俺には傷がある 両手に数えきれない
昔バイト先に某有名ホテルのシェフをしていたという先輩がいた。休憩が一緒になると必ず、彼の武勇伝を聞かされた。
ある日の休憩時間、いつものように得意気に話しながら先輩はこんな事を言った。
「やっぱりなぁ。俺達は火や刃物を扱うから生傷が絶えないんだよ。ヒドいのは今だに傷残ってるしな。」
なるほど。料理人ならそうかもな。などと感心して聞いていると、先輩は「あ。ちょっと傷見てみるか?」と言って手を差し出してきた。
傷なんか見たくも無かったのだが、彼が嬉しそうに「この辺りだな…」と指を見せてくるので、さすがにどんなスゴい傷が出てくるのか、と多少期待して見ると、指先に ほんのーり5ミリ程の小さな傷が。
「これですか…?」
そのあまりの普通さに動揺を俺が隠し切れないでいると、先輩も察したのか「いや、実は腕にもあるんだよ。腕にも。ちょっと見てみろ」と言って、袖を捲りしばらく傷を探す。
………。
………。
………。
「あれぇ?消えちゃったなぁ」
消えたらしい。