【しをよむ103】まど・みちお「くまさん」——私をつくるたくさんの小さな五感。

一週間に一編、詩を読んで感想など書いてみようと思います。

まど・みちお「くまさん」

(田中和雄編『ポケット詩集』(童話社)より)

昔住んでいた街や通っていた学校、以前関わりのあった人が入り交じって現れる夢の中。
目が覚めた瞬間の、今の自分の住処や立場があいまいになる感覚。

「ええと ぼくは だれだっけ」という冬眠から覚めたくまさんの様子から、そんな気持ちを思い出しました。

引っ越した直後の家や旅先のベッドも、自分の身の置き所を見失いやすいところのように感じます。
ぐっすり眠った後、だんだん「自分」を体の中に取り戻し、
その一方で夢に見た「いつかあった自分」「ありえたかもしれない自分」を重ね合わせる。
安定と不安定とをゆらゆら行き来する束の間。

冬眠から覚めたくまさんは川の水面に写った自分の顔を見て
「そうだ ぼくは くまだった」と思い出します。
仲間のくまさん、あるいはかえるさんやとかげさんに会って、ではなくて
自分自身で気付けるところが、なんだかいいなあと感じます。

仮に学校や職場や家族といった、ありとあらゆる人間関係と社会的な立場がなくなったとして、
私はどうやって今の自分を思い出すのだろうと、ふと考えてしまいます。

好きなもの、書いた言葉、日々の習慣、新しくできるようになったこと。
しっくりくる枕の高さ、トーストの焼き加減、コーヒーに入れるミルクの量。
そうした五感を通じた物事なのでしょうね。

じぶんのことを思い出したくまさんが「よかったな」とつぶやくところにほっこりします。
自分が何者かわかった、というよりも自分がくまであることに満足している、というように私は読んでいます。

色々と書いてみましたが、この詩はただただ春のお日さまとフカフカのくまさんを楽しむのもかわいくてよいです。

お読みいただき、ありがとうございました。
来週は辻征夫「学校」を読みます。

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