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メタノールナイツストーリー4 Blue

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第四章 マスターはご機嫌斜め

 ......眠い

 ......寝たい

 ......寝ます

 バスのつり革にぶら下がりながら新巻鮭状態で眠るという荒業を、僕は今まさに通学バスの中で乗客の皆様にお披露目している。

 だって、オクトパスが繋がってないなら起きていても仕方ない。

 昨夜はずっとメタストにinしていた。今や、”ガイヤード”と名付けられたメタノールナイツストーリーのワールド内こそが僕のリアルだった。現実なんてクソゲーだ。

 大昔の文豪だって言ってたじゃないか。「現世は夢、夜の夢こそまこと」って。まぁ、寝てないんだけど。

 本日は乗車率180%程。まずまずの混雑具合だ。隣のつり革にぶら下がったアルミナ女子高等学校の制服を着たお嬢様(偏差値はそこそこながら伝統的なお嬢様学校なのだ)が、ブレスレット型携帯端末”アルポ”でそこそこ新し目のゲーム、”イクサンブールハイツ”をプレイしてる。いやもうあり得ないね。オクトパスを使ったフルレンジ・フルフレームの『メタスト体験』をしちゃったら、他のゲームなんて時間の無駄にしか思えない。メタストをプレイすれば少佐だって「ネットは広大だわ……」と言うはずだ。……って、少佐って誰?

 ドライバーが急ブレーキを踏み、中途半端な寿司詰め状態が一瞬解除される。よろけた僕は、件のおJK(お嬢様JK)様の足を盛大に踏んだ上に控え目な乳間に左肘を挟み込んでしまう体勢になってしまう。傍目から見たらこの上のないラッキースケベ状態だが、おJK様は液体ヘリウムのような目で僕を睨んでいる。んぎぼぢぃぃぃぃぃっっ!......などと思う程には上級者ではなく、僕は普通に落ち込み、普通に傷つき、普通に謝った。

「ご、ごめんなさい」

 黒髪眼鏡細身小柄微乳という男子の夢を凝縮したようなおJK様だというのに、萌える隙などカケラもなかった。もったいない、実にもったいない。

「今朝ムカつくことあって私、今日不機嫌だから」

 昼間の惨事がリフレインしそうな台詞を吐く『彼女』は、昨夜出会い、再会を熱望したシンガーソングダンサーその人だった。

 中央アジアのどこかの国を模した『ホラトス』の路上に、僕たちはいた。草原の遊牧民でも住んでいそうな布張りの建物や地べたで物売りをする行商人のようなNPC、石畳のザラリとした感触や、近所のレストランから漂ってくるスパイシーな香り。これら全てがVR(バーチャルリアリティ)端末であるオクトパスによって演算・生成されていると思うと、本当にメタストはすごい。

「信じらんない……」

 僕のアイテムストレージ(ビジュアル上は腰に括りつけた革袋のように見える)を覗き込み、彼女はワナワナと震えていた。

「薬草の一つももってないの?」

「アンタ、バカなの?死ぬの!?」

「昨日の戦いで使いきっちゃって…...」

「それにこれ!やたらめったらモノで溢れかえってるし!」

「主に昨日の戦利品ですが何か?」

「材料ばっかでどうする気よ!」

「いや......いつか使えるかなー、って」

 ふ、と遠い目をし(多分してる)、彼女は頭を抱えてうずくまる。

「ユーリって言ったわね?バッグ一袋しか持てないのに、すぐ使えない物を持っておかないの。バッグが膨らむ前にお金とすぐ交換。お金ができたら食料・薬草・武器にお金をかける。これ初心者の基本ね」

 お......おう......

 柚葉曰く、ストレージのアイテム上限は基本は50。10LVアップごとに1つづつ上限が増えるけど、転職でLVが戻ったらまた50に戻ってしまう。ストレージに余分なものを入れておかないのは、基本中の基本らしい。

「でも、武器って、見習い期間にしか使えないのに。どちらかといえば防具の方が」

 そうなのだ。『見習い』と呼ばれる、初級ジョブに就く為に最初のLV20を目指す間の期間は、ジョブ属性のつかない汎用武器しか使えない。ジョブに就いて以降も『汎用品』であるから使う事自体はできるけれど、その頃は攻撃力もLVアップ耐性も微妙な汎用武器は、別な意味で『使えない』ものになっているのだ。一方で防具は、アーマー、リスト、シールド、ヘルムを同系統のもの一式で揃えるとAC(アーマークラス/防御力)ボーナスが付与され、本来のトータル防御力よりも幾分高い防御力が得られる。実際、初期の段階に揃えられる防具一式で中盤まで頑張るプレイヤーも結構いるのだ。

「防具の重い物はまだ持てないわよ。いきなり強い敵に出会った時、使える武器だけ持っているようにするの。見習い期間って言っても、職業につけるレベル20になるまで同じ武器で勝てると思ってるの? それに武器は使えば使うほど壊れてくるから、常に修理交換が必要なの。予備の武器も常に持っていることも大事なの」

 ACの高い防具は基本重い。だからCON(体力)値が低いうちは重い防具を装備できないらしい。武器アイテムには損耗値が設定されていて、常に修理や交換が必要らしい。

「......知らなかった」

 彼女ははぁ、と盛大なため息をつく。うーん、実に見事なテクスチャだ。まるで本当に僕の目の前で女の子が呆れきった顔でため息を付いているかのようだ。

 ......バーチャルでくらいもうちょっとマシな扱いをされたいものだけど。

「じゃ、行くよ。」

「え?どこへ?」

「最初は、金銭交換所で使えない物をお金に交換。それから食料と薬草を雑貨屋で買って、武器屋で予備武器買って、最後は鍛冶屋かな」

「あれ?鍛冶屋なんてあったんだ?」

「ここ『ホラトス』にはないわよ。私とパーティ組んでいれば私の行ったことのある街に転移できるの。『シラカリート』なら、いい鍛冶屋があるから。行けるようになっても、『ロンザリア』の鍛冶屋は高いだけだから、行かない方がいいわよ。メタストラーが、まだ鍛冶屋に行けない素人用に作った鍛冶屋で、値段が正規の三倍もするの」

「げ!聞いて良かった」

 本当によかった。

 彼女、『柚葉』の魔法で、花の街シラカリートに飛ぶ。

 ホラトスとは違い、静かな街だ。勿論僕は一度も来たことはない。

 木造りの小洒落た家々の間の小路を、僕達は奥へ奥へと進む。この先に、『柚葉の持つ鍛冶屋』があるのだ。メタストでは、一定レベルに達すると、自分の店を持つことができる。といっても、自分が店主になるわけではなく、NPCが切り盛りする店のオーナーになるという感じだけど。

 小路のどん詰まりに、ひときわこじんまりとした建物があった。

「ここ。入って」

 店内に入ると、いかつい顔と体のNPCが出迎える。

「この剣と、ナイフを軽く強めにレベル5まで、剣の方は修理もお願い」

 一言も言葉を発することなく、INPC(いかついNPCの略)は店内に消える。ほどなくして槌を打つ小気味良い金属音が響き始めた。

 道々柚葉とハンディ(メタスト内でパーティー同士の秘匿会話をする手話のようなもの)で話し、正式なパーティーになってもらうことを申し出た。当たりはキツいけど、彼女は本物だ。今後の僕の輝かしいメタストライフには、彼女のような師が必要だ。格下、それも見習いとPTを組む条件として、彼女は

①装備の充実と、そのために彼女から借りたコルド(メタスト内の通貨)5万コルドの返済)

②ファーストドロップの権利の譲渡(お前のものはオレのもの。オレのモノもオレのもの的な)

 の2つの条件を提示してきた。いいだろう。その程度のメリットがなければ、見習いの御守りなんてやってられないだろうし。

 ステータス画面をチェックすると、リアルでは今23:20だ。昨日は徹夜だったけど、まだまだ全然イケる。何故なら睡眠は授業中に取っているから!!

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