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小説『蛇』の続編小説『蛸』
高校生。
星夢高校のテミス。将来は占い師になる予定。
テミスはとっても誠実な女の子。
ただ、ちょっとかわいい嘘をつく。
すきとは違うアニメのキャラに、可愛いと感想を言う。
嫌いな抹茶味のアイスに、美味しいと感想を言う。
でもみんな、すぐばれる、可愛い嘘。
顔が引きつっていたり、渋い顔をしたり、そんなテミスをみんなこう思ってみていた。
とってもかわいいって。
彼女には悩みがあった。
占いがまったく当たらない。
たまに当たるときもある。そういう時はいつも決まって、嫌いな抹茶味のアイスを食べていた。みんなと合わせて買ったやつだ。
だから、スーパーのつくラッキーデーが、テミスにはなかった。
一日が今日も始まる。
登校の日。
ヒメと一緒に登校する。
「昨日の魔法少女見ました?」
「うん。敵の強欲のバイエルンがすごかったね」
「怖かったですわ」
「何でも欲しがるなんて、善くないよね。魔法少女の魔法まで取った時は、人の気持ちがわかっていないなって思った」
「でも、魔法少女が勝ちましたわね」
「うん。あの人が泣いてしまうから返してくださいって言ってた」
「謎の魔術師ですわね」
「謎の魔術師はバイエルンとも面識があったみたいだね」
「全体としての感想はどうですの?」
「人の気持ちがわかるためには、関係性が必要なのかなって思った」
「相変わらず難しいことを考えますわね。面白かった!それが聞きたいですわ」
「うん。面白かったよ!」
「「ねー!!」」
お昼休み。
今日はヒメのグループに入れてもらって、みんなでおしゃべりだ。
「どくろのマークがかわいいね!」
うきなんががみちゃんのどくろを褒める。
「がみちゃん 強烈!」
めがねのが追い打ちをかけて褒める。
「知ってるかい? 本当はみんな DEATHなこと好きなんだぜ?」
がみちゃんの決め台詞だ。
「知ってる!無意識ってやつでしょ?」
そうめがねのが言う。
「そんなわけないでしょ?」
「がみちゃんの眼 怖い!」
おそれみが怖がった。
「そういうがみちゃん、わかってないでしょ、無意識のこと」
「わかってるよ!」
「うそだあ!」
「わかってるって!」
「泥棒が始まるわ」
テリアスがぼそっと言う。多分、嘘つきは泥棒の始まりのことだろう。
今日のゲストに、ちょっとの沈黙の後、焦点が当たった。
「テミスちゃんどう思う?無意識って」
テミスは、ちょっと回答に困った。内容が危険だと思ったからだ。
「まあ、人には気づきたくないこともあるよ」
そう回答した。
「なるほどぉ」
「テミスちゃんいい子~」
皆がからかうようにテミスを褒めた。
「そう言うわけじゃないけど……」
「ちょっと。やめてくださる?うちの大事なお友達なんですの」
ヒメが揶揄を遮った。
「ヒメお嬢様!すみません」
みんな委縮する。
「わかってくだされば」
ふと目をほかにやると、静かにつまらなそうにしている女の子を発見した。話しかけようと近づくテミス。
「ねえ、一緒に話さない?」
「え?わたし?」
「うん!もしよかったら」
「テミス!その子話へたくそなんだよ?」
「そっとしてやった方がいいって」
みんな口々にそう言った。
「わたしのことはいいから、はなしてきていいよ……」
「でも……」
テミスは困った。
結局その子は、話友達の輪に入ろうとはしなかった。
帰り際。
今日は親戚のおばさんが来るため、一足早めに帰路につくテミス。
その時、不思議な子に出会った。
それは、普通の髪型で、眼鏡をかけていながらセーターを着ていて、服をはみ出していた。キーホルダーをかなりちゃらちゃらさせながら、性格は瞳に優しさを残していた。
「やあ」
「どこかで会った?」
「ううん。なんで?」
「だって、こっち見るから」
「知ってるよ、当たらない占い師さんでしょ?」
「うるさいわね!初対面で失礼よ」
「ごめんね。お詫びにタコ焼き奢ってあげようか?」
「悪いけど、今急いでる」
「そっか。じゃ、また今度」
テミスは違うとは言われながらもどこかで会ったような気がした。
「テミス!弓曲(ゆみがり)テミス!」
「そう。ジェミニ(双子)。赤月ジェミニ。またね、テミス」
テミスは記憶をめぐらした。でも、覚えのない名前だった。
「やあ、テミス」
「マサ!元気してた?」
次の日、マサと会う約束をしていたので、生徒会室に向かうテミス。
「君のクラスのトゥールって子なんだけど、何か知らない?」
マサからのこの依頼を受けるために、テミスは来たのだ。
「トゥール?」
「黒髪の大人しそうな喋りたがらない女の子いない?」
「ああ、その子なら、この前お話しようとしてうまく行かなかったの」
「友達になってあげること、できる?」
「友達?いいけど、無理じゃないかな」
「なんで?気が合うかも」
「でも、話したがらないし……。私避けられてるんじゃないかと」
「テミス、らしくないよ」
「え……」
「テミスは暗がりを照らすような明るさを持った子でしょう?暗がりから逃げるテミスは見たくないよ」
テミスは自分を見返した。いつもわからない子の足元を照らしてあげて、占ってあげて、そうやって、テミスは生きてきた。教えないテミスはテミスじゃない。たしかに。
「そうかも。マサ。わたし、どうかしてたわ」
「テミス。できる?」
「私、もう一度あの子に会いに行ってみる。何かわかるかもしれないし」
「頑張って、テミス」
マサはにこりとした。
トゥール。そう彼女は言うらしい。
そのトゥールちゃんの家まで、テミスはきていた。
インターホンを押す。
マサがこっそりトゥールちゃんの住所を教えてくれたおかげで、スムーズに家に来ることができた。
「後でマサにお礼しないと」
「はぁい」
トゥールちゃんが出た。
「あの、テミスです。弓曲テミス」
「テミスちゃん……」
「トゥールちゃん、今大丈夫?」
「何でしょうか」
「私とお友達にならない?なんか、いつも一人で大変そうだし。私、トゥールちゃんのこと、よく知りたくて」
トゥールは息を止めた。そして次に息をしたときには、こう言っていた。
「よろしいんですか?」
「うん。いけなかったかな?」
「いえ、大変うれしいです。ありがとうございます」
こうして、テミスとトゥールは友達になった。
今日は日曜日。
デニムのジャケットを着て、薄緑の短パンをはいたテミスは、ピンクの太い横縞が二本入ったTシャツで、人を待っていた。
「テミスさん、待ちましたか?」
黒一色で統一して、大人しくまとめたトゥールがやってきた。
「寒くありませんか?大丈夫?」
「平気平気。黒いトゥールも素敵だね」
「ありがとうございます。テミスさんも」
二人は美術館に来ていた。トゥールが行きたいと思っていたところに決めたのだ。美術館に普段テミスは行かないが、前から興味だけはあった。
聖母マリア像の前に二人は来た。
「よくできた像ですね。マリア様の手の造詣が、まさに麗しい細身の指を持っています。作者の技術力がうかがえて、非常に感動しました」
そうトゥールは言う。
「マリア様が手を開いているから、受容を示しているのかしら。その腕に抱かれて眠ってみたいな」
そうテミスは言った。
「そんなことがお分かりになるんですね、すごいです」
そうトゥールは言った。
「トゥールこそ、眼がいいのね。像とか作るの?」
「少しやっています。楽しいですよ」
「私はそう言うの苦手だから。すごいなあ」
「テミスさんも頑張ればできますよ」
「そんなことないよ。トゥールはすごいよ」
笑顔になるテミス。それにつられてトゥールも素敵な笑顔を作った。
焼き芋を頼んだ。メープルシロップとチョコレートクリームのどちらか迷った。
「どうしようか?」
「どっちも美味しそうだよね」
結局、二人は両方を頼んで両方とも半分こすることにした。
「美味しいですね」
「二人だとこんなことできるんだよ?」
「嬉しいことですね」
カラオケに行った。トゥールはテミスよりも歌がうまかった。
「すごい……私も頑張らなきゃ」
「十分テミスさんもすごいですよ」
「採点で勝負しましょ」
「臨むところです」
二人とも楽しい時間を過ごした。
月曜日になった。
トゥールと待ち合わせするテミス。
「待った?」
「いえ、全然。大丈夫です」
「行こう」
テミス達が学校へ行くと、ヒメたちがホームルーム前の雑談を行っていた。
「あら、トゥールさんと一緒なんですのね」
ヒメがそう言う。
「仲いいの?」
他の子がそう聞いた。
「ええ」
「ふうん」
「テミス、お話ししようよ」
「あ、でも……」
「……」
トゥールは黙っていた。
「テミス、早く」
「あ、うん……。トゥールちゃんも一緒に……」
「……」
押し黙るトゥール。
「トゥール一緒に来る?」
「いいよ別に来ても」
「トゥールちゃん……」
「いいよ。私は」
そう言うと、トゥールは自分の席に座って、本を読み始めた。
テミスは仕方なく、雑談に混じった。
雑談グループに混じるテミスを見て、トゥールは顔を歪めた。
トゥールは帰り道を急いだ。
テミスに呼び止められそうになったが、何とか避けてここまで来た。もう彼女は来ない。電車に乗ってしまったから。
家まで帰ってくる。テミスは間違っていない。間違えたとすれば、私に中途半端に声をかけたことだけだ。
母が受験の話をする。私の都合を考えてよ。そう言った。
その時、母は考えたと言った。
そして、トゥールは啓示を得た。
テミスは異変を感じて、トゥールを追ってきた。
トゥールの家まで来る。インターホンを鳴らす。
トゥールちゃん、絶対あれが原因だ。誤解を解かなきゃ。
トゥールが出る。少し驚いていたが、すぐにすんとした顔をした。テミスは言った。
「トゥールちゃん、急いで帰っちゃったけど、どうしたの?」
「いえ、なんでも」
テミスはそっけなく返した。
「ごめんね、トゥールちゃん。私、あなたの気持ちわかっていたのに……」
トゥールは微笑んだ。
「気持ちを分かっていた。そうおっしゃいましたね」
「ええ。ごめんなさい」
トゥールは、闇の笑みを浮かべた。
「テミスさん、嘘をついていらっしゃるでしょう?」
「え……?」
唐突にそう言われて、身に覚えのないことで驚いた。
「そんなことないよ。本当に気持ち、わかるつもりだよ」
「嘘をついていらっしゃいます。私にはわかります」
「何でそんなこと言うの?そんなこと……」
「私、わかるんです。他人が嘘をつくと、その振りでわかるんです」
「そんな、私は……」
目が泳いだ。自分でもなぜ泳いだかわからないけど、確かに目は泳いだ。
「ほら、テミスさん、もういいです。お帰りください」
「待って、トゥールちゃん、そんなこと言わないで」
「いやなんです、もう。私にかまわないで」
ばたん、と扉が閉まる。
後には、拭きつける北風と、二三枚の枯葉がテミスの足元に絡まるだけだった。慰めにもならない言葉をかけるように。
次の日も、次の日も、テミスはトゥールに話しかけようとした。しかし、嘘をつく自分には、何も語る資格はないと思ってしまい。話しかけることができなかった。
テミスが、気に病み始めた、そのとき。
ジェミニが現れて、タコ焼きをおごってくれた。
ジェミニは語り始めた。
「人の気持ちがわかるのってね、それだけで、嘘をついていることなんだ。だって、自分の気持ちより相手の気持ちを優先するからね。自分の気持ちに嘘をついているんだ」
テミスは驚いた。ジェミニは続けた。
「人の協力を信じるのは、自分が怠惰になることを許すこと。だから、相手に嘘をついている。人の言うことに相槌を打つのも、自分の意見を言わないでおくことだから、嘘をついていること。全部嘘なんだ。みんな気付かないうちに嘘をついて暮らしている。呼吸をするぐらいにね」
「でも、正直な人はいるわ」
テミスは救いを求めた。ジェミニは続けて言った。
「そうだね。でも、正直さもまた、自分を隠したいという、自分の気持ちに嘘をついてする行為だから、嘘なんだ」
「……」
テミスは絶句した。
そして次に涙を流しながら、こう言った。
「よかった」
ほほを伝う涙。
「私だけかと思っていた」
そう。テミスはこの言葉に救われていた。
涙をぬぐったテミスは、決意の顔を見せた。
私、もう決めた。トゥール。あなたに嘘をつかせる。あなたの存在のために。
テミスはもう迷わなかった。
また日曜日。
テミスはトゥールの家に来ていた。
「話があるの」
蛇の紋章が太ももで光った。
ちょっとだけ開いたドアを持ち、こじ開けるテミス。
自分の部屋に逃げだすトゥール。恐怖におびえている。
荒げた息を整えながら、テミスは言った。
「ごめん。私嘘ついていた。あなたがちょっと迷惑だとも思っていたかもしれない。でも聞いて。私あなたに、悪意で嘘をついたことだけは一回もない」
「知らないわよ!嘘は嘘よ!」
「このままじゃダメなことくらい、あなたもわかっていたはずよ」
「どうしようもないのよ!助けてほしいくらいよ!どうすればいいの……。助けて……」
「助けるわ。トゥールは悪くないもの。啓示を捨てて」
「いや!私の啓示!」
トゥールの左手には蟹の文様があった。啓示は『嘘がわかる』啓示。
「わかったわ。ならせめて、嘘を信じて」
「出来るわけないでしょ!嘘だってわかっているのよ!」
「嘘はみんなついているわ。それでもみんな生きている。皆、嘘かもって思いながら、それでも正しいことを探している。嘘の中に真実を見出そうとしている。そうやって、嘘を信じてほしいの。全部信じなくていいわ。ちょっとだけでいいの」
「出来ないわよ……。できるわけない……」
「私がついてる。私も悪かった。私、もうあなたの友達止めない」
「え……」
「あの時私、友達止めていた。もうやめない」
そのとき、トゥールの啓示が成長した。嘘のレベルがわかるようになった。
嘘だけど、そのレベルは限りなくゼロに近かった。
トゥールにはわかった。テミスには決心があった。
テミスが嘘をついて、テミスが嘘を信じてと言う。だから、信じるわけにはいかない。行かないんだけど……。
それでも、嘘を、いや、テミスを信じたい。
トゥールはテミスの手を取った。
その後、テミスとトゥールは一緒にご飯を食べに行った。
月曜日、一緒に登校する。テミスはトゥールを雑談グループに引き寄せた。
たどたどしく、トゥールが話す。
馬鹿にするやつがいたので、テミスは誰も座っていない椅子を蹴り倒してやった。途端に静かになった。
太ももが熱い。テミスの啓示が太ももを焼いていた。まるで嘘と実力行使を戒めるように。
後でトゥールが持ってきていたシップを貼る。すると少し状態が良くなった。
見つめ合う二人。そこにヒメがやってくる。マサとツネもだ。
それを遠くから、ジェミニも嬉しそうにしながら見ていた。
ジェミニの首筋には、かっこいい蛸の紋章があった。『誤解を恐れない』啓示である。
「おや、どうしたのかな?」
数十年後。トゥールは大人になっていた。
「何でもない」
いじめっ子にいじめられて傷ついた少年がそこにいた。
「嘘ついてるぞ。正直者にならなきゃだめだよ?」
そう言いながら、包帯を巻いてあげるトゥール。
「ねえ、なんで嘘ついちゃいけないの?」
そうねえ、と言いながら、昔のことを思い出すトゥール。
「友達がいたの。その子は嘘つくのが得意だったの。あの子は嘘だと言ったことを、私は本当だと思うことにした。それだけよ。それだけで世界が変わったの」
「その子と一緒にいないの?」
「私はその子と一緒ではないわ。だから、私は正直でいたい。これは本心よ」
「僕、嘘ついて、いじめっ子を困らせてやるんだ」
「相手が傷ついた時、その行いが本当でないと思うはずよ。それを忘れないで」
トゥールはそう言って、その子のもとを去った。
(おしまい)