人間味が溢れた国、マレーシア
そのキラキラした国に住む人々は、おせっかいでおしゃべりで、でもどこか孤独であたたかい。
近代的な景色と、そこに混じり合うごちゃごちゃした中華街やローカルの食べ物、かと思えば緑あふれる公園があって、色とりどりのきれいなスカーフを身に纏う女性たちがぞろぞろと歩く。街の中は英語とマレー語と中国語と。そこは想像していたよりずっと面白く、「世界」がぎゅうぎゅうに詰まった場所だと思った。マレーシアのクアラルンプール。
いつも飛行機の乗り換えで止まるけど、外にでたことはなかった。なにか面白いものがあるのか、ないのかも知らなかった。「食べ物しかない」と、彼氏の社員旅行で一緒にここに来たことがあるベトナム人のミーちゃんが言っていたのであまり期待していなかった。
*
空港からホテルまでの道中で、わたしはすでにマレーシアが好きだと思った。
タクシーのおじさんがわたしに言う。「おれ道弱くて。地図見ていい?」「お姉さん、何日間ここにいるの?」「えっと、たぶん2週間くらい」
「めちゃいいね!でもそれじゃあ足りないよ!」
夜遅くに、ホテルに着いた。受付がしまっているかと思えば、底抜けに明るい鼻ピアスをしたお姉さんが素敵な笑顔で迎えてくれた。「ヤッホー!」驚いたわたしが「受付は何時まで?」と聞くと、「24時間よ、オーマイガー」と変な顔をして見せた。大きな荷物を持っていたわたしに「いいニュースがあるわ。おめでとう、あなたの部屋は1階よ」と言う。「よかった。この荷物を持って階段は無理だもん」「同感、わたしも助けるのは無理、だから嬉しいわ」とゲラゲラと笑った。
「wi-fiのパスワードは?」と聞く。「ごめん、ないの」と、お姉さん。落ち込むわたしを見て「うっそーん」と、パスワードが書かれた紙を指差した。
もうすでに、わたしの心は楽しかった。
部屋に入ると、女の子が電話をしていた。シャワーを浴びてからまた部屋に戻ると「さっきは電話していてごめんね。わたし、ジョアーナ、よろしくね」と明るく挨拶してくれた。部屋で電話をすることを謝る人になかなかベトナムでは出会わなかったので驚いた。
ジョアーナはドイツの北の田舎出身で、お金を貯めて2ヶ月間の旅に出ている。「実は今ホームシックで、友達と電話をしながら泣いちゃったわ」と、寂しげに笑った。
「マレーシアは都会すぎて、自然が大好きなわたしを孤独にさせるのよ」
人懐っこい彼女には、毎晩お世話になった。わたしたちのクアラルンプール最後の日、一緒に大掛かりで荷物の整理をした。「ものを減らしたいからこれあげる」と、たくさん服をくれようとした。わたしも荷物を減らしたいとのと言って1着だけ、ハート模様の可愛いシャツをもらった。
ジョアーナは心配性。飛行機の預け荷物のサイズに問題がないか確かめるために、受付でメジャーを借りた。「バックのサイズが規定より大きい。どうしよう」と言うジョアーナに、そこにいたマレーシア出身のスキンヘッドのおじさんがすかさず「俺はエアアジアにめちゃ詳しいから見てやる!持ってきてみろ!」と言う。彼は滞在中、わたしとすれ違うたびに「ありがとうございます」と日本語で言いながらお辞儀をした。すでに1ヶ月以上も、ホテルに滞在しているらしかった。
ジョアーナが大きいバックパックを彼に見せる。「問題ない。100%間違いなく、大丈夫だ」と自信ありげに答える。受付の明るいお姉さんが、ゲラゲラ笑いながら言う。
「国内は問題ないわよ。誰もチェックしないから大丈夫。でももし追加料金を取られたら、ホテルに電話してね。この男に払ってもらいなさい」
そこにいたわたしとジョアーナは、大爆笑。
*
よく晴れた日曜日の朝。近くのカフェに入った。わたしがよそ見をして並んでいると、中国人のおばさま2人がいつの間にかわたしの前にいた。ぼーっとしていたらそっちに列ができていたので大人しく最後尾に並ぼうとした。するとフランス人の男の子が「ここに入りなよ」と、わたしに声をかけてくれた。遠慮がちに「いいよいいよ、大丈夫!」と言うと、「いいから!」と、にっこり笑って無理やり間に入れてくれた。
店員の真っ赤な唇をぬったお姉さんが「ごめんなさいね」と言う。
いいのいいの。
東南アジアはどこの国もとても暑いけど、お店の中が寒すぎてすぐお店を出たくなる。日光を浴びようと散歩をしていた。デパートのドアの前を通ったとき、荷物を運ぶチリチリ頭のおじさんに止められた。「ちょっと手伝ってくれる?」わたしはおじさんが荷物を運ぶ間、ドアを一生懸命押さえた。
「ありがとう、助かった。今日は絶対いい日になるよ」
中華料理屋さんでお昼ご飯を食べていると、きれいなスカーフを巻いた女性が「あなたは日本人?お願いがあるの!3分わたしにくれる?」と話しかけて来た。とくに怪しげではなかったので、いいですよと言うと、わたしの横に座った。
その女性はマレーシアの不動産で働いていて、日本人向けにアパート調査をしているようだった。対象は「マレーシアに住む日本人」だったけど「日本人なら誰でもいいの、バレないバレない」と笑った。今日中にあと10人の日本人を捕まえなければならないとのこと。「クビにされちゃう、わたしを助けて!テキトーでいいから!」と、ウインクした。
マレーシアのいいところとか、どの辺に住みたいとか3分くらい聞かれた後に、「ありがとう。またあなたがマレーシアにくるのを待っているね」と言って、お礼にと10USDが入った封筒をくれた。中華料理のお店の太ったおばさんがその女性に向かって「アンタ、よかったわね!あたしに感謝しなさいよ!」と言いにきた。女性はゲラゲラ笑いながら次の日本人を探しに去っていった。
セブンイレブンに行くと、同い年くらいの少年の店員さんが「中国人?日本人?」と聞いてくる。「日本人」と言うと、「いいね!今、俺の兄弟が住んでるよ」そんな会話をしていると、さっきまで店内の後ろに座ってゲームをしていたおじさんもこっちに歩いて向かってきた。途中でオレンジジュースが積まれた棚にぶつかり、ジュースがどたばたと落ちた。大笑いしながら3人でそれを拾っていると、お母さんと買い物をしていた小さい男の子が手伝ってくれた。
どこの国でも都会の人は周りに無関心な人が多いように思うけど、クアラルンプールの人は、なぜかあたたかい。
住み込みでカフェで働いている、サドラーというイタリア人の男性に出会った。旅をしていてお金がなくなったから始めたらしい。
テラス席をわたしに「ここは夢を見るための席だよ」と言ってすすめた。
わたしは迷わず、そこに座った。言葉の力ってすごいなぁと改めて思う。
「実はこの木はおれの髪の毛と一緒なんだ」というような冗談をかましてくる。
わたしが「ニューヨークチーズケーキ」を頼もうとすると「ニューヨークには行ったことあるの?」と聞いてくる。「なんで、ないよ」と笑うとサドラーもニヤリと笑った。
「コーヒーのオススメは?」と聞くと、「おれ、コーヒーはあまり飲まないからわからん。ラテとかカプチーノあたりにしといたら?」というなんとも適当な回答がかえってきた。
旅の楽しみは、景色や観光地ではなく、訪れるまでは予想もしていなかったその場所での人との「出会い」だと、いつも思う。
旅は好きだけど、「観光」は好きではないと最近気づいた。ガイドブックに載っている場所に訪れて、それと同じ写真を撮っても、面白くないなぁと思った。
確かに写真で見る景色と自分の目で見るそれは全く別物だけど、現代の技術によりたいていの場合、写真の方が綺麗なので実物を見てもなんとも心に刺さりにくい。
そんなことを考えていたら、ニューヨークチーズケーキがきて、「夢を見るための席」に、雨が降ってきた。