【novel首塚】Day5. 旅行

「novel首塚」参加作品はこちらのマガジンにまとめています。



「……あー、旅行行きたいなあ」
 テレビに映る一面の紅葉に、思わず声が出た。
「そうだねえ」とミミアさんも相槌を打つ。
「ねー。綺麗な景色見て、おいしいもの食べてさあ。ミミアさんはどこ行きたい?」
 実際のところは不可能だとしても、言うだけならタダだ。私自身だって本気で旅行の計画を立てようとしてるわけじゃないし。
「うーん、やっぱりバリ島かねえ。モルディブもいいねえ」
「え!?」
 なんとなく京都とか鎌倉をイメージしていた。
「ビーチでゆっくりして、夕日を眺めながらカクテルなんか飲んじゃったりしてさ。たっぷりのトロピカルフルーツとスパやエステで、美しさにも磨きがかかるってものよ」
「あー、優雅。まさにリゾートって感じで最高じゃん」
 夢物語だから、こういう無責任な返事だって気楽にできる。

「サッちゃんはどうなんだい? 若いうちにあちこち行っときなよ」
「行くんならイタリアかな。行った知り合い、みんな食べ物がおいしいって言ってた」
「いいねえいいねえ。食事もスイーツも名物だらけだし、見どころは多いし、楽しそうだよ」
 ミミアさんの声が弾む。エスプレッソとかジェラートとかなら、ミミアさんも味わえそうだ。
「そういえば最近、佳奈たちと卒業旅行の話してるんだ。ちょっと気が早いけど」
「へえ! 友達と一緒ならなおのこといい思い出になるよ。行き先はもう決めたのかい?」
「いや、そこまでは。今みたいに『ここ行きたいねー』って話してるくらいで」
「早いとこ決めたほうがいいよ。航空券だってホテルだって、早めに取ったほうが安いんだから。光陰矢の如しともいうだろ」
「ミミアさん、見た目はあれだけどさ、そうやっていちいちことわざ挟んでくるところ、やっぱりおばあちゃんだよね」
「教養が深いって言いな。伊達に長生きしてるわけじゃないんだからね」
「はーい」

 テレビの中の絶景紹介は終わり、アナウンサーが淡々とニュースを読み上げる。
「ところで、ミミアさんって旅行行ったことあるの? 首になった前でも後でもいいんだけどさ」
「うーん……」とミミアさんが視線を上のほうにさまよわせる。上半身があったら腕組みしていたことだろう。

「もうずいぶん昔のことだけどねえ、海を見たことならあるよ。ああ、あとちゃあんとお伊勢さんにもお参りしたさ。何やらもっちゃらもっちゃらした妙なうどんを食べた覚えがあるから、相当に昔のことだねえ」
「伊勢うどんだっけ? 食べたことないな」
「話の種に食べてみるといいよ。それから、お伊勢さんには一生に一度は行っとかなくっちゃ駄目だよ」
「そういうもんなの?」
「当然さね」
 自信満々に言うミミアさん。

 スマートフォンで「伊勢 観光」と調べてみる。
 伊勢神宮への参拝はもちろん、横丁をぶらぶらしたり、足を伸ばせば遊園地や水族館にも行けそうだ。
「確かにいいかも。高速バスなら安いし、その分ホテルとか食事にお金使って」
「ううん、せっかく行くんなら別の場所にしないかい? 高速バスってのは都合がいいけどねえ」
「……さっきと言ってることが変わりましたけど」
「だって、あたしはもう行ったことがあるんだもの」
 卒業旅行に紛れ込むつもりだったらしいミミアさんは、しれっとそう言い放った。


深夜さま、たこやきいちごさまによる企画「novel首塚」への参加作品です。
生首と大学生が二人暮らし(?)をする、連作短編です。


当面、サポートいただいた額は医療機関へ寄付させていただきます。 どうしても稲見晶のおやつ代、本代、etc...に使わせたいという方は、サポート画面のメッセージにてその旨ご連絡くださいませ。