【novel首塚】Day6. 眠り
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真夜中、おかしな物音に目が覚めた。ギリギリ、ガチガチ、と固いものをぶつけているような、こすり合わせているような。
スマホの明かりで音のする方向を照らしてみる。ミミアさんがいる辺りだ。
「……ミミアさん?」
「うぅ……」
呻き声。
「大丈夫? なんかあった?」
暖色の灯りを少しだけ付けてベッドから出た。
「——ああ、悔しい、口惜しい……」
言葉が聞こえてぎょっとした。
「ねえ、ミミアさん? なに?」
呼びかけてもミミアさんは固く目をつぶったまま、起きない。
「畜生っ、見るんじゃないよっ!」
「ちょっと、ミミアさん!? 起きてよ!」
ほっぺたを軽く叩いてみる。両手で頭を押さえて揺さぶってみる。
ミミアさんは眉間に深く皺を刻んでうなされたまま。
「ミミアさん? ミミアさんってば!」
私の声も聞こえていないようだ。
このままじゃ眠れるはずもない。
起こしても起きない以上、ミミアさんが自然に目を覚ますのを待つしかない。
寝直しやすいようにホットミルクとか作っておこうか。
「ミミアさん? 起きた?」
歯軋りは止まない。
マグカップに牛乳とちょっとの蜂蜜を入れて、電子レンジにかける。
ホットミルクができて、表面の膜を取って。
「——ああ、悔しい、悔しい……」
どうしよう。ミミアさんがまるで亡霊だ。
「うう、うう……っ」
改めてミミアさんを揺さぶる。首を持ち上げて、上下左右に振ってみる。ミミアさんの声は聞こえなくなったけれど、表情はまだ苦しそうなままだ。
ミミアさんを箱の上に戻す。気管に空気が通って、また呻き声が生まれる。
物音も聞こえない部屋の中。青白い顔のミミアさんを見ていると、やっぱりこの人は成仏できていない存在なんだと、胸が苦しくなった。
「口惜しい——」
声が弱々しくなって、消えた。
薄暗い照明の下で見てみると、瞼のあたりがピクピクと動いている。
牛乳はもう冷めてしまっていた。ミミアさんが起きる気配はない。
さっきまでとは違って寝顔はある程度穏やかになってきた。マグカップをもう一度温め直して、自分で飲む。
ベッドに横になると、すぐに眠気に引きずり込まれた。
翌朝、大きなあくびをするミミアさんに聞いてみた。
「ミミアさん、昨夜大丈夫だった? すごいうなされてたけど」
「——そうかい?」
「うん。なんかこう、悔しいとか、畜生とか言ってた」
「……」
ミミアさんは唇を引き結ぶ。答えが返ってくるまでには間があった。
「——ああ、あれねえ。心配かけて悪かったねえ。たまには生首らしく恨み言のひとつでも練習しておかないと、と思ってさ。あんたが寝静まった後にやってたつもりだったけど、聞こえちまってたかい?」
「……あ、うん。びっくりしたよ」
「そうだねえ、ごめんよ。今度からはあんたが出かけてるときにやることにするよ」
「お隣さん怖がらせたらダメだからね。——そうだ、今日の帰り、アイスでも買ってくるよ。何味がいい?」
「やっぱりチョコだね。鼻血が出そうなくらい濃厚なのを頼むよ」
「はーい」
駅までの道を歩きながら、私は内心で独りごちる。
ミミアさん。私だってもう、6歳の子供じゃないんだよ。
深夜さま、たこやきいちごさまによる企画「novel首塚」への参加作品です。
生首と大学生が二人暮らし(?)をする、連作短編です。
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