【novel首塚】Day1. むかしばなし
あたしがなんだってこんな姿になってんのか、今となってはもう忘れっちまったよ。
でもまあ、首を切られるくらいだから、碌な生き方はしてなかったんだろうねえ。
それでもねえ、あたしを哀れに思ってくれた酔狂なお方もいたもんだ。
そう、あんたの爺さんの爺さんのそれまた爺さんの爺さんの……、そこまではいかなかったっけ? とにかく、あんたのご先祖さんだよ。
名前は忘れっちまったけど、そのお方はあたしの首を、つまり今のあたしを引き取ってくだすってね。朝に夕にお経を唱えてくだすった。あたしはそんなのちぃとも判らないけどね、有難いことじゃないか。
あの頃はもどかしかったよ。いくら有難い有難いと思っても、瞬きをしたり口をぱくぱくさせたりするほか、何ひとつできないんだから。
それで、そのお方が亡くなられた時に、あたしのことを懇ろにするよう言い遺してくだすったんだ。そう、それが巡り巡って、今はあんたに厄介になってるっていうわけさ。
あんたの家には、それからずっと良くしてもらってるよ。何代かに一度、酔狂なお方は現れるけどねえ。
ほら、あたしが乗ってるこの箱には、あんたが知ってる通り、ふいごやら何やらが入ってる。これもあたしにゃさっぱりだけど、あたしの息を通して、喋れるようにしてくれるカラクリさ。
初めのうちはゼンマイ仕掛けだったけど、ちょっと前にモーターってのが付いたねえ。あたしが使えるスイッチも付けてもらって、口と喉がやたら乾くことも無くなったし。
そうそう、あんたの母さんが始めた、あたしの下にあてがってくれる紙もいい具合だ。この切り口からぐじゅぐじゅ雨漏りみたいに滲み出す血といったら、鬱陶しくてかなわなかったからねえ。
……犬猫の小水用のものだってのは、この際おいとくよ。
……ん? なにさ、急に改まって。してほしいことはないかって? あんたはあたしに名前をくれたじゃないか。あはは、どうしたんだい、そんな恥ずかしそうにしちゃって。あたしは気に入ってんだよ。
え、どうして自分がって?
さすがに昔の名前を使い続けるのはね、古臭いから。昔々にあんたのご先祖と相談して、50年ごとに、親族の中でいちばん若い者に新しい名前を付けてもらうことにしたのさ。
それで7つにもならなかったあんたに白羽の矢が立ったってわけだ。
あはは、一所懸命考えてくれて嬉しかったよ。
今のあんたがどう感じてるかはともかくね、あたしは洒落てていいと思うよ、このミミアって名前。
これまでの名前は、そうだねえ、忘れちまったよ。
もう百年も二百年も生首やってるとね、そうなるもんさ。体がくっついてた頃の名だって、覚えちゃいない。
——ああ、本当ならあたしもとっくに三途の川を渡ってるはずだってのに、なんだかんだ、この令和の世までお世話になってるよ。
あたしってのは、一体全体なんなんだろうねえ。幽霊だかなんだかみたいに、未練でもあるっていうのかねえ。
深夜さま、たこやきいちごさまによる企画「novel首塚」への参加作品、第1話です。
生首と大学生が二人暮らし(?)をする、連作短編になる予定です。
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