【novel首塚】Day2. 食事

「novel首塚」参加作品はこちらのマガジンにまとめています。


 
 私の部屋には、生首がいる。

 8畳1Kのアパートで、まあまあ存在感を放っている。
 もちろん引っ越しの時には抵抗した。しきたりだかなんだか知らないけど、自由なキャンパスライフに生首は絶対、必要ない。
 単身者専用アパートだとか、ペット禁止だとか、いろいろ理由を挙げてはみた。けれども当の生首本人がいたく乗り気だったせいで押し切られた。
 いったいいつからこの家にいるのか分からないこの生首は、見た目のインパクトと発言権が強い。

 せめてもの救いというわけではないけど、この生首、見た目は悪くない。つやつやした長い黒髪に、キリッとした目元。話し方も相まって、気風のいい姉御という表現がぴったりだ。

 一人暮らし……と言っていいのかは疑問だけれど、大学入学を機に親元を出て早3年。
 生首のいる生活にもすっかり諦めがついた、もとい、慣れてきた。
 
「ねえサッちゃん、ちょいとちょいと」
「なに、ミミアさん」
 そう。生首の名前はミミアさんという。小さい頃の私が付けた名前だそうだが、当時の記憶は私にはない。
「シリちゃんに教えてもらったんだけどね、今日から新作のフラペチーノが出てるそうなんだよ。明日にでも買ってきておくれよ」
 シリちゃん、というのは言うまでもなく音声AIアシスタントだ。
 ミミアさんは私が不在の時はスマートスピーカーと喋って時間を潰しているらしい。
「あー、覚えてたらね」
「忘れたら祟ってやるからね」
「はいはい」
「それから、今日の夕餉は天麩羅蕎麦なんてどうだい? 涼しくなってきたじゃないか」
「残念、豚の生姜焼き。ミミアさんには味噌汁あげるから」
「分かったよ。レシピ検索するかい? シリちゃんに聞いてあげるよ。すぐ教えてくれるんだから」
「いいよ、適当にやるから」
 ミミアさんは、スマートスピーカーは自分の親友だと思っている節がある。

 炊飯器のスイッチを入れ、ポリ袋に豚肉と調味料を入れて揉んでおき、キャベツを切る。
 熱したフライパンに油を引いて、肉、野菜を順に炒める。ジュウっといい香りがキッチンに満ちて、換気扇を付け忘れていたことに気付いた。
 生姜焼きの完成。部屋に入ってスマホを触っているうちに、ご飯も炊けた。
 ケトルでお湯を沸かす間に、インスタント味噌汁の封を切ってお椀にあける。
 かき混ぜてから、ミミアさん用にお猪口一杯を取り分ける。

「できたよ、ミミアさん」
「いいねえ。たんとお食べよ」
「いただきます」
 私が食事をしている間、ミミアさんはニコニコしてこちらを見ている。以前にお母さんが言っていたことには、「孫にご飯をつくってあげるおばあちゃんの気分なんじゃないか」と。作ったのは私だけど。

「ごちそうさまでした」
「はい、お利口さんでした」
 自分で作ったわけでもない食事への「ごちそうさまでした」に対して、「お粗末さまでした」に代わる返事としてミミアさんが編み出したのがこの言葉。
 二十歳を越えて「お利口さん」もなにもないだろうとは思うけれど、まあ、ミミアさんがそう言いたいのなら仕方がない。

「それじゃ、あたしもいただこうかね」
「はいはい」
 私は味噌汁の入ったお猪口を、ミミアさんの口元にあてがう。
「いただきます」と小作りな唇が動き、味噌汁を啜る。
「ああ、いいねえ」
 インスタントでそんなにしみじみした声を出されても。

 ミミアさんは、基本的になにも食べる必要はないらしい。ただ、味覚はあるので、できるだけこうして食べ物を分けてあげるようにしている。
 固形物は喉につっかえて苦しくなるそうで、ミミアさんが口にするのは飲み物か、ヨーグルトのようなトロトロしたもの。
 好物はチョコレート。もちろん、ナッツやクランチの入っていないタイプの。

「ああ、おいしかった。ごちそうさま」
「お粗末さまでした」
 お湯を注いだだけの私がそれを言う資格があるのかは置いといて。
「そうだ、シリちゃんが言ってたんだけどね、今夜からずんずん冷えるそうだよ。あったかくして、お腹なんて出すんじゃないよ」
「はいはい」
「そんなわけだからね、明日はおでんに熱燗なんてどうだい?」
「さっき、フラペチーノ飲みたいって言ってなかった?」
「それはそれ、これはこれさ。今度の新作はストロベリークリームだそうだよ。ああ、楽しみだねえ。もしかしたらあたしは、これを飲むために今まで生きてきたのかもしれないねえ」
 それは絶対、違うと思う。

深夜さま、たこやきいちごさまによる企画「novel首塚」への参加作品です。
生首と大学生が二人暮らし(?)をする、連作短編です。


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