もののけ囃し 劇場版モノノ怪「唐傘」たぶん7回見た。考察する-2
北川様が「真」…?
前回の記事で、退魔の剣に示すべき「三様」を改めて整理しました。
形:モノノ怪と化したアヤカシの名前。モノノ怪「唐傘」は、モノノ怪になる以前にはアヤカシとして存在していたということでもある。
真:アヤカシがモノノ怪になったきっかけの出来事や人物。客観的な事実でないと剣がカッチンしないため、秘密を守ろうとしたり思い込みが激しい人間から事実を聞き出すのに薬売りさんはいつも苦労している。
理:いわゆるホワイダニット。人がモノノ怪を生んだ理由。道理が通じないアヤカシと違い、モノノ怪には、存在する理由や目的や願いがある。
この「真」、「一連の事件の犯人、黒幕」みたいな趣を帯びているので「北川殿だ!」で剣がカチィィィィン!するのが置いてけぼりポイント1だと思います。
作中の時系列を北川様に注目して並べてみましょう。
ある程度昔…大奥と井戸ができる
できてから、井戸に大事なものをお供えするのが《しきたり》になる程度の年月は経ていると思われます。
北川様大奥勤めとなる
この時大事なものとして「人形」を井戸に「迷いなく捨てた」。同じ日に大奥に来た子と仲良くなる。
御祐筆まで出世する
…までの間に、容量の良くない同期に対してイライラすることが多くなった。
思い煩うことが何もない状態で大餅曳を迎えるために、同期に暇を出す。
(カメが麦谷に連れていかれる時と同じ構図。赤いぐるぐる顔になっている同期の子を引きずっていく後ろ姿は北川)
乾いてしまう
しかし、かえって鬱っぽくなってしまう。「やる気を失い、御役目を失い、部屋から出られなくなってしまった」御水様の水を飲もうとしても体が動かない…など、鬱の解像度が高い。
2か月前の大餅曳
の直前に、井戸に身を投げ、死亡。
ちなみになのだが初めてアサの部屋を訪れた北川の姿をしたものは、「先日の大餅曳」と言っていたのだが2か月前って「先日」だと思います…?
--✂---✂---ここから劇中に明確な描写がない--✂---✂---
〈アヤカシ〉唐傘が〈モノノ怪〉唐傘になる←真
なんで?は「理」にあたるので後で書きます
井戸の水が生臭くなる
水死体が入っているので…おにぎり等の有機物もガンガン投げ込んでるみたいですが
女中がカラッカラのカッサカサに乾いて死ぬ怪異が大奥で起こるようになる
三郎丸が井戸の底で見つけた沢山の遺体は唐傘に殺された女中の死が隠蔽されたものだと思われます。麦谷が急にお暇になったと聞かされて顔色を変えない女中たちは、もうそのような出来事に慣れていたのでしょう。
アサとカメ、薬売りが大奥に来る
薬売りさんは、モノノ怪が発生したらすぐではなく、斬れる「刻」に現れると考えられます。アニメの「海坊主」では、「真」たる源慧がアヤカシの海に船でやってくるまで50年の間モノノ怪は放置でした。源慧がいないと斬れないので仕方がないのですが…。唐傘の「真」と「理」も、カメとアサがいなかったら明らかにならなかったでしょう。
「唐傘」というアヤカシ
物に魂が宿る
伝承に伝わる「唐傘おばけ」は歳経た器物がなる付喪神の一種であるとか、大事にされなかった傘が化けて出るものだといわれています。その姿は劇中の襖カットインにみられるように、人間の足が生えた一つ目の傘です。
時に我々は自分の心の一部を大事なものに託し、つらい時に支えになってもらいます。そのようにしていればモノのほうにも魂が宿ると考えるのはごく自然なことなのでしょう。
井戸の底
大奥でお勤めを始めた女中は入って早々、お家から持ってきた大切なものを井戸にお供えすることを強いられます。それが女中たちにとってつらい体験だったことは、劇中で繰り返し描写されましたが、では、捨てられたモノのほうに魂や心、気持ちといったものがあったとしたら、それらは井戸に捨てられることをどのように感じたでしょうか。井戸の底で、どんなことを思っていたでしょうか。
三つぐらい書きだす準備をしておきます。
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これらが、アヤカシを井戸の底に住ませることになったのだと考えます。
唐傘が形を得る
北川様の井戸への身投げの意味は、「再会」だと思います。監督がモノノ怪秘話で言っているとおりですが、井戸で、北川は人形を、人形は傘をなくしました。北川様は自分はなくしてはならないものをなくしてしまったのだと思い、(同期の子には暇を出してしまったけど)人形は井戸の底に今もある、と思った。なので人形の元へ自ら行った。
でも、それだけでは十分ではありません。人形は北川様の元に戻ったが、人形にとっての傘=北川様にとっての同期の子は戻らない。北川の回想の中で、傘は顔も思い出せない同期の子が持っているのです。この一事によって、モノに魂が宿った集まりであったアヤカシが北川様の心を中心にしてモノノ怪に転じ、なくしてしまったものを取り戻そうと動き始めることになった。
三郎丸が井戸の底で見た亡骸の数は、物語が幕を開けるよりも前にすでに多くの女中が、唐傘に取り殺されていたことを示唆していますが、彼女たちはある意味、大事にしていたものと再会できたのです。
淡島の元に唐傘が表れた時に見えた麦谷の幻は、毬を抱えて笑っていました。
2,000字くらいで一区切りがいいかなと思うのでこの辺で。
次に理をまとめて一区切り、たぶん甘い見立て。