江古田リヴァー・サイド64
Fools on the Planet
「ナンデ! ワタシ! コンナコトしなきゃイケナイ!!」
ギャース! という怒りの声が聞こえそうな程に怒髪天を衝く状態の一琳さんを、尹さんがいつもの調子でなだめる。
「えー♪ だって、鷺沢清隆氏に面が割れてない女の子って、一琳しかいないし〜♪」
超ミニのチャイナドレスから惜しみなく伸びる美脚と、きわどいスリットから惜しみなく覗きそうになる『貴い何か』、そして羞恥で顔を真赤にした一琳さんの恥ずかしそうな表情に、男共のみならず、女子たちの視線も釘付けになる。
「こ……これはエロいッッ!!」
レイヤー魂に火がついた仁美が、ハァハァと息を荒げながら、バシバシと写真を撮りまくる。
「一琳タソには、きっとスク水、それも旧スクが似合うと思うの……今度持ってくるからね……(;゚∀゚)=3ハァハァ」
「ひぅん!」と涙目になった一琳さんの姿に、更に一同がどよめく。
池袋での会談の翌日、オレ達は赤坂のとある会員制デートクラブに居た。
それなり以上の社会的地位をもつ男共が、アクセサリー代わりの女の子を見繕う為の場には、モデルやグラドル、売れないアイドルや女優等、一定以上のルックスを持ち、それを惜しみなく利用して「何か」を得ようとする女達がひしめいていた。
「間違いなく今夜、なんだね?」
ハバナ産の細いシガリロをふかしながら、尹さんが高野氏に問う。
「はい。私がお暇を頂く少し前に、旦那様のGaagleカレンダーの共有設定を少し変更しておきました。捨てアカウントと同期する設定にしておきましたので、筒抜けでございますよ。ふぉっふぉっふぉ♪」
「親父といい、秘書の前川といい……ITスキルとセキュリティ意識の低さは、今後の鷺沢の課題だな……」
苦い顔でスマホを覗きながら、ヨージが呟く。
「きた! みんな、準備はいい?」
尹さんの張り詰めた声が、緩みかけた空気を引き締める。
これは、明確に戦いだ。しくじれば、オレ達のような雑草は何の感慨もなく刈り取られてしまうだろう。
派手なスーツ姿のちょいワル風味な風体のオッサンは、鷺沢グループ代表の鷺沢清隆氏。それに続き現れたグレーのスーツは、大手ゼネコン松前組の代表、松前善財(まつまえぜんざい)、更にその後に、ネイビーのスーツを着た国土交通省事務次官、沼田業平(ぬまたなりひら)。
金・地位・名声・女。
わかりやすい欲望の発露は、いっそ清々しいほどだ。
ティーンズ雑誌の人気モデルの尻を撫でつつ、清隆氏がソファーに身を埋める。
松前は濁った目で、フロアの女達を舐め回すように見つめていた。
一人、沼田だけは落ち着きがなかった。所在なげに浅く椅子に座り、水割りを何度も口に運んでいた。
沼田は、明らかに緊張していた。
「沼田さん、まぁまぁ、ラクにしてくださいよ。別に取って喰われやしませんから」
「いや、鷺沢さん……僕はこういうのはちょっと……」
ブルーのグレンチェックのハンカチで汗を拭いながら、沼田はソワソワと落ち着かない様子だ。明らかに浮いている。
「沼田さんもね、こういうところに慣れておかないとさ……ほら、言うでしょ?『水清ければ魚棲まず』ってさ。鷺沢さん、今日は新しいコ入ってるんだよね? 沼田さんに紹介してあげてよ」
松前に促され、清隆氏がボーイに目配せする。いよいよ一琳さんの出番だ。
「一琳、しっかりね」
尹さんが、一琳さんの手にキスをし、背中を押す。
一琳さんの顔は、女優のそれになっていた。