
キッチン・イン・でぃすとぴあ 1−2
【メシ屋午後9時 Don’t be late 2】
[1−2プリズン前闇食堂]
「っしゃー! 見えてきたぁぁぁぁぁぁ!」
『東池袋 出口 300m』という標識を過ぎ、下道に降りて左折すると、その右手に美少年が手に手をとって見つめ合う、腐った看板が見えてきた。その斜向い、60階建ての長大なビルの麓。数百年前に戦争犯罪人の収容所があったらしい、「出る」という都市伝説のある公園の前で、激しいスキール音を上げて車が止まった。女は車を降り、荷台でのびている男を叩き起こす。
「オラ! 男なんだろう! グズグズするなよ!」
胸のエンジンに火をつけられた男は、「トゥーーーーッ!」という掛け声とともに荷台を飛び出し、テキパキと車に積まれていた簡易キッチンを組み立て始めた。
「蒸着!」
……よくわからないが蒸着したらしい。やがて、ジュージューという音と白煙とともに、醤油とバターと肉が焼ける香ばしい薫りが、あたりに漂いはじめた。
ぽつ
ぽつ
と、そこかしこから黒い人影が集まってくる。
皆一様に、ギラリとした眼をしている。さながら獲物を前にした肉食獣のようだ。
腕時計が9時を指すと、女は集まったギャラリーに向け、ありったけの声量で叫ぶ。
「みんなー! ディナーの時間だよ!」
「「「「「ウェーーーーーーーーーーーイ!!!」」」」
津波のような雄叫びとともに、平均BMI30の圧倒的質量と物量の男波が、キッチンカーに押し寄せる。
「順番! じゅーんーばーんー! 子ども達が先! 大丈夫! いっぱいあるから!」
海竜のうねりのような男波を眼力で押し退けると、打って変わって慈愛に満ちた表情で、少し離れた場所でうぁうぁしていた子どもたちに、パックに包んだ料理を配ってまわる。
「ありがとう! セイコおば……」
「おば……(-_-メ)?」
「お……おねえちゃん(;´Д`)」
「うん、いっぱいおたべー(*´ω`*)」
夢藝(むげい)セイコ、29歳。微妙なお年頃である。
「シンゴさん……うめぇ……うめぇよぅ……(´;ω;`)」
「肉! 肉ぅぅぅぅぅ!」
「このキャベツの甘みがたまらねぇ!」
「ニンニクとバターの香りがぁぁぁ! びやぁぁぁぁぁうまいぃぃぃぃぃ!」
「おぅ食え! たんと食え! メシも炊いてあるぞ!」
「ぶっひぃぃぃぃぃぃぃぃ!」と、男どものテンションが更に上がる。
黒い塊の中から、男共の歓喜の声が響く。少し離れた場所では、笑顔で鶏肉を頬張る子供たち。夢藝(むげい)シンゴは、やりきった漢の顔で彼らを見つめていた。
「確保ーーーーーーーーーーーーーーー!」
平和なひとときに水を差したのは、音の割れた拡声器で増幅された声だった。その声に合わせ、ザザッと約20名程の軍服が整列する。
軍用車のルーフに立つ男は、血走った眼でセイコ達を睨む。
「今日こそふん縛るぞ、シンゴ! そして……セイコお嬢様ッッッ!」
「……多和田っっ!」
美麗な眉に苦味を走らせながら、セイコが呟く。
「凝りもせずご禁制の保護畜獣と保護野菜をバラ撒きやがって! そんな小さな子どもにまで肉の味を覚えさせてどうする? 食えぬものへの渇きの苦しみを味あわせるだけだろうが!」
「ハッ! 『食は生なりYouは食!』。これがアタシたち夢藝流の思想だ! 多和田、アンタだって……」
「ごーーーーちゃごちゃうるさいんだよ! お前ら! 畳んじまえ!」
警棒を振りかぶり襲いくる敵を、いなしつつ鳩尾に膝を入れる。一撃で地面に抱擁された仲間を見た敵の群れは、怯むことなく次々とセイコに襲いかかる。
「チャー! シュー! メンッッッ!」
舞うが如きセイコの鋭い手刀と蹴りに、敵方は次々と屠られる。
「アンッッ(//∇//)! パンッッ(*´艸`*)! マンッッッ(*´Д`)!」
調理器具をキッチンカーに放り込むシンゴの尻にも、容赦のない攻撃が加えられる。涙を浮かべながら攻撃を受ける。ただただ受ける。何故かちょっと嬉しげに受ける。
「ハハハハハハ! こりゃいい! デカい図体は見掛け倒しか!」
「イイイイイイぃやぁぁぁぁぁぁんんん(//∇//)」
嗜虐的な笑みを浮かべながら、警棒で一方的に攻め続ける男の制服の右腕には「ZA(ズィーエー)」の2文字がプリントされている。
「ヒャッハー! 最ッ高ーにクールってヤツだぁぁぁぁ!」
男は愉悦の表情を浮かべると、打ち据えていた警棒を突きの型に構え、車の荷台に荷物を詰め込む、ガラ空きのシンゴの尻を狙う。
「ガトッチュ・ゼロスタイル!」
神速の突きがシンゴの尻に(色んな意味で)襲いかかる。その刹那
「アタシの旦那の新しい性癖を勝手に開発してんじゃねぇよ!」
「あべしっっっ!」
シンゴの巨躯の背後、死角からの回し蹴りをテンプルにモロに食らった男は、10mほど吹っ飛ぶと植え込みに磔になった。その姿を見届けることなく、シンゴとセイコは車に乗り込む。
「シンゴ! ズラかるよ!」
「こ……子どもたちは?……ハァハァ……」
「大丈夫、みんな逃げたよ」
「じゃあ、イこう! 今イこう! すぐイこう!」
サイドを引いたままアクセルターンを決めると、ピンクワゴンはZA(ズィーエー)幹部、多和田の搭乗する装甲車に向け、スピードを上げる。装甲車の運転手の驚愕の表情を横目に、互いの車体を掠めると、ピンクワゴンは剛速で走り去った。
「クソッッ……また取り逃がしたか……」
憎々しい表情を浮かべ、多和田はギリッと歯を鳴らした。
いいなと思ったら応援しよう!
