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童話かも、しれない(コブタ大魔王)

「こぶた・だい・ま・おー、お」

 メロディをつけて、黒いスーツにサングラスの男たちが口々に歌うように言い、力強く拍手をした。拍手に包まれた、中心人物、いや、人物というのか、確かに二本脚で立っているが、足はこげ茶のヒヅメがむきだしだ。赤いサンタのような上下の服を着て、手、これもヒヅメの間に挟むように大きな槍を持っていた。黒いマントを羽織って、頭には王冠のようなものをつけた、薄いピンク色のコブタ、だ。コブタは周りの大人たちの中に埋もれるような小ささだが、威厳をもって立っていた。
 「なんだあ、こいつ」
 喝采の声を聞きつけてきたタイチは、声をあげた。学校帰りだったが、何かの応援のような騒ぎを聞いて、いつもは誰もいない、空き地にやってきたら、この光景だったのだ。
 「あ、人間の子だ。だいまお様、いかがいたしましょう」
 集団の一人がタイチに気づき、コブタに耳打ちした。
 「フン、どうせ、こどもだ。ほっておけ」
 コブタの姿をしたヤツは、フンと鼻をならし、タイチをちょっと見たが、さっとマントをひるがえして、
 「さあ、いくぞ」
 その声とともに、コブタと黒いスーツ集団がタイチの目の前から消えてしまった。
 「えー、何だ、何だ、消えちゃったあ」

 「タイチ、おきろよ、目をさませよ」
 声に気づいて目を開けると、ネコのトラタがタイチをのぞきこんでいる。
 「ん、なぜ、トラタなんだ」
 変なコブタと黒い集団が消えて、ネコのトラタがしゃべりかけている。ぼく、夢の中なのかな。空き地に仰向けになって寝ていたタイチは、むっくり起き上がった。
 「ああ、起きた。だいじょうぶか。どうしたんだよ」
 トラタの後ろから、ナカヤマ君がのぞきこんだ。なんだ、トラタがしゃべっているのかと思ったが、ナカヤマ君だったのだ。
 「いやあ、変なもの、見ちゃったんだよ」
 タイチは立ち上がって、背中や足についている砂や土を払った。
 「ぼくが見たこと話しても、信じてくれるかなあ」
 ナカヤマ君も一緒にタイチの土を払ってやりながら、
 「タイチのネコだろ、あれ。ぼくの前に来て、ニャアニャア、鳴いては走り、振り返って鳴いて、って、ここまで連れてこられた。そしたら、タイチが仰向けになってたんだ、一体どうしたんだよ」
 「うん、それがねえ。変なもの見ちゃったんだけど・・・信じてもらえるかどうか」
 タイチは少しためらいながら、
 「あのね。黒いスーツの集団が、コブタの格好をした者を”大魔王“って呼んでいて、そのコブタがしゃべったら、一瞬のうちに皆消えちゃったんだ。驚いた途端、目の前が真っ暗になって」
 ナカヤマ君は、ちょっと真面目な顔で、
 「そうか、タイチも、見たのか」
 そうつぶやいた。えー、ナカヤマ君、なんだなんだ、何なんだよ。
 「こぶた・だい・ま・おー、お、だろ」
 さっき聞いたフレーズを、ナカヤマ君が平然と口にした。
 「実は、僕もさっき、学校帰りに、その集団を見たんだよ。そのフレーズを何度も繰り返しながら、目の前の四つ角を横切っていったんだ。だから、行った先を追っかけてみようと、四つ角まで走ったんだけど、消えてたんだ。何なんだろう、あの集団」
 ナカヤマ君の説明を聞きながら、変に冷静になったタイチは、ぼんやり考えていた。
 大魔王っていっても、コブタだって。なんだか間が抜けているなあ。

 「そもそも、なぜ、コブタ、なんだ、まったく」
 コブタの恰好をした大魔王は、不機嫌そうに、横にいる部下、黒サングラスに言った。
 「御気の毒です。コブ、あ、いや、だいまお様。ちょうど、だいまお様の空間移動先になぜだかコブタが走り込んできて、だいまお様の入る先がコブタになってしまいまして。まあ、次の移動まで、ご辛抱ください」
 サングラスで目が隠れているものの、笑いをこらえながら答える部下に、ますます不機嫌になった大魔王は、フンと丸い鼻を膨らませ、ヒヅメの足をタンっと鳴らした。
 「あまり失礼な態度を取ると、おまえのカラダと入れ替わるぞ」
 「ああ、それは残念ですが、出来ません。移動の風が吹くまで、入ったところから出られないんですから。まま、ご辛抱ください」
 また笑い顔を見られてご機嫌を損ねると面倒だと思ったのか、黒サングラスはすかさず、
 「あ、そういえば、先程のこどもですが、しっかり見てしまったんでしょうかねえ」
 うまく話題を変えてしまった。
 「そうだなあ。一応気絶してもらったが、見てたよな。いっそ、消してしまったほうがよかったかもしれん」
 「おお、さすが、悪の大魔王、ですね。邪魔なモノはさっさと消してしまえと」
 黒サングラスは、ちょっとしたタイコモチだ。
 「ん?消すとは、記憶のことだが」
 大魔王は、そう言いながら思案顔、黒サングラスは、ちょっとがっかりした様子で、
 「悪の大魔王っぽく、いきましょうよ」
 徹底的に悪を追求したい黒サングラスにはかまわず、大魔王は、何か考えている様子だ。
 「うーん。何か思い出しそうなんだが、出てこない。何だろう」

 タイチは、ナカヤマ君と消えたコブタと黒い集団を探そうとしていた。
 「トラタが、犬だったらなあ。こういう時にクンクンかぎまわって、”こっちだ”的なサインを出してくれるよなあ。ネコだもんなあ。ダメだよなあ」
 なんだよ、タイチ、気絶していたのをナカヤマ君呼んできたのはボクじゃないか。ダメネコだなんて、ひどいよ。
 小さくどこからか声がしたと思って、タイチが振り返ると、トラタが走り去っていくところだった。
 「あー。まさか、ボクが言ったことがわかっちゃったのかな。なんかトラタが怒ったような気がする」
 タイチがそう言っているそばで、ナカヤマ君は、ブツブツと言っていた。
 「うーん、あのコブタ、なんか見たことがあるような」

 「だいまお様、早く計画を進めましょう」
 相変わらず、考えごとをしているコブタ大魔王に、黒サングラスが、話しかけた。
 「皆、用意ができて待っています」
 黒サングラスと同じようなスーツにサングラスの黒ずくめの男達が十数名、ぶらぶら歩いていたり、横たわっていたり、寝ころんでいたり。どうもスーツを着た大人に似合わない振る舞いだ。
 「どこから集めたんだ。変なやつらばかりだぞ」
 「彼ら、といいますか、私が昆虫採集してきて、スーツを着せました。皆、おとなしい性格なのが問題ですが」
 「虫か?どんな種類の?」
 「イモムシで」
 「だから、ゴロゴロしているのか。行儀悪い、いや、それよりも役に立つのか、こいつら」
 「歌は歌えますよ。ホラ」
 黒サングラスが右腕をさっとあげると、ごろごろしていた黒スーツ集団もさっと立ち上がって
 「こぶた・だい・ま・おー、お」
 全員合唱。コブタ大魔王は、フウンと言って黙った。
 「まあ、こんな集団ですが、とにかく時間も無いことですし、行動開始しましょうよぅ」
 黒サングラスが、少しジレたように言うと
 「よし。仕方ないな、こいつらと行くか」
 コブタ大魔王がマントをバッとひるがえすと、一瞬で大魔王集団が消えた。

 「ほら、これだよ」
 タイチの部屋で、ナカヤマ君が少年雑誌を開いた。
 「あのピンクのコブタの顔が、どこかで見たような気がして。これだよ」
 ナカヤマ君が開いたページは、二等身の体型で描かれるコメディータッチのマンガだ。農村を舞台にしたのんびりモードのマンガには、牛やブタが、人間と同じような体型で出てくる。その中に、確かに似た顔をしたコブタがいた。
 「このマンガだけ、違うよね。次のページからは、普通のアクションものなのに」
 ページをめくっていくと、次のマンガは、黒いサングラスにスーツで決めた、アクションヒーローが載っていた。
 「これ、コブタの周りにいた人達の格好に似ているな」
 タイチとナカヤマ君が顔を寄せて見ている雑誌から、かすかに粉のようなものがこぼれ落ちたのだが、二人は気がつかなかった。
 タイチがつぶやいた。
 「で。結局、彼らは、何者なんだ」

 「やつら、歩いた跡が残るぞ」
 コブタ大魔王は、振り返ってイモムシ部下達の歩く後に黒い粉が落ちるのを見た。
 「イモムシ達に、急いであのマンガのキャラをプリントしたんで、トナーがきちんと付かないうちに引っ張りだしちゃいました」
 大魔王集団は、マンガとか書物のキャラクタをプリントして実体化し、その中に入って現実世界に現れるのだった。今回、まさにタイチの持っていた少年雑誌がかっこいいキャラが満載だったので、この雑誌を選んだのだが、
1ページめくり間違えて、先頭だった大魔王だけ、前の動物マンガのコブタ君に入ってしまった。一旦入るとその時空間では、キャラの取り換えがきかない。仕方なく、大魔王はマント・槍で、体裁を取り繕っていた。
 「さあ、今回の時空間では、どんな悪事で実績を上げましょうか、だいまお様」
 黒サングラスは、大魔王に付いてまわる部下だが、なかなか悪事の功績を残せず、焦っていた。大魔界では何名もの大魔王がいた。彼らは部下を従え、あらゆる時空間に飛び、行った先で悪事をひとつ働くのだが、悪事の酷さ、件数の実績を競わされていた。
 「チャッチャと件数稼ぎましょうよ」
 大きな悪事より多くのいたずら、で件数を稼ぐしかない。黒サングラスは考えていた。
 コブタに入ってしまう程、この大魔王様はドジを踏みやすいが、気位だけは高い。そのため、いつも大勢の「称える集団」をつけて行動しないと機嫌が悪くなるのだ。そのくせ気も弱いところがあって、考えつく悪事も、
 「道を聞いてきた人に、違う場所を教えた」(はずが、聞いてきた当人が方向音痴のせいで道に迷っただけだった)
 「お地蔵の前のお供えものを盗んだ」(のだが、腐った饅頭で逆におなかを壊した)
 「信号の青と赤を付け替えて大事故」(を起こすはずだったが、人も車も滅多に通らない道で、そもそも信号機自体電源が入っていなかった)
 数をこなすわりに、効果が出ないものばかりだった。チリも積もれば、である。こうなったら、もっと小さなコトでもいいので実績を出すしかない。
「おい。いつも焦らせるから、おっきな悪事にならないんだぞ」
コブタ大魔王の方は、急かされるせいで小さな悪事になってしまうんだと、(気が小さいので心の中で)部下のせいにしていた。

 タイチとナカヤマ君は、もう一度雑誌を開いてみた。
「あ、このコブタの周りに、うっすら黒い粉が付いているぞ」
開いた頁では、農園の真ん中で、コブタ君が、ホースを持って「さあ、元気になってもらうよ」と花や草に向かって言うシーンで終わっている。そのコブタの輪郭に沿って、うっすら粉が付いていた。
タイチが1枚、頁をめくると、そこからは黒サングラスの集団が颯爽と立つシーンに切り替わったが、その黒サングラス集団には、もっと黒い粉が残っていた。
「印刷ミス、なのかなあ。でも、前に読んだ時には、粉なんか付いてなかったぞ」
 タイチが言っているそばで、ナカヤマ君が粉を触って、
 「あ、プリンタのトナーじゃないかなあ」
黒くなった指を嗅ぎながら言った。
 「プリンタの粉と、あの集団って、どんなつながりなんだ。さっぱりわからない」
 二人とも、謎が解けない。
 「やっぱり、探すしかない。きっと、また近所のどこかに現れるよ」
 「そうだな、今度こそ、正体を突き止めてやるぞ」
 勇敢な気持ちが芽生えたのは少年雑誌の影響か。何やら冒険みたいだ。二人は正体不明の集団を探そうと、外に飛び出していった。

 「だいまお様、なんだか焦げ臭いですよ」
 町を練り歩いていた大魔王集団だが、黒サングラスが、突然、クンクンと鼻を嗅いだ。
 そこは住宅街だったが、日中でもあり、通りには大魔王集団以外、人がいなかった。逆に人がいないところを選んで、大魔王は移動していた。コブタの姿は、恥ずかしいのだ。それよりも、ブタが人間のように歩くのを見られて騒がれるのを警戒したほうがよいのだが。どちらにしても、人目に付かないようにして、悪事を探していたのだった。
 「うむ、確かにモノの燃えるような臭いがするぞ」
 コブタの姿なので、丸い鼻をピクピク動かしながら嗅ぐ大魔王に、黒サングラスは笑いを必死にこらえていた。
 「お、あの家の窓から煙だ。火事だぞ」
 臭いのするほうに近寄っていた大魔王が、火事になり始めているのを見つけた。
 「火事ですか。お、やりましたね、今回は簡単になってしまいますが、悪事おこせますよ、だいまお様」
 黒サングラスは、目の前の、"火事なりかけ"を見て喜んだ。
 「だめだ、だめだ。コトを起こす前から火事になっているじゃないか」
 大魔王は、首を振ったのだが、黒サングラスは、あきらめず、
 「大きな火事にしてしまえば、だいまお様の悪事になりますよ」
 大魔王の手柄にしてしまいたがった。
 煙の後ろの方がちらちらしている。火らしきものが見え隠れしていた。

 「あ、あそこに黒サングラスとブタの集団がいたぞ」
 走りながら、ナカヤマ君が指さす方には、コブタ集団、その近くで煙が上がっていた。
 「あいつら、火事を起こしたのか」
 タイチも追い付き、住居から煙が上がっているのを見た。黒サングラスに何か言われたコブタが、フフンと鼻をならして槍を煙に向けていた。
 「そうですよ、だいまお様。爆発でもさせてもっと大事件にしちゃいましょうよ」
 コブタ大魔王が、槍を持ちあげたので、黒サングラスは勇んで働きかけていた。
 槍を持ち上げ、ターゲットの煙の出ている家に向けた時、ふと庭に転がったジョウロが大魔王の目に入ってきた。
 「あ、思い出したぞ、“元気になってもらうよ”の後に、”ほぅら、オミズだぞ”だ」
 え、なんなのだ。隣の黒サングラスはもとより、やってきたタイチとナカヤマ君も唐突な発言に驚いた。
 「元気に…って、あの雑誌のコブタのセリフだ」
 気が付いたタイチだが、それを聞いた黒サングラスは、頭を抱えた。
 「ああ、またプリントしたキャラの意識まで印刷してしまったのか、あ、まずいぞ」
 黒サングラスが言い終わらないうちに、槍から光線のようなものが一直線にジョウロに当たり、ジョウロが一気に空高く跳びあがった。そこでムクムク巨大化して、家よりも大きなジョウロとなった。巨大ジョウロがざっと傾いた。火が上がり始めていた家の真上から、ゲリラ豪雨よりも激しい滝のような水が振りかけられ、一気に鎮火してしまった。
 「ああ、ああ」
 当人である大魔王も、黒サングラスも、呆気にとられた顔だった。家は、シュウシュウと煙を出していたが火は完全に消され、庭には、元の大きさのジョウロが転がっていた。
 「すごい、すごいな、あのコブタ…」
 ナカヤマ君の声をかき消すように、
 「こぶた・だい・ま・おー、お。悪事を達成、タ、ッ、セ、イ、シ、マ、シ、タ」
 先程から何もしないで立っていただけの黒集団が一斉に合唱した。
 「ああ、ダメだ、ここで達成コールしちゃダメだ。悪事の達成どころか、逆だ。イモムシ集団じゃあ、善悪も判断付かないかあ」
 黒サングラスが慌て始めたが、雲がにわかに立ち込めて、紫の光が地面に指し込んだ。
 「達成受けました、委員会で審査します」
 空の方から声がしたと思ったら、一人の白装束の男性がいきなり現れた。
 「悪事判定ですが、今回、どう見ても善の実行です。大魔界委員会では、善の実施は処罰、お仕置きと決まっています」
 白装束の男性が静かに言うそばで、黒サングラスは取り乱して、
 「すみません、委員長、先程間違って達成コールしてしまったんで。もう一回、この世界で悪事のチャンスを…」
 黒サングラスが言うのにかまわず、白装束は、すっと消えてしまった。
 「どうするんですか、だいまお様、どうしましょう、ああ」
 黒サングラスは混乱した様子で、コブタ大魔王にくってかかった。
 コブタ大魔王も茫然とした様子だったが、黒サングラスに言われて、我に返った。
 「フン。お仕置きなんて、たいしたことないさ」
 フフンと、鼻を鳴らした。
 「それよりも、この世界では終了、やっとコブタから離れられるのだ。今度はもっとかっこいいキャラに入るぞ、まったく。。。コブタだったから失敗しちゃったのさ、フン」
 ヒヅメの足をタンっと鳴らして、
 「じゃあ、行くぞ」
 がっくり肩を落とす黒サングラスに、コブタ大魔王がマントをバッとひるがえすと、一瞬で二人とも消えた。その後には、十何匹かのイモムシがモゾモゾ動いていた。

 「結局、あいつら何だったんだろうね」
 ナカヤマ君が、イモムシを棒で突いているタイチに言った。
 「そうだなあ。善いコトをするワルモノだったのかな。
こぶた・だい・ま・おー、お」


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