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メタノールナイツ・ストーリー32話 Blue
ガラン……。
ガラン……。
フィールドに荘厳な鐘の音が響く。
上空のウィンドウを仰ぎ見ると、
【Time is up. No one succeeded in the mission.】
(時間切れ。ミッション成功者はいません。)
と表示されていた。
風景が、テクスチャの破片となって崩れ落ちていく。
ゲームは終了し、僕たちは強制ログアウトすることになるのだろう。
僕たちは皆、妙にスッキリした顔をしていた。
「結局、祭恭一はどうなるの?」
柚葉が問う。
爺さんが
「さぁのぅ……じゃが、誤った自己肯定感と、歪んだ承認欲求だけで自分を支えていたような輩が、それを全て失ってしまったんじゃ。もう無力じゃろう」
と答える。
足元の地面のテクスチャはすっかりなくなり、光の奈落が口を開けている。
ぐらり、と落下する感覚とともに、僕たちは落ちていった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
祭恭一は、自宅マンションで、不正アクセス禁止法違反、及びサイバーテロ準備罪の疑いで逮捕された。
『軟件探偵団』プログラムにバックドアを仕掛け、GM権限でプログラム内に侵入した祭は、ソースコードの一部を書き換え、システム起動時に、セキュリティスキャンに偽装したファイルが自動的に走るように改変していた。
そうとは知らず、輝咲監督の最新作見たさに、軟件探偵団にOCTOPUSを接続したユーザーは、まんまとトロイの木馬を埋め込まれ、さらにそのデータはメタスト内で増殖し、ログインしているほぼ全てのユーザーのOCTOPUSに感染が広がった。
VR端末であるOCTOPUSは、その高い没入感がしばしば問題視されていた。
実際に問題のあるコードが走ったわけではないけれど、大規模なサイバーテロを引き起こすことができる脆弱性が明るみに出てしまった。
オクトパスジャパンは、修正ファイルの配布で対応したが、メタストの8割を占めるライトユーザーの忌避感は強く、全てのOCTOPUS端末を回収。メタストもサービス停止となった。
逮捕時の彼は、放心状態で素数を数えていたそうだ。
逮捕時のTV映像では、顔にすっぽりと紙袋を被り、癩病患者を題材とした、大昔の映画の主人公を思い出させた。
「結局、祭はなにをしたかったんだろうね?」
暑苦しい蝉時雨に混じって、西野が問う。
あれ以来、西野が思う僕との距離は、随分と近づいたようだ。
以前のような緊張した雰囲気はなく、友人関係のような……対等な女友達のような感じ。
そしてもうひとり。
「『何か』がしたかったわけではないのかもね。ただ、自分という存在を顕示したかったのかも」
黒髪眼鏡の年上の女の子が、怜悧な声で答える。
「なんにしても、OCTOPUSは回収、メタストはサービス停止。VR技術の進歩は、だいぶ遅れてしまうよなぁ……」
ため息混じりに、僕も答える。
柚葉こと稲輪里美と、リードルこと西野美海、そして僕、ユーリこと高木悠里の三人は、放課後のドーナツショップで、文字通り「ぼー」っとコーヒーを呑み続けていた。
盛夏の折、店外に映る街は、照り返しでギラギラと輝いている。
エアー・コンディショニングされた屋内で、汗だくで道行く営業リーマンを眺めながら、またコーヒーを一口。
うーん、楽隠居って、こんな感じなのかな?
暇すぎて氏にそうだ……。
「メタスト……やりたいなぁ……」
「そうね……でも、もうオクトパスもないし」
「たしかさー、回収したオクトパスの代わりに、新製品のVR端末送ってくるって話だったよねー?」
オクトパスジャパンは、回収されたOCTOPUSの代わりに、新製品がリリースされ次第送付するとアナウンスしていた。
メタストの再開は、爺さん……もとい、輝咲雅夫監督以下、メタノールナイツ・ストーリー制作部に託されていた。
「ああ! ああ! ここにいた!」
聞き覚えのある声に振り返ると、あの人の良さそうな顔立ちのヲッサンが、にこやかに歩み寄ってきた。
「輝咲監督⁉」
「うん、みんな、リアルでは久しぶりだね」
あの日以来、輝咲監督は、表向き世間から姿を消していた。
「輝咲監督黒幕説」や、「全ての罪をかぶって失踪した」など、様々な憶測が飛び交っていたけど、実は僕たち3人とは、ずっとサイスのグループで繋がっていた。
「どうしたんですか? というか、どうしてここが……」
当然の疑問を里美さんが投げる。
「うん、さっきユーリくんがグループにUPした『キャラメル・ゲソ・ふんぐるいくとぅるふなすラテ』の写真のEXIFにあった位置情報で……」
「ユーリ!! セキュリティダダ漏れじゃないのよ!」
「えー……だって便利じゃーん」
「あんな危なっかしいもん、よくON設定でつかえるわね……」
「……ごめん高木くん、さすがにそれ、わたしもどうかと思う」
「うぐぅ……」
女性陣のはげしい「ありえなくなくなくなくなーい?」」攻撃にしおしおとなっていると、輝咲監督が豪快に笑う。
「ハッハッハー! モテモテだねぇ、ユーリくん! 思いっきりリアが充してて、おじさんユーリくんのスマホに古の秘術、『怒りのF5アタック』を仕掛けたくなるお♪」
「や、意味わかんねっす。あと、F5アタックってなんスか?」
「…………まぁ、それは置いといて、みんな、やっとできたよ」
「?」という表情で、僕たちはお互いの顔を見合う。
「新作だよ! VRMMOの新作のプロトタイプが、さっきあがったんだ!」
顔に張り付いていた「?」は、「!」に変わり、さらに「!!!!!!」に変化した。
「マジすか! ……って、でももうオクトパスが」
「ない……ですよね。私達の端末も含めて、世界中のオクトパスは、一台残らず回収されちゃったし……」
「そもそもあの臨場感を再現できるデバイスは、オクトパス以外にはない。そしてそのオクトパスは使えない。輝咲監督、そのゲーム、どのプラットフォームを想定しているんですか? まさか今更PCとかスマホ?」
落ち込む僕と西野。冷静なツッコミを返す里美さん。
そしてそれを受け、「ニコニコ」顔を「ニヤリ」と変化させた、ちょいワル(別におしゃれではない)親父は、バッグの中から眼鏡のようなものを3つ取り出した。
「これって……大昔大ゴケした、眼鏡型ARデバイスですよね?」
「いや、見た目こそアレだけど、中身は全く別物だよ。ともかくも、かけてみてよ」
しぶしぶと眼鏡をかける3人。すると世界が!
……変わらなかった。
全く同じ、カフェの風景。
「輝咲監督、コレ、素通しっスよー」
僕はぶーたれて、監督の方を見る、と、えらいことになっていた。
黒スキニーに白シャツ姿だった輝咲監督は、あのメタスト内での拳法家の姿になっていた!
おどろいて辺りを見回すと、西野はリードルに、里美さんは柚葉の姿になっている。
涙がでるほどなつかしい、僕たちのメタストでのアヴァターの姿だ。
「え! え! コレ、どういう!?」
わちゃわちゃしながら西野が問う。
「仕組み自体は既存のARと同じだよ。ただ、そこにVRの要素を加えたんだ。この眼鏡に、ゲームデータと固有IDが記録されたカードを差し込むと、現実の空間上にアヴァターの姿で顕現することが可能になるんだ。そして……」
目の前にいた輝咲監督が、カフェを出ていってしまった……かと思いきや、眼鏡の可視範囲外には、輝咲監督のでっかい靴が見えている。
「つまり、どういうことだってばよ!」
僕の問に、「ふふん♪」とばかりに輝咲監督が答える。
「『現実』を侵食する新たなゲームデバイス、開発コード『GHOST」。現実空間をフィールドに、VRゲームをプレイする装置さ。オクトパス同様、『歩く』と考えるだけでアヴァターが歩くし、「殴る』と考えれば殴る。プレイするフィールドは、現実世界のどこでも可能だ。ただし、オクトパス社が取得できているマップデータ内だけ、ということになるけれど」
そもそも軍事企業だったオクトパス社が所有しているマップデータ……それってほとんど全世界じゃないか! これ以上広いフィールドを持つゲームはみたことがない。本当に史上初だ!
「……プレイ、してみる?」
笑顔で言う輝咲監督に僕たちは、当然こう答える。
「「「もちろん!」」」
fin.
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