の中で育っていく中で、組織に認められたいという個人的な感情が、公共っていうものから乖離していくんでしょうか。
これは日本の組織と個人のありようという、日本社会にずっと蔓延っている問題なのかなと思いますね。
角川 今の話で組織の問題とそれから公共の問題の二つをおっしゃったと思うんです。組織については保坂正康さんが、日本人は反省できない民族だと。敗戦も軍人の中から反省がない。そういう組織っていうのは、全てが許容されてしまって反省に至らないということをおっしゃっていて、それを僕は今回実感したんですね。
それともう一つ公共はですね、憲法の基本的人権の条文中に公共の福祉という言葉が入ってるんですよ。基本的人権、せっかく立派な憲法を作ったのに「公共の福祉に反しない限りで」という余計な文章が入っていて、一番大事にしなきゃいけない基本的人権を、公共の福祉という言葉が侵害してもいいですよ、って言っているように読み取れるわけですよね。
周防 公共の福祉が権力者にとって都合よく解釈されるんですよ。その前に公共とは何かっていうことをもうちょっと日本人は考えるべきだと思うんですけどね。
角川 常に公共という言葉が使われるんですけど、公共って言葉が定義されていないんですよね。そこが国家や組織の介入が許容されるところで、僕も公共という化け物を極めたいと思っていたんですけど、今日監督のお話を聞いて、確信が持てました。
【対談】周防正行監督×角川歴彦対談(後編)に続く
映画監督:周防正行(すお・まさゆき)
プロフィール
1956年生まれ。東京都出身。
1989年、本木雅弘主演『ファンシイダンス』で一般映画監督デビュー。修行僧の青春を独特のユーモアで描き出し大きな話題を呼び、再び本木雅弘と組んだ1992年の『シコふんじゃった。』では学生相撲の世界を描き、第16回日本アカデミー賞最優秀作品賞をはじめ、数々の映画賞を受賞。
1996年の『Shall we ダンス?』では、第20回日本アカデミー賞最優秀賞13部門独占受賞。同作は全世界で公開され、2005年にはハリウッドリメイク版も制作された。
2007年公開の『それでもボクはやってない』では、日本の刑事裁判の内実を描いてセンセーションを巻き起こし、キネマ旬報日本映画ベストワンなど各映画賞を総なめにし、2008年、第58回芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。
2011年6月に発足した法制審議会「新時代の刑事司法制度特別部会」の委員に選ばれる。2016年、紫綬褒章を受章。2019年より「再審法改正をめざす市民の会」共同代表としても活動。最新映画作品は、映画がまだサイレント(無声)だった大正時代に大活躍した活動弁士たちを描いた『カツベン!』(2019年公開、第43回日本アカデミー賞優秀監督賞他受賞)。現在、総監督を務める、1992年公開の映画から30年後の教立大学相撲部を描くドラマ「シコふんじゃった!」が、Disney+にて配信中(全10話)。
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