メタノールナイツストーリー BLUE 24話
第弐拾四章 Some Girls
ドスン! と、柔らかな地面の上に僕達は叩きつけられた。
ダメージを喰う程じゃないけれど、しっかりオクトパスの疑似痛覚フィードバックが作動する程度の「絶妙な」柔らかさの地面に横たわり、僕と西野は抱き合っていた。
「おい、西野! 大丈夫……か!?」
そこには、見慣れた姿の女の子がいた。
リアルではないけれど、良く知っている場所。この世で僕が、最も愛している場所。メタノールナイツ・ストーリーの世界、ガイヤードを、彼女ともう一人、柚葉との3人で、毎日のように駆けているのだ。
「リー……ドル?」
僕の声に西野、いや、リードルがゆっくりと目を開く。僕の姿を認めたリードルは、驚いたように飛び起きた。
「ええええええええええええええええええええええええ!! 高……じゃない、ユーリ!? え!え!?」
困惑するリードルは、自分の姿を見て再度愕然とした表情を浮かべた。がっくりとうなだれ、おおきく溜息をつくと
「あーあ……バレちゃったかぁ……」
と呟いた。
「西野……なの?」
「うん」
驚いた。そして同じくらい驚いた事は、「西野は、僕がユーリだって知ってたの?」って事だ。その問にも西野、いや、リードルは「うん」と答えた。
正直、ほあー、となった。
「な……なんで?」
「私のお父さんってさ、Octopus日本法人のCTO(*1)なんだ。その前は『目方ハイテク』で視線加速度センサー(*2)の開発をやってたんだけど、オクトパスの民生転用の話が出た時、ヘッドハンティングされたみたい。私、お父さんからハードもソフトも、α版やβ版のものをドンドン渡されて、テストプレイしてたの」
「そういうのって、企業秘密だったりするんじゃない?」
「うん、内容について話してしまえば問題よね。Octopus社の場合、テスターの全てのアカウントに対して、機密事項についてネット上では一切話すことも書くこともできないプロテクトがかけられるの。仮に別アカウントを作ったとしても、個人用業務用問わず、全ての利用端末のMACアドレス(*3)と紐付けられていて、すぐに特定されちゃう登録端末以外での情報漏洩はさすがに防げないけど、情報漏洩の場合の罰金の額が、一般家庭なら一瞬で路頭に迷うことになるような額だから、今まで誰も破ったことはないわね」
「うわ! やだそれ! ネット利用した履歴とか内容とか、全部Octopus社に筒抜けってこと!?」
「うん。高木くんの反応は、とっても正常な反応だと思う。だから、そもそも一般の人たちにこのテスターの募集がされることはないし、Octopus社内でさえ、やりたがる人はほとんどいないみたい。技術的好奇心が刺激されたとしても、プライベートがダダ漏れになるのは、誰だって嫌よね」
嫌っていうか、もう有り得ない。僕があんなサイトやこんなSNSでアレやナニなコンテンツを見まくっていることも、性癖も昨夜のオカズ(性的な意味で)も全部筒抜けってのは、有り得なさ過ぎる。
「メタストもね、α版からテストプレイしてたの。αからクローズドβまでの期間はモンク(武闘家)、オープンβからサービス正式開始後まではシーフ(盗賊)で。上級職が実装されてから、アサシンでプレイしてる」
「あの異常な程に正確無比な攻撃は、octopus社テストプレイヤーならではだったんだな」
「あら、そこは疑ってほしくないなぁ! (*4) チートなんてやってないからね! 私、すっごいやりこんでるんだから!!」
と西野が反論した時、上空からよく通るバリトンの声が聞こえた。おんや? この声って……
『よくいらっしゃいました。ここは、軟件探偵団のスタート地点です。事前に情報が漏れないよう制限をかけていましたが、軟件探偵団は映画といった受動的に『みる』ものではなく、体験型アトラクションとなっております。皆さんには、この何件探偵団の上映時間無いに『エトラストビル』の最上階を目指してもらいます』
おおー! テンション上がってキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
でも、僕や西野がメタストのアバターになってるのは、なんでだってばよ?
『メタノールナイツストーリー、通称メタストのプレイヤーの方は、ゲーム内の装備の利用が可能です。ただし武器は、この世界で調達する必要があります』
「だ、そうよ」
「んじゃ、まずは武器の調達かな」
「ん」と言い、リードルは僕に手を差し出す。
「エスコートは、男子の義務よ」
「OK」
と応えると、ガッチリと腕にしがみついてくる。
「リードルさん……あの……胸が……」
「……あててんのよ」
明らかにリアル西野の3倍は積極的なリードルのセクシー攻撃に相変わらず慣れることができず、僕は苦し紛れの話題を探す。
「そういえばさ」
「うん?」
「あんとき、ほら、僕と柚葉がPKKトラップに引っかかってヤバいコトになってた時。西……リードルと初めて会った時さ、アレって偶然通りかかったの?」
「そんなワケないじゃない。ガイヤードの広大さを、ユーリだって知ってるでしょ?」
「まぁね。じゃ、偶然じゃなかったんだ」
「うん。開発者版のプログラムには、(*5)GMと同等の権限が与えられているから、ユーザー検索なんてカンタンだったわ。オクトパスを手に入れたことも、メタストを始めたことも知ってたけど、まさか『ユーリ』って、本名そのままでプレイしてるなんて思いもしなかったわよ。あっさり見つけた後は、ずっと見守ってたの。ずっと……」
見守る、ね。
何故だろう。背筋にゾクッとしたものが走ったのは。
「武器屋、ココみたいよ」
「ともかくも、武器の調達だな。アイテムストレージの中に、200ギルだけ入ってる。これでどうにかしろ、ってコトだよね、きっと。じゃあ、それぞれ武器探そうか」
「うん。じゃあ、この世界の時間で15分後に入口で待ち合わせましょ」
「わかった」
ショップの中は、メタストとは違い、リアル現代風になっていた。売っている武器も、マチェットやサバイバルナイフ等、実在するものばかり。中世ファンタジー風の装備との違和感はハンパじゃなかったが、逆に変なサイバー感があって、僕の中の厨二心がくすぐられる。
「ユーリ? ユーリだよね?」
ん?この声は……
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「意味わかんないなんであいつこんなトコにまでついてくるわけ? マジ有り得ないんだけどマジ◯していいかしら?なんなのマジで、どんだけ私とユーリの仲を邪魔すれば気が済むワケ? マジタヒんでくれない? ていうかいっそひと思いに後ろからバッサリやってやろうかしら? いいわよね? あ、でも別に実体を◯せるワケじゃないし、あーもうマジ邪魔なんですけどあの女……」
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リードルが小声で何やらブツブツと呟くのを全力でスルーしつつ、いつものパーティが結成された。
目指すはエトラストビル最上階。
頑張るぞー!!
がんばるぞー……orz
*用語補足
(*1) CTO:
チーフテクニカルオフィサー。最高技術責任者(リアルにあるポスト)
(*2) 視線加速度センサー:
加熱するVR端末戦争の鍵を握る技術として各国のメーカーがしのぎを削っていた技術。(架空技術)
(*3) MACアドレス:
ネットワーク機器が持つユニーク(固有)なID。これがカブることは原則としてない為、ネットワーク上に存在する機器個体の特定の為にMACアドレスを利用する。(リアル技術)
(*4) チート:
ネトゲ等でプログラム改変等を行う事で能力を強化すること。大体規約違反なので、バレれば大抵はアカウントが抹消される。(リアル技術)
(*5) GM:
『ゲームマスター』の略。ネットゲーム内をキャラクター(GM専用アバターの)として巡回し、治安を守る警察官的な役割。運営側の人だったり雇ってるアルバイトだったり色々。西野ちゃんが使ったのは、パーティー登録していない、全く面識のないユーザーを検索・特定する機能。(リアル存在)